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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第五章 行軍・南方戦線
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サンドワーム、そして餌

 ラヴとナタリーの仲違いが皆の望まない形で幕を下ろした直後、周囲の魔力に変化が訪れる。


「うわぁッ!?」

「何だコレッ!?」


 最初にその異変を感知したのは獣人たち。

 全身の毛が逆立って、尻尾のある者はピンと突き立て警戒心を露わにしている。


「何か来る! 何か気持ち悪いの来るよぉ!!」


 反応したのは一人だけではない。

 第七部隊の全員が同じような反応を取っている。

 ということは、どうやらラヴたちは当たりを引いたようだった。


「キシュゥゥ――!!!」


 突如地中から現れた大きな筒。

 前方には円形に並んだ牙が、そしてその筒からは無数の触手が生えている。

 その姿こそ、この砂漠の住人、サンドワームの正体だ。


 全身がぶよぶよな皮膚に守られて、灰色のような黄色をしているせいで遠目では砂の盛り上がりと見分けがつかない。


「あっ! ナタリーッ!!」


 気絶しているナタリーの周囲に次々と現れるサンドワーム。

 あろうことか、ラヴが彼女を吹っ飛ばした先――それこそがサンドワームの巣だったのだ。


「フィジカルエンハンスッ!」


 後方に強い衝撃波を放ちながら、ラヴはぶっ飛ばしたナタリーへと急接近する。


「うぅっ……」


 遠くでサンドワームの触手がナタリーの体を縛っている。


 彼女の防具が身体から離れ、そのまま砂漠に落ちた。

 サンドワームの触手は植物性繊維を溶かす液体を纏っている。

 装備のつなぎ目やインナーが粘液によって溶けていき、ついには全裸で夜の砂漠に晒された。


 ――あ。


 ナタリーの腹部を見ると、ラヴが腹パンを入れた部分が赤黒く変色していた。

 ただでさえラヴの一撃によって傷ついていた皮膚がサンドワームの粘液によって爛れていたのだ。


 ――植物にしか効かないって聞いてたけど、少しは動物の皮膚にも影響が出るのか。


 ラヴは価値あるものが傷つけられるのが我慢ならない。

 その点ナタリーは世界一の美女と自認しているラヴから見ても良い線を行っているほどの美少女だ。

 修練による全身の生傷とノーマンとの約束がなかったら奴隷に落として一生飼い続けたいと思うほどには好いている。


「ラヴ! 倒してはダメですわよ!」

「分かってるッ!」


 ここでサンドワームを殺せば周囲のワームが警戒し、巨大サンドワームに辿り着けなくなってしまう。

 あくまで都合の良い餌として認識されつつ、それでも犠牲を抑えなければいけなかった。


「ナタリーッ!」


 サンドワームには目がない。

 故にラヴの魔眼は効果がない。


 ナタリーの懐へと飛び込んだラヴは、一歩手前で急停止した。

 そしてその勢いで大地を蹴り上げ、同時に飛行魔法を使って垂直方向に加速する。


「腕外れたらゴメンね!」


 彼女の腕を掴んで一気に上へと上昇する。

 幸いなことにサンドワームの触手は粘液塗れ。

 それが潤滑剤となって彼女の身体はあっけなく触手の魔の手から抜け出せた。


 ――これじゃあ身体が冷えちゃう……。


 秋とは言え砂漠の夜はよく冷える。

 氷点下には届いていないだろうが、夜明け前には一桁代の寒さになるだろう。


 今はまだ日が陰ってあまり時間が経っていないから良いものの、これから日の出にかけて冷え込むばかり。

 それまでこのままにしていたら確実にナタリーは体調を崩してしまう。


「痛ッ――!」


 ヒリヒリと地味な痛みがラヴの腕を刺激する。

 そこで初めて気が付いた。

 彼女の身体に着いた粘液がラヴの衣装も溶かし始めているのだ。


 ――うそ!? 私のパーカーがッ!?


 溶解液が付着した場所からじわじわと穴が空き、もはやダメージ系と誤魔化せないレベルの大穴が現れる。

 何とか全裸になることはなかったが、それでもインナーやパンツにも穴が空き、美しい肌が大気に曝されていた。


「ギィギィィィ」

「ッ――! 悪趣味ね!」


 嘲るように鳴くサンドワーム。

 彼らは人の習性をよく理解している。


 夜の砂漠で身ぐるみを剥がされた者はたとえ魔人であろうと体力は保たない。

 生きて砂漠から出る前に、寒さで衰え、やがて死に至る。


 サンドワーム自らが手を下すまでもないのだ。

 最初は防寒着を剥がすだけ。そしてその後、体温を奪われ弱ったところを襲撃する。

 何とも効率の良い狩りだ。


『みんな、聞こえる?』

『えぇ。聞こえていましてよ』


 第七部隊も入れた共有グループに念話を送った。

 少し早いが計画を次の段階へ移行する。


 地上に着地したラヴは自身の影から無数の魔物を召喚する。

 ラヴが魔物を使役できるのは北方戦線で皆が目撃している。

 ただしこれが魔眼の力だと知っているのはローラだけ。彼女はラヴが魔法と偽っていることを見抜いていた。


「キシュゥゥ――!!!」


 突如湧いて出た獲物にサンドワームは歓喜する。

 普段なら砂漠に生息するはずのない魔物。それもラヴの魔力で肥えた逸品だ。

 餌の少ない砂漠でこれほどまでに質の良い餌にありつけるなんて前代未聞。

 サンドワームはすぐに仲間を呼んで、コロニーの拡大を目論んだ。


「ひゃっ!?」


 直後、全身を虫が這うような悍ましい感覚に襲われる。

 ナニかがラヴに向けて探知魔法を放ってきたのだ。


 しかしその性質はあまりにも魔人のそれとは異なっていた。


『ラヴ、何か大きいのが来るよ!』


 ケイトが逆探知で魔物の襲撃を知らせる。

 その切羽詰まった声からはいつにもない危機感が感じられた。


 鳴り響く大地。

 次々に群がるサンドワーム。


 そして、ついに巨大な砂漠の主が顔を出した。



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