凱旋、そして魅了
今日、王都の西大門の前には多くの人集りができていた。
いや、門の前だけではない。
王都の至る所で活気づき、民たちはどこかそわそわした気持ちでパレードが始まるのを待っていた。
数百年間、何度攻め入っても奪取できなかった人間界の守り。
しかしついにその鉄壁を穿ち、奪われた土地を取り戻したのだ。
そしてそれを成したのは行軍実習中の候補生たち。
まだ学生の身分でありながら前代未聞の快挙を遂げた彼らに、王都中、いや、魔界中が熱狂していた。
「おぉ! 始まったぞ!」
男が指を差すと、ゆっくり王都の城門が開かれる。
巨竜すらも並んで歩けるほどの巨大な門。
それが数年ぶりに開かれて、今宵のゲストを招き入れる。
音楽隊の行進曲が夜の王都に鳴り響き、ついにこの時が来たのだと民衆を奮いたたせた。
「お前らーッ! 良くやったぞーッ!」
先頭は王都を護る憲兵たち。
彼らは魔王国を象徴する国旗を掲げ、一糸乱れぬ姿で行進する。
憲兵用の儀礼服を身に纏い、昼と夜が交互になって隊列を成していた。
「きゃーっ! 八一三期生たちよっ!」
最初に現れたのは十組にいた候補生たち。
しかし末のクラスとはいえ、その実力は例年の上位に匹敵するレベル。
その姿は自信と誇りに満ちあふれ、魔王国の将来を担うに相応しい立ち振る舞いだった。
候補生でありながらこれほどの大衆を前にしても毅然と振る舞う彼らに王都の民は声援と称賛を送る。
「良くやったぞー!」
「歴史的快挙だ!」
彼らの側で行進曲を奏でる音楽隊。
彼らもまた、英雄たちの帰還を歓迎していた。
「見て! 夜の第七部隊よ!」
バーニンググラード奪還における立役者の一部隊。
実力派の第七部隊による諜報は人間の戦術を瓦解させ、勇者と聖女を正面から叩き潰して捕虜にした。
おかげで多くの魔人兵が解放されて、魔王軍は大きなアドバンテージを得ることができた。
その第七部隊のリーダー、ナタリー。
兎の獣人で故郷は中央山脈の大樹海。
あの凶悪な魔物が蔓延る大樹海出身の獣人と聞いた大衆は、その実力にも納得した。
魔王軍ですら手を出さない大樹海。
行政はその周辺に村を設置し、木を切ることでその広がりを食い止めている。
逆に言えばそれしかできないのだ。
しかし噂では、その大樹海の中にはとある部族の隠れ里があるらしい。
その里では幼少期から日々魔物と戦わせて、屈強な戦士を作り上げるのだとか。
所詮は噂と考えていた王都の住人だったが、ナタリーの活躍により昔聞いたその噂が再燃する。
「あんな可愛い子が? あの隠れ里の?」
「おいっ! バカやめろッ! 聞こえたら消されるぞッ!」
しかしその噂はいつしか尾鰭が付いて、本人たちの与り知らぬところで獣人たちの隠したい秘密と言うことになっていた。
「うわっ!?」
ひそひそと喋る彼らをギロリと睨み、殺気を飛ばすナタリー。
彼女からしてみればそういう嘘出任せは余所でやって欲しいという合図だった。
しかし男たちからすれば、それはまるでそれ以上喋ったら殺すと言われているかのようだった。
この数ヶ月ラヴとのじゃれ合いのせいですっかり感覚が麻痺してしまっているが、普通一般人に合図代わりの殺気は飛ばさないものである。
「ひぃぃっ!?」
男たちが人混みに消えていくのを見て安心するナタリー。
しかし彼女の思惑とは裏腹に、後に元第七部隊リーダーナタリーの壮絶幼少期列伝が真しやかに囁かれるようになることは、今の彼女には知るよしもなかった。
「見ろ! 栄光の一組だッ!」
「おおぉぉぉーッ!!!」
第七部隊が過ぎ去ると、そこには誰もが羨む候補生たちのエリート集団、一組の学生たちが歩きながら手を振っていた。
戦地の英雄の子から魔具研究の権威の子、そして天才的な平民まで。
年代、性別、身分、そして種族を問わず,あらゆる実力を持った者達が民の期待に応えて手を振りながら帰還する。
彼ら一組の表情は、他の候補生とはやはり違う。
民の声援に応えて手を振り返してはいるものの、その目は異様なほどに据わっており、まるで虚空を見つめているかのように無機質な瞳をしていた。
表情はにこやかで皆堂々と歩みを進めているのに、何故か皆が遠くを見ているのだ。
色眼鏡をかけていない者が見たら、きっとこう言うだろう。
目が死んでいる。
一体どれほどの激戦を乗り越えたらこれほどの目に育つのだろうか。
一体最前線で何があったのか。
彼が奪還した人間界とは一体どんなところだったのか。
民衆たちは未知なる土地に憧れと畏れを抱いた。
「あれ、数が少なくないか?」
「二二、二四、二五、ほんとだ。あとの五人はどうした」
