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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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計測、そして身体

「なんだお前……その格好は……?」

「変ですか?」


 今日は学校で体力試験のある日。

 教室へ向かう必要はなく、運動場へ直接来るようにと言われている。

 言われた通りに運動場に来た一組一同は、入場したタイミングで誰しもが二度見し絶句する。明らかに場違いな格好をした人物が一人、運動場に佇んでいるからだ。


「変じゃないが、場違いだ」

「好きな格好で来て良いと言ったじゃないですか」


 完璧なおしゃれを決め込んで、黒い日傘で月光を遮る少女、ラヴである。


「マヂイケてる……」


 どうやら一部の女子からは憧れの眼差しで見られているようだが、残念ながらここはランウェイではない。百歩譲って通常の授業にとびきりのメイクとブライダルドレスで来ていたとしてもノーマンは無視するだろう。

 よほど髪を盛って後列の候補生の授業の妨げとなったりしないのであれば注意はしない。


 しかし今日は試験の日と事前に伝えている。

 それでもなおハイヒールで運動場に来るというのは教師たちへの挑戦だ。


「どうせお前のことだ。着替えは用意しているんだろう。さっさと着替えろ」

「……もう少し楽しみたかったのに。エクスチェンジ」


 ぼふんと言う効果音とともに、ラヴの周囲に煙が立ち上る。

 そして拡散した煙が一瞬にして収束し、ラヴの身体が現れる頃には彼女の洋服は替わっていた。


 キャスケットにベージュのシャツ。ブラウンのフレアパンツで肌を隠すもそれが体のラインを強調し、彼女のモデル体型を見せつける。


「お前、ただファッションを自慢したいだけだろ」

「当然。完璧な私を共有しないなんて、そんな罪作りなこと許されません」


 こいつはマジで運動場をランウェイにする気なのかと呆れ果てるが、これ以上は時間の無駄だ。

 ハイヒールがブーツになっただけマシだと思って、未だポーズを決めているラヴを無視して説明に入る。


「あー、今回は基礎的な身体能力テストに加えて一対一の練習試合をしてもらう。まずは二人一組になって各自空いている場所から計測をするように」

「はい!」


 そうして各自、普段良くつるんでいる仲間とペアを組み始める。

 しかしラヴたちのメンバーは三人。つまり必然的に一人溢れることになってしまう。


「……勝っても負けても、溢れた方が他へ行く。いいね?」

「えぇ、恨みっこなしですわ」

「ふっ、後で後悔しても知らないからね」


 三人が向かい合って、誰からというわけでもなく拳を握り出す。

 まさに一触即発の空気。

 他のグループたちは既に二人組を作り、早く終わらないかなと傍観の姿勢に入っているというのに、三人はそのことに気付いていない。


「じゃあボクはグー出そっかなー」

「ならわたくしもグーを出しますわよ」

「私もグー」


 互いに牽制が始まる。

 ここから先は高度な情報戦と心理戦だ。


 ギャラリーたちが息を呑む中、最初に動いたのはラヴだった。


「じゃん!」


 全集中力を働かせ、思い思いに切り札を形作る。

 まるで自分だけが加速したかのような錯覚を覚え、それによって彼女たちには考える余裕が生まれた。


「けん!」


 ――ボクが最後に合流したんだから、やっぱボクが降りるべきだよね。

 ――わたくしなら大丈夫ですわ。お二人でペアを組んでくださいませ。

 ――へっへっへ。とりあえずグー出しておけば安泰でしょ。


「ぽん!」


 勝負は一瞬で決着した。


 ケイト、チョキ。

 マリー、チョキ。

 ラヴ、グー。


 なんでなんでと泣き叫ぶラヴに後ろめたさを感じ、二人は列に並んでいった。


「お前らたかだか二人組作るのにどれだけ時間かけてるんだよ」

「ぐすん……私は所詮、こんなおっさんとしか組めないんだ」

「ぶっ飛ばすぞ。……てかお前、クラスの人数も把握してないのか?」


 クラスの人数、はて。

 何人だったかと思い出そうとしていると、そもそも聞かされた覚えがないので思い出すも何もないとすぐに覚る。

 有象無象のことなんてラヴにとってはどうでも良い。クラスメートの基準はただ一つ、美味しそうか、不味そうかである。


「三十人だ。偶数だから二人組で余ることはない。まだ組んでない奴は……ローラ」

「ひゃ、ひゃいっ」


 ノーマンに呼ばれて集合場所の端っこで暇を持て余していた少女が駆け寄ってくる。

 随分と小柄な身体な上、長い前髪に目が隠れていて視線が合わせづらい。しかしそんな陰気な彼女が放つ魔力の香りは――


「良い香り」

