計測、そしてご飯
「ラヴっちーっ……あれは狡いってー!」
「勝負は勝負。ちゃんと奢って貰うからね」
ぶーぶーとバッシングを受けながら、堂々と焼肉定食を貪り食らう。
勝利の美酒と言うが、勝利の肉も格別に美味しいものだ。それが敗者の資金で支払われるとなれば尚更美味い。
他の子たちは持久走でまともに動けなくなり、地面に突っ伏しながら先に行っててと二手に分かれた。
因みにローラは年齢が基準に達していないとのことで、持久走は免除されている。
「あら、本当にラヴの方が先に終わりましたのね」
「ほらー、だから言ったじゃんかー」
どうやらマリーは自分たちの方が先に終わったと思っていたらしく、食堂の入り口付近で待っていたらしい。
こういう時LINEがあれば便利なのだが、魔法を使った無線のようなものならまだしも、残念ながらこの世界の技術ではスマホどころか携帯電話すら作れないだろう。
「あっれー、いーんちょぢゃん」
「あら、カティじゃありませんか」
「お知り合い?」
「予科で一緒のクラスだったし」
予科。
今の本科に上がる前の軍学校で、専門的な知識ではなく一般教養や基礎知識、健康な身体作りなどをメインに教える学校だ。
本科生の約半分が予科からの進学組、通称予科組で、それ以外の殆どが入学試験を突破した公募組、そしてごく一部に推薦組がいる。
「ここにいるのでは、わたくしとカティが予科組、ケイトが公募組、ラヴとローラが推薦組ですわね」
「ヤバ。めっちゃバランス良いぢゃん!」
普通なら予科組は予科組同士で、公募組は公募組同士で固まるのが一般的だ。
そして推薦組はどちらとも言えず、同じ故郷出身や授業で偶然一緒になったグループと纏まることが多い。そうでなければ孤立していく。
「ローちんも推薦組だったんね」
「えっ……私なんて……」
「いやいやローちん凄いって、ねぇ?」
「えぇ。推薦はそう気軽にしてくれるものではありませんわ」
推薦はその者が高成績を収めたら推薦者に箔が付くが、万が一素行不良で退学とでもなれば地位の失墜に繋がるだろう。
つまりローラの自己評価がどうであれ、少なくとも彼女の推薦者は彼女を推薦にたる人物だと認めたと言うことに他ならない。
それに加えて実力でクラス分けをされる軍学校で、推薦組で一組に配属されたと言うだけでビッグニュースだ。
それは学校が彼女の実力を、少なくとも当代上位一割には入ると太鼓判を押したことと同義。そんなローラは紛れもない才女だった。
「ら、ラヴさんも、すっ、推薦組、だから、その……凄いって、思います……」
「確かに。まあラヴは顔合わせの時にもいなかったしね」
「顔合わせ?」
どうやら三月の下旬に予科組は卒業試験の成績で、公募組は入試の成績で、推薦組は事前に受けた能力テストの結果でクラス分けがされたらしい。そして公表と同時にクラスメート同士で集まって親睦会を行なったのだが、その時ラヴはいなかったのだという。
「……だから初日で既にグループが出来上がってたのね。でも良く分かったね?」
「そりゃあ、ラヴがいたら気付かないはずないって」
運動場でファッションショーをするような輩だ。
もし彼女が初めての顔合わせの場にいたのなら何事もなく終わるはずがなく、何かトラブルがあったに違いない。
「まあ、知っての通り私も推薦組だよ。ノーマン隊長に推薦して貰ったの」
「!?」
もしやもしやと思っていたが、まさか本当に当代最高の白兵使いと謳われるノーマンから推薦を受けているとは思っていなかった。
しかしローラとカティはラヴの肉体能力がいかに馬鹿げているかをこの数時間で嫌というほど知り、彼女なら確かにノーマンの推薦を受けられるだろうと納得する。
「ラヴっちマヂぱねぇから。結果見せて貰いなよー」
「み、見えなくて……計測、難しかった……」
ラヴの記録はたいてい人が出せる領域を超えている。
握力然り、百メートル走然り、ソフトボール投げ然り、立ち幅跳び然り、長距離然り。
まともに計れたのは長座体前屈と反復横跳び、上体起こしくらいだった。
「持久走、十二秒……?」
「やっぱりカーブって減速しないといけないから大変だね」
半径三八メートルのカーブを時速四五〇キロで走り抜けたというのか。
マリーとケイトがトラックに行ったときに不自然な穴ぼこが外周上に点在していたのはラヴが原因だったらしい。
スピードに対するあまりの急カーブに足が掬われそうになるところを、どうやら彼女は足を地面に突き刺すことで失速を最低限のものにするという荒技を披露したようだ。
「直線ならもっと速く走れると思うけど……」
「うへー」
今回は単にカーブでの減速だけでなく、計測者、つまりはローラの身を案じて随分力を抜いていた。
それを周囲への配慮がいらない場所かつ直線ならばどれほどの速度を出せるのか。ちょっとやってみたい気持ちはあるものの、やる機会は滅多にないだろう。
「相変わらず馬鹿げていますわね。……ま、まあ、次のテストは魔法ですから、あまり変なことは起こらないでしょう」
「そうだね。私も魔法はそんなにできるわけじゃないし」
魔法のテストと言ってもまだ入学して数日しか経っていない。
予科組ですら魔法の授業は受けたことがなく、独自に家庭教師を雇って魔法を習ってでもいない限り、覚えているにしてもせいぜいが水汲みや洗浄と言った生活魔法程度だ。
ようやく平穏が訪れると皆が安堵する中、予想外の刺客が送られてくるなんて、この時のラヴたちは思いもよらなかった。




