買い物、そして約束
この世界には様々な種族がいる。
その中で最も大きな分類とされるのが、昼行性、夜行性、両行性の三つだ。
簡単に言えば最高潮のパフォーマンスを基準に夜になると弱体化する、昼になると弱体化する、どちらも然したる影響はない、の三パターンだ。
昼行性で最も代表的な種族は人間だ。
人間は夜になると視野が狭くなり、本能的な恐怖を感じ、意識が朦朧とする。
夜行性で有名と言えばアンデッドだろう。
特に実体を持たない霊体の種族では、朝日を浴びると大打撃を受ける種族もいる。
両行性は竜などの一部の幻獣や、光に耐性を持つ高位悪魔、光の力に依存しない高位天使などがそれにあたる。
千差万別。
そのおかげもあって、魔王国にある都市はたいてい昼夜関わらず店が開いている。
「いらっしゃいませー」
王都の老舗パンプスブランドに足を運び、店内にあるものを一通り見て回る。
ラヴの部屋には色々なものが足りていない。
王都に着いてから今日までの数日間、ラヴが用意したものと言えば筆記用具などの学業に必要なものとファーストの給仕服くらいだ。
元々ラヴは趣味が少ない方で、今は専ら食欲の方が優先される。
しかしラヴもうら若き乙女だ。
特に自身を引き立てる美容品や服飾雑貨には一定の拘りがある。
「これなんかどうかしら?」
「あら可愛い。……んー、でももうちょっと落ち着いた色合いが良いかな。このポーチと合わないし」
「それでしたらこちらとこちらは合いそうですわよ」
「良いね。ケイト。ちょっとポーチ持ってこれ履いて向こうに立ってみて」
「えー……またぁ?」
ラヴからして、マリーはかなり良いセンスの持ち主だった。
基本的にラヴの雰囲気に合ったデザインの小物を持ってきて、そこからラヴの好みと持ち合わせで変更を加える。まさに楽しいショッピングだ。
一方ケイトのそれはあまりラヴの好みと一致しない。
具体的には機能性を重視するあまり、どこか無機質的なデザインだったり質素なデザインだったりする。
それが悪いとは言わない。
時にはそう言うデザインも嗜むし、アウトドアなんかに行くときはきっとケイトに買い物を付き合って貰うだろう。しかし今の気分はちょっと大人びたフェミニン系ファッションなのだ。
「うーん、我ながらナイスセンス」
「先ほどのワンピースも合わせればバッチリですわね!」
「ねー、もーいーいー?」
役目がないため着せ替え人形のように扱われ、数件回る頃にはぐったりと項垂れてしまったケイト。
もう二人とはお買い物行かないと不貞腐れてしまった。
「ごめんなさいね。お詫びに何かご馳走するから」
「……甘いもの食べたい」
「甘いもの……あ! で、でしたら、オススメの場所がありますわよっ!」
ラヴは王都に着てまだ日が浅く、そこら辺の地理的知識はマリー頼りだ。
ショッピングの件と言い、知識が豊富なことと良い、彼女の案内にはかなりの信頼が置ける。
一も二もなく頷いて、マリーが言うオススメの場所へと向かっていった。
そうして連れて行かれた場所は年季の入ったコーヒーショップだった。
扉を開けるとコーヒー豆の芳醇な香りが鼻を刺激する。
良い香りが苦痛へと変わってしまわないか心配していたが、どうやら吸血鬼の鼻はコーヒー豆を受け入れてくれたらしい。
マリーが店の主に挨拶し、店の奥にあるテーブルへと足を運ぶ。
どうやらここは買った豆をその場で点ててくれるサービスもしているようで、マリーにお勧めを注文して貰って暫く待つことになった。
「コーヒーが甘いものなの?」
確かに良い香りではあるが、ケイトが欲したのは甘いものだ。
しかしマリーはふふんと鼻を鳴らし、ケイトに目的を説明する。
「もちろんコーヒーも美味しいけれど、ここには隠れた逸品がありますのよ」
「お待たせ致しました」
そうして出てきたのは大きな三段パンケーキだった。
バターと蜂蜜がふんだんに使われ、その上にはホイップクリームが乗っている。
さくらんぼが絶妙なかわいさを醸し出しており、もし今この手にスマホがあったらきっと写真を撮ってインスタに上げていたことだろう。
「はあぁぁーっ! ねぇ、食べていい? もう食べていいよね?」
「えぇ、頂きましょう」
「いただきます」
ナイフを入れるとふんわり沈み込み、切れ口からは黄金の蜂蜜が垂れ入る。
そしてフォークで口に運び吟味すると、もうほっぺたが蕩け落ちそうなほど美味しかった。
「はぁーっ、うんめーっ」
「んっ……これは、本当に美味しいね。コーヒーとも良く合う」
「そうでしょう、そうでしょう」
ここは昔からマリーにとっての秘密の隠れ家だった。
嫌なこと、悲しいこと、楽しいこと。そんな心が揺れる出来事があったら、ここに来ては日記を付ける。そうしてコーヒーを頼み、甘いお菓子を食べ、元気を付けてから出て行くのだ。
人気が少ないこともあり、気分転換にはちょうど良かった。
この店はそんな彼女の思い出が詰まった場所であり、いつか友だちができたらここで一緒に語り合いたいと思っていた。
「……っ……ぅっ……」
「ど、どうしたのマリー!?」
「ぅ……うれしっ……くて……」
不意に泣き出すマリーに、ケイトが心配しながら背中をさする。
何かを察したラヴはすすり泣く彼女の手を握り、両手で優しく包み込んだ。
「また来よう。また三人で」
「は、いっ……また、また、いっしょに……!」
紅月が照らす暗闇の中、三人は結束を誓い合った。