「お前それ意味を知ってる奴の前で言うなよ」


 ペロリと唇を湿らせる。

 この子も実に美味しそうだ。第一部隊にはメルラくらいしか初物がいなかったせいで軍学校全体がそうなのかと思ったが、どうやらそう言うわけではないらしい。


「よろしくね、ローラ。一緒にがんばりましょ」

「あ、ありがと、ござ……ひゃっ!?」


 左手を出し握手をする。

 普段は右手でしているが、ローラもそれに合わせてくれたようで、同じく左手で握り返した。

 しかしそれが徒となり、気付いたときには腕が引かれ、ラヴの胸元へと吸い寄せられる。


「あ、あの、これっ……!」

「え? どうかした?」

「こここ、腰にっ!」


 ローラを引き寄せたラヴはすかさず腰に手を回し、逃げられないようにきっちりホールドする。

 ラヴにしてみれば挨拶程度のスキンシップだが、どうやらローラには刺激が強かったようだ。


 マリーのときは普通にエスコートを受け入れていたので魔王国では一般的なのかと安心していたが、それはマリーがただ社交界慣れしすぎていたからだったようだ。


「さ、まずは百メートル走からだ。先にやりたい? 後にやりたい?」

「さ、先にやります。私鈍いから……」


 そんな理由でラヴが計測役となり、百メートル先へと移動する。


「ねぇねぇラヴっち! さっきのコーデ、もしかしてあの大通りの?」

「良く分かったね。トルソーで飾られてたのを見てもう一目惚れしちゃって」

「分かるーっ! あーあー、あと二日経ってたら私が買ってたんだけどなーっ」


 途中こちらを伺っていた女子たちに先ほどのファッションについて聞かれた。


 魔王国は様々な理由により衣服の量産体制が整っていない。

 そのため基本ブティックに並べられている商品は店員の手作りだし、意図的に真似しない限りこの世に二つとない代物だ。


「そんなに欲しかったら作って貰ったら?」

「む、無理だよー。オーダーメイドなんて一着いくらかかるか……」


 レディメイドとオーダーメイドには圧倒的な価格の差がある。

 簡単な話だ。店員の気まぐれで作ったものは売れたら儲けもの。サイズも合うか合わないか人それぞれのため、基本的に安くして貰わないと買って貰えない。

 しかしオーダーメイドは一から十まで顧客と意見をすりあわせて創るため、レディメイドとは比べものにならないほどの時間と労力、そして技術力が必要だ。


 それが有名デザイナーともなれば金額は天井知らず。

 一候補生に手が出せるような代物ではなかった。


「憧れるよねー、オーダーメイド。いつかハーフメイドでも良いから手を出してみたいねー」

「オーダーメイドって言えば、半年前に開業したメリッサのアトリエ。たった半年で王都中から専属オファーが来てるらしいよ」

「マ? やっぱあそこは良いって思ってたんだよーっ」


 和気藹々と話す少女グループたちは、計測が始まってもなお楽しそうにファッションの話をしていた。


 この世界の流行のネタなんて知らないと思っていたラヴだったが、ファッショントークは全世界共通らしい。

 最悪クラスで浮くことも覚悟していた彼女は、自分の趣味が話題に繋がり、少しだけ安堵した。


「んー、二一秒」

「へあっ……へあっ……あ、ありがとう……」

「大丈夫?」

「だ、だいじょぶ、れす……」


 百メートル走っただけでくたくたになるローラ。ラヴはその体力の無さを本気で心配してた。

 一応ここは軍学校だ。たとえ将来技術士官になりたくとも一定の力は求められる。


 このままではいつか脱落しそうだと思いながら、ラヴは自分の記入用紙を渡す。


 そして再び女子グループたちと反対側へ回り、皆一斉に掛けだそうとするが――


「ねぇっ、賭けしない? 誰が一番早く行けるか」

「いいよーっ、一番の人に夜食一回プレゼント。他全員で割り勘でどう?」

「良し乗った!」

「ラヴっちは?」


 ――ふむ、競い合った方が本気の結果を見られるか。


 軍学校生の実力を測るためにも、ここは乗るべきだろう。


「良いよ。本気で走ろうかな」

「よっし! それじゃあ行くよーっ」


 ボコッと後ろで音がする。

 ラヴが左足のつま先を地面に突き刺したのだ。


 急加速する際、吸血鬼の全速力では運動場の砂に足が滑って思うように加速できない。

 だから望んだ方向に大地を蹴られるように、足を地面に突き立てたのだ。


「よーい、ど――」

「ふっ!」


 突如百メートル走会場に強風が吹き荒れ、煽られた候補生は立っていることすら侭ならない。

 周囲にいた走者たちは皆一様に目を閉じて、何が起こったのか理解できなかった。


 遠目に見ていた者なら見えたかもしれない。


 たった一回の跳躍で、ゴールラインまで駆け抜けるラヴの姿が。



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