誰かが気付くと、その疑問は周囲へと伝搬する。
まさか戦闘中に殉職したのか。
そんな不安が彼らの中で渦を巻くが、すぐにそれは杞憂だと知る。
「英雄、第一部隊よーっ!」
音楽隊の演奏がより一層激しさを増すと、巨大な六頭曳の儀装馬車が姿を現す。
煌びやかな外装が施された儀装馬車を曳くのはスレイプニルと呼ばれる大型の魔物。
一頭が四メートルもあり、その六本の脚で巨体を支えて力強く馬車を曳く。
一頭ですら屋敷が買える値段で取り引きされると言われるほどの高級軍馬だ。
それが六頭。
この凱旋で儀装馬車に乗れる部隊なんてたった一つしかない。
全ての候補生を纏め上げ、北方戦線では数十万の連合軍を撃退し、勇者を相手にしても一歩も引かずついには討伐した。
そして南方戦線では軍団長の密命を受けて夜行部第七部隊と共に少数精鋭で先行し、たった三日でバーニンググラードを陥落させた奇跡の部隊。
第一部隊。
歴代の第一部隊すらも霞むような戦歴を叩き出した奇跡の世代。
今年の一組は年度が違えば誰もが第一部隊になれる実力だった。
それなのに、その誰もがその座を譲り、彼女たちの存在を認めている。
「あっ! あれ! 第いち……ぶ、たい……」
「おい、どうし……た……」
ざわめきが一瞬にして収まって、音楽隊の行進曲がまるで大きくなったかのように錯覚する。
民衆が見る先はたった一人の夜の女王。
竜王の直系にして最強種赤竜の血を引く竜の子か。
否。
人間界を支配する邪教の司祭をたった一人で討滅せしめた悪魔の子か。
否。
始まりの天使にして熾天使長の母と天原の実質的な王の父から生まれた純粋で神聖なる天使の子か。
否。
魔王国最後の砦と言われる大賢者。その唯一にして最愛の愛弟子たる魔女の子か。
否。
アンティーク調の赤い腰掛けに据わって足を組み、左手で頬杖をついて、右手で神が創りしが如きロッドを弄ぶ。
自身は深紅のドレスに身を包み、腰には上品な布で再現した黒薔薇が施されている。
赤い宝石が鏤められたティアラとネックレスは街の光が反射して極彩色の輝きを放っていた。
「あぁ……あぁ……あのお姿は……!」
「そんな……まさか……!」
「神よ……!」
パレードを見ていた老人たちが泣き崩れる。
第一部隊の少女を見るたびに、ときには感謝し、ときには懺悔の言葉を吐きながら、一人、また一人と膝をついて頭を垂れる。
長寿種の老人だ。
きっと戦前から生きていて、余程人間界を取り戻せたことが嬉しいのだろう。
深紅のドレスを纏った少女の名はラヴ。
しかしそれ以外の情報は官報にすら載っていない、謎多き少女。
その少女を取り囲み、守るように並ぶ四人の英雄。
竜の少女マリーはバーニンググラードにて魔物を惹き付け、城壁を破壊して交戦への先駆けとなった。
悪魔の少女ケイトは数多の人間を屠り周辺諸国の行政機能を麻痺させて、司祭を始めとした上級聖職者を無力化した。
天使の少女カティはあるときは主人に付き従い、あるときは聖職者として傷ついた仲間を癒やして回る守り手となった。
魔女の少女ローラは数十万の軍勢の目を奪い、突如北の地に発生した超巨大魔獣を魔導の英知で撃退した。
そして中央の少女ラヴ。
候補生を指揮下において達成した偉業は数知れず、無理難題と思われた指令も涼しい顔で熟していく。
彼女の辞書に失敗という文字はなく、あらゆる作戦が期待以上の戦果を挙げて帰ってくるのだと戦場の仲間は口を揃えていったという。
本人の力も凄まじく、バーニンググラードでは上級人間を数百人、一般人も合わせると数万人を殺して回った怪物というのが世間の認識。
その実力から付けられた異名は惨姫ラヴ。
しかし普段の彼女の性格は温厚で思慮深く、思いやりに満ちあふれていると関係者は言う。
傷ついた者達を無償で治療し、人間討伐で得た報酬は戦争孤児や傷痍軍人に当てている。
自ら炊き出しに参加した目撃もあり、また、王都の孤児院からは雪かきを手伝い、退寮する際には持っていた家具を全て寄付していただいたという声も出ていた。
並々ならぬ人間への殺意と魔人を愛する心。
それはまるで三神の思想を体現する女神のような人だった。
そして何より――
「なんて……美しいんだ……」
彼女を見上げる者達は、それ以外の言葉が口に出せない。
彼女の前では修飾語なんて無粋でしかない。
美しい。この一言こそ彼女であり、彼女こそ美しさの申し子だ。
老若男女関係ない。
皆が手に汗握り彼女の美しさに見とれている。
静まりかえった王都の大通り。
民衆たちはラヴの姿が見えなくなるまで呼吸も忘れて彼女を見ていた。




