祝勝会、そして勅令
煌びやかなホール内を堂々と歩くラヴ。
しかしその姿は普段のように自身でコーデしたものではなく、候補生に配られた至って普通の儀礼服だった。
「これはこれは、英雄様のご登場ですな」
「なんて凜々しい」
「魔王国の至宝だ……」
皆、少なくとも表面上は勇者を討ち取ったラヴに賛美の声を上げる。
当然中には心にもないことを言う奴もいる。しかし表面上のものだとしても、それに同調する者は割と本気で誉めていたりするのだ。
――嗚呼、きもちい……!
名声も実績も、地位も財も興味はない。
あるのは美しい自分とそれを正しく認識する大衆だ。
自分が世界一美しいことなんて知っている。
だから美しいと言うだけの機械には興味がない。
その美しさをどれだけ素敵な言葉で表せるか。どれだけ態度で示せるか。ラヴの人を見る目はその二つに集約されていた。
「ら、ラヴっち……ちょーエモっ……」
「ありがとう。カティも可愛いよ」
ラヴの姿を見るや否や感極まって涙を流すカティ。
候補生に配られた礼服の中でもラヴの服には他と三つの違うところがあった。
一つは第一部隊としての飾緒。
これは第一部隊である証――純金糸の紐だ。
魔王軍では礼服などに飾られ、授与理由によって見た目が若干違うため、見る人が見れば一目で分かる身分となっている。
もう一つが今年の首席候補生の証――最優秀賞の勲章。
これはラヴともう一人、マリーも持っている称号だ。
そして最後が礼服そのもの。
第一部隊の他の隊員は当然ながら女性用の礼服を身に纏っているが、ラヴは何故か男性用の礼服を自身の体格に合わせた特注品を着ていたのだ。
「だって礼服のデザイン、男性用の方がセンス良いんだもん」
「だからって男物のわざわざ頼むかね」
ファッションに男女の差はない。
それぞれに違った良さがあり、性別によって制限するなんてもったいない。
「うぅっ……マヂヤバだよぉ……キュン死しちゃう……」
「んもー、カティったら、終業式でも見たでしょ?」
「何度見てもラヴっちは格好いーの!」
いつものメンバーで楽しくお話しするのも良いが、今日は北方軍の高官が揃っている祝勝会だ。
その重要性は第一部隊なら当然自覚しているため、五人は早々に別々の場所に向かった。
と言うより別れてすぐに各々の派閥に囲まれた。
「姫様、ラヴ様」
「む……」
二人を取り囲んだのは天使の派閥。
魔王軍にも強大な影響力を持つ天使は北方戦線においても顔を利かせてるようだ。
「ご無沙汰しております。ラヴ様」
「貴方は……確か召集のときの」
カティと守護天使の契約を結んだその日、ヨハネスに召集されていたケルビムの一人だ。
「わたくし、南方戦線天使部隊総括を務めております、ダンテと申します。以後お見知りおきを」
南部の人が北部にいるのは珍しい。
別に南北で対立し合っているというわけではないが、あまりの気候の違いに関わりが殆どないというのが現状だ。
一応中央山脈周辺の樹海に沿う形で道は存在するが、使っている魔人は候補生か行商人くらいだと聞く。
「はい。南方軍団長から特命を賜り参じた次第でございます」
「ファイ軍団長が……」
南方軍団長とはラヴも少し面識がある。
以前南方戦線で戦役に従事していたとき特に重要な理由もなく第一部隊が呼び出されたのだ。
その時何故か目を付けられて、それ以来王都に住むようになってからも何度か文を交わしていた。
とは言え片道一月ほどかかる文通だ。そう何度も情報交換できるものではなく、一年間の回数は五往復だけだった。
「まさかまた気まぐれ?」
南方軍団長ファイは気分屋でも知られている非常にワガママな女王様だ。
あれが欲しいと言った次の日にはそんなものいらないと一蹴し、その翌日には何で用意していないのだと癇癪を起こす。
しかしその実力は魔王軍の中でも折り紙付き。
現役魔王軍の中でも一二を争う戦闘能力を持っているせいで誰も刃向かうことができないのだ。
「今回はそうではございません。御方の勅令でもございます」
勅令を下せる人物なんてこの国には一人――いや、一柱しかいない。
であればラヴも従わねばなるまい。従わなければ軍から追い出されてしまうのだから。
「北方軍団長にお伺いは?」
「元より南方へ向かうつもりであろう。祝勝会が済んだあとなら如何様に扱っても構わん、と」
「……」
仮にも勇者を追い詰めた英雄がこんな扱いで良いのだろうか。
ノーマンに念話で聞いたところ、どうやらあちらにも使者が来ているそうだ。
「勅令を伺っても?」
「こちらに」
渡された紙を受け取ると、そこには確かに授業で習った通りの魔王のエンブレムがあった。
内容はたった一つ。
今すぐサウスグランデへ行くこと。
行って何をしろとも書いてなく、そこで何が起こるのかも書いていない、あまりにも大雑把すぎる指令だ。
――これ本当に魔王陛下が書いたんだよね?
そう疑いたくなるようなお粗末さだ。
しかし三神信仰が根付いているこの国では御三方の発言と言われたら疑うわけにはいかない。
言い換えれば魔王国において神の代弁者を語る人の言葉すら疑ってはいけないのだ。
封建社会の悪いところである。
――セキュリティガバすぎるでしょ……。
「拝命しました。明日より第一部隊はサウスグランデへ――」
「あぁ、それには及びません」
ラヴの復唱を遮って、ダンテは人差し指を上げる。
「足はもう用意していますので」
途端に魔法具の光が消え失せる。
城中に地鳴りが響き、そして月明さえも陰り始めた。
「これは……」
「うそ……どうしてココに……!?」
カティが窓から身を乗り出して月がある方角を指さした。
「天の原――!」




