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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第五章 行軍・南方戦線
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天の原、そして動揺

「まずは皆さん、急な召集に応じてくれてありがとう」


 天の原管理人代行――いわば天の国の宰相であるサミュエルことカティのパパ。

 温厚という言葉を体現したかのような性格で、天真爛漫なカティの親とは思えない物腰の熾天使だ。


「閣下の御心とあらば地の底からでも参りましょう」

「ははは、頼もしいね。でもそろそろお義父さんと呼んでくれても良いんだよ」

「然る可き時が来たら」

「んもーっ! 二人とも気が早いって!」


 満更でもない――それどころか満面に笑みを浮かべてにやつきを隠そうと手で覆っていた。


 そんな新婚と親子のような光景を辟易しながら見ているのは候補生部隊の各リーダーたち。


 ――しかし、よくもまあこんなに集めたもので。


 ラヴが知る限りの夜行部のリーダー全員が集められている。


 それこそ、全員だ。

 本来であれば成績が芳しくなかった部隊はこんな最前線付近のルートを通ることができない。

 最前線へ行けるのは成績優秀者のみと決まっていて、そこに辿り着いた部隊は危険こそあるものの戦線の名立たる士官たちに名を覚えて貰える機会を得る。


 今年の夜間部は粒ぞろいと言われてはいるものの、それでも全員が最前線へ行けるほどの能力を有しているわけではない。

 だと言うのに、こうして全部隊が集められている理由はただ一つ。


 目的地に彼らの力が必要だからだ。


「さて、そろそろ本題に入ろう」


 終始笑顔でカティの照れ姿を観察していたサミュエルが不意に話を変える。


「一ヶ月後、人間界への侵攻が始まる」

「なっ!?」


 誰が最初に声を出したのか、その不安は周囲へ伝搬し、瞬く間に大食堂にざわめきの波が広がっていった。


「嘘だろ……?」

「本当の戦争が……!?」


 皆が思い思いに言葉を漏らす中、成績優秀者たちは告げられた事実を冷静に受け止め経緯を推し量る。

 そして雑音が肥大化する前に――。


 パンッ――。


「ひっ!?」


 急に発せられた破裂音。

 聞いた者の平衡感覚を揺さぶる軽めの幻惑魔法だ。


 来ると分かっていれば子どもでも防げるような軽い魔法。

 しかしそれでも歴とした攻撃魔法。

 突如意識外から攻撃を受けた候補生たちはその魔法の発生源へと眼を向ける。


「会議中だよ。静かに、ね?」


 唇に人差し指を当て、いたずらが成功したかのように微笑むラヴ。

 しかしその目は何一つ笑ってなどなく、暗い闇の瞳はただただ狼藉者を見据えていた。


 ――殺される。

 そんなあり得ない不安が脳裏を過り、皆がラヴの瞳に恐怖を感じて萎縮する中、今度は外野から野次が飛ぶ。


「……騒いでない奴くらい避けなさいよ。相変わらずお粗末な魔力操作ね」


 その声は二組のトップ部隊隊長――ナタリーのものだ。

 しかしその声色はいつもと違い、どこか緊張を孕んだ微かに低いものだった。


「あはは、無茶言わないでよー」

「あんたはいっつも極端なのよ」


 少し脅かせすぎてしまっただろうかと反省し、いつものように軽い口調で応じるラヴ。

 その声を聞いてか、ラヴをよく知る者たちはほっと胸をなで下ろして姿勢を正した。


 変に優等生ぶるつもりはないが、自分が興味を持つ話題を遮られるのは好きではない。

 特にそれがくだらない動揺から来るものであれば尚更だ。そんなことよりさっさと話を進めたい。それがラヴの思うところだった。


「話を遮ってしまい申し訳ございません。続きをお聞かせ下さい」

「ありがとう、ラヴくん」


 そうして話は触りに入る。


 事の発端は北方戦線からの緊急支援要請。

 十万にも上る軍勢が魔界に攻め入らんと企てていると聞き、軍の上層部は天空島天の原を動かすことを決意した。

 そして中央から八万もの軍を派遣することになったのだ。


 常駐軍の何倍もの派遣だ。

 しかしそれほどまでに息巻いていたのにも関わらず、いざ駆けつけてみたら歴史的快挙を残して祝勝会をしていたという始末。


 国益としては申し分ない話だ。

 防衛作戦の全権を指揮していたシャルルは英雄として永遠に謳われ、北方軍はその発言力を増すことだろう。


 しかしその恩恵を享受できなかった者たちは相対的に地位が下がると危惧してしまう。

 そして功を焦る中央軍は北方戦線へ向かったその足で南方戦線へと向かっていった。


 ――なんとまあ、くだらない。


 功績。地位。栄誉。名声。くだらない。

 そんな言葉を一蹴し、ラヴは心底億劫になる。


 もう卒業に十分な点数稼ぎはできているのだから南方戦線では適当に遊んで過ごそうと考えていたのに、この様子では南方戦線でも何だかんだ命令が下って戦闘に参加させられるのだろう。


 ――面倒だなぁ、まったく。


 ラヴが好きなのは自分の意思で他人を殺すこと。

 誰かの命令で人を殺すなんて単なる作業だ。

 そんな行為には何の価値も無い。


「ははは、そんな嫌な顔をしないでおくれよ」

「失礼致しました」

「退屈な話続きですまないね。今度はもう少し気楽な話をしようか」


 そう言ってサミュエルが取り出したのは一枚の書類。

 それが次々とマジックのように表れて、机の上に束になる。


 この書類をラヴは過去に一度見たことがあった。

 二代前の第一部隊も同じ紙を同じくらいの時期に貰っていたからだ。


「もうそんな時期ですか」

「あぁ、ラヴくんは知っているんだったね。これはいわゆる進路希望調査だよ」


 例年ならばちょうどこの時期に折り返しだ。

 そこで候補生たちは現在の希望を書き、人事部はそれを見て本人の能力と照らし合わせた場所に配属させる。


「提出期限は現地に着くまでだよ。あまり時間は無いけれど、よく考えておくれ」


 そう言ってサミュエルは各隊に用紙を渡していった。



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