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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第五章 行軍・南方戦線
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誤算、そして罠

「これはどう言うことだ」


 南方方面連合軍総司令は目の前の光景に違和感を覚える。


 報告に上がってくる魔物の数があまりにも少ないのだ。

 現在彼は西門の外に緊急対策本部を構え、そこで作戦の指揮を執っていた。


 作戦は単純。

 都市に滞在する全兵力の八割を投入し、南北に分けて魔物を殲滅しながら都市の外壁に沿う形で東へ進む。

 そして南北の門付近を制圧したら内部へ合図を送り開門。そこに準備してある物資を補充し、残り二割と負傷者を入れ替えて再度東へと進軍する。


 その作戦の目論見では東へと進むにつれて魔物の数が多くなっていくはずだった。

 確かに最初は南北に進むにつれてより多く、より強い魔物が人間軍を襲った。

 しかしピークを過ぎ、南北の門へと辿り着く頃には犇めきあっていた魔物は散り散りになり、そして今門周辺の制圧はあっけなく終わったと報告が寄せられた。


「我らに恐れをなして逃げ出したのでしょう」


 そんな脳天気な意見を出す部下をギロリと睨む。

 魔香が焚かれているならば、魔物に恐怖などと言う自制機能は存在しない。

 同族がいくら殺されようが、どれだけ痛めつけられようが、魔香の発信源へと向かっていくのだ。


「総司令! 報告です!」

「早いな。もう補給が終わったか」

「それが……」


 伝令係の報告に耳を疑う。

 南北どちらも合図を送っても門が開かないらしい。


 内部で何かがあったのか、それとも経年劣化で開門できなくなっているのか。

 どちらにせよ、そこで補給ありきの戦略だ。兵の消耗を最小限にするためにも強行することはできない。


「現在は門の破壊と内部への侵入を並行して行っております」

「良かろう。内部からも調査――」


 城壁から朝日が顔を出し、周囲が明るくなり始めた。

 そしてそこで初めて気が付く。


「おい……おい! あの霧は何だ!」


 防衛戦線の中枢である巨城が白い何かに覆われていた。

 周り一帯が砂漠地帯であるこの南方戦線で濃霧が発生したことなんて過去一度もない。

 それはつまり、城を覆う濃霧は人為的な結果だと言うことだ。


「総司令! 先ほどから城に放った伝令鳩が戻ってきません!」

「なんだと!?」


 魔人の仕業じゃなければ魔人信仰の邪教徒か。

 彼らは人間でありながら魔人に与する異端者だ。

 故に魔人の文化には疎いくせに人間を魔人に差し出そうとする。

 ならば魔香を使っていても不思議ではない。


「総司令! 大変ですッ!」

「今度は何だ!?」

「城壁内部に……亡者がッ!」

「亡者だとッ!?」


 邪教徒は夜な夜な墓を荒らして亡霊を作ると言われている。

 日が暮れたら子供を家に入れる教育的方便だと誰もが思っていることだが、火のない所に煙は立たないということなのだろうか。

 邪教徒はかなりの戦力を投入してきたようだ。


「全軍撤退だ! 何としてでも都市内部へ戻れ!」


 まさか邪教がこれほど本気で都市を落とそうとしているとは夢にも見なかった。


 ――ここに来て本性を現わしたか……これほどの組織だとは……!


 度々噂される邪教はせいぜい数人がかりの人攫いや儀式、身代金要求などの盗賊に毛が生えた程度のものだった。

 実際その大半が邪教の名を騙った盗賊で、それは組織と言うより突発的に発生する歪な思想のようなもの。

 決して大都市を死の街へと落とそうなどと大それた計画を企てるようなものではない。


 ――まさか北方戦線にも一枚噛んでいるのか?


 北方戦線での大敗。

 表向きは進行してくる魔人を見事返り討ちにして多くの魔人を狩ったとされているが、その実態は勝利とは到底言えない。


 確かに数百人の魔人を殺したのは事実だろう。

 しかしその裏では数万もの兵士が魔人に殺されている。

 いくら魔人と人間の人口差があろうとも、その犠牲は結果に見合っているとは言えない。


「総司令! そ、総司令!!」

「今度は何だ!」

「大変ですッ! 門が……門が……!!」


 顔面蒼白な兵士が本部へと入ってくる。

 彼は南門へと調査に行かせた一人だ。


 やはり南門で何かがあったのだろうか。

 総司令は覚悟を決めてその報告を聞くが、彼の放った言葉は想像を絶する凶報を齎した。


「東門がッ! 崩壊していますッ!」

「なん……だと……」


 半刻にして東門が決壊。

 そしてそこから大量の魔物が流れ込み、都市内東部は今や地獄絵図と化している。


 魔物はそのまま寝ている住民を食い殺し、亡者と交戦。

 多くの魔物が亡者に殺され、その魔物も亡者となって市街を彷徨っていた。


「何が……何がどうなっているんだッ!?」


 現実を受け止めきれず叫び出す総司令。

 この数百年、砂漠という大自然の要塞によって守られてきたこの都市が、たった一夜にして崩壊する。

 それも敵の姿も見えず、戦力すら把握できていない体たらく。

 たとえこの戦いで生き残ったとしても、異端審問にかけられ極刑か拷問が待っているだろう。


「城へ向かった調査班から報告がッ! 城周辺が透明な壁で覆われ近付けないようですッ!」

「総司令ッ! 南北の守衛が全滅していると連絡がッ!」

「指示を、指示を下さいッ!」

「うるさいッ! うるさいうるさい黙れ黙れェッ!!」


 剣を取り、部下を切り落とす男。

 その目には狂気が宿り、もはや理性の欠片も残っていなかった。


「総司令がご乱心だッ! だッ誰かッ!!」

「お止めください総司令ッ!」


 せめて自分だけでも生き残る。


「そうだ! 俺がッ! 俺が生き残れば立て直せるッ! 立て直せるんだァッ!」


 一人、また一人と部下を斬り殺す。

 彼の狂乱は、自身の首が落ちるまで止まることはなかった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 勝手に乱心してくれたのか! ラッキー!統率の鈍った軍とか広げた手足で勝手に転ける赤さんに同じよ! このうちにさっさとずらかりましょうやー
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