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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第五章 行軍・南方戦線
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戦後、そして貸与

「あーん、もー!」


 魔王軍の防衛作戦から早一週間。

 戦後処理に見舞われた第一部隊は寝る暇も惜しんでサービス残業と言う名の慈善活動に勤しんでいた。


「ラヴ、いい加減機嫌直しなよ」

「だってー」


 ラヴの機嫌が悪いのは偏に作戦が大成しなかったからだ。


 ラヴ命名、ミートパイ作戦。

 軍団長相手に大見得を切った割に作戦自体の成果はあまりなかった。


「人間六万を壊滅させたんですもの。十分な成果じゃありませんの」

「それは大本の作戦でしょー」


 勇者が大暴れしなければもっと人間たちをぐちゃぐちゃにして命を請う姿が見られたのに。

 いわばせっかく美味しそうなお弁当を作ったのに浜辺でトンビに取られた気分だ。


 そしてラヴともう一人、いつもと違う雰囲気を纏った班員が一人。


「えへ、えへへぇ……」

「こっちもこっちで面倒ですわね」


 昨日カティとラヴが約束を果たして(・・・・・・・)からというものカティはずっとこの調子だ。


 いったい何をしたか、なんて野暮なことを聞く人は第一部隊にはいない。

 ただ、戦争のあと、宿に帰った二人は同じ部屋に泊まり、その後カティの嬌声が日中ずっと聞こえてきたことからも中で何が起こっていたのかは想像に難くないだろう。


「ほらカティ。次行くよ」

「はーい」


 ラヴの隣にべったりくっつき腕を取って手を握る姿はどこからどう見ても恋人同士。

 しかしラヴ曰くカティとはそんな関係ではなく、あくまでこれも主人と守護天使、主従の関係のうちなのだという。


「まあ、確かにリード付けてたらペットだよね」

「尻尾振ってる」


 カティはデレデレしすぎて使い物にならなくなっているが、ラヴはいつも通りテキパキと仕事を熟しているのであまり強くは注意できない。

 しかしカティのデレは注意したところで直せないだろうとケイトとマリーは半ば諦めながらカティのフォローに回っていた。


「次はこの孤児院ね」

「ラヴは前に来たことあるんだっけ?」

「まあね」


 その孤児院はどの都市にもあるような寂れた建物で作られている。

 老朽化により立て付けが悪くなっているのか正面玄関の扉が異様に重く、子どもだけでは開けられないほど固かった。


「あ、ラヴおねーちゃん!」

「え、うそ!?」


 第一部隊を見つけた子供たちがドタドタ足音を鳴らして近寄って、五人をあっという間に包囲する。

 その数は実に三〇を超え、遅れてやってきた大人が抱いている赤子も入れると四〇に届くほどだ。


「おねーちゃんいつ帰ってきたの!?」

「遊んで遊んで!」

「ねーちゃんオレ今度兵隊の見習いになるんだぜ!」


 次々にラヴに語りかける孤児たち。

 彼らの目はキラキラと輝き、その子たちに囲まれているラヴもまた楽しそうに微笑んでた。


「皆。ラヴ様が困ってらっしゃるでしょう」

「マザー!」

「ほらほら、早くお仕事に戻って戻って」


 奥の間から出てきたのはまだ若い修道女。

 人当たりが良く大人しそうな――悪く言えば頼りなさげな修道女だった。


 ラヴが初めて訪れる一年以上前に前任の管理者、マザーが急死し、当時最後まで孤児院に残る決意をしていた少女がその役目を引き継ぐことになったのだ。

 まだラヴと出会った時はぶかぶかの修道服を身に纏っていたのだが、今では身体も、そして精神も成長してマザーの名に相応しくなっているようだ。


「初めまして、今年の第一部隊の皆さん。……御挨拶の前にお茶をお出ししますね」


 そう言って奥へ通されると、そこには普段子供たちが食事をしているであろう食堂があった。


 この孤児院には五人を接待できる客間なんてない。

 大人数に茶を出すときは食堂兼作業場のテーブルを使うのだ。


「来るの遅くなっちゃってごめんね、マザー」

「とんでもございません。ラヴ様のお噂はこの孤児院にも届いていました。お忙しいのにお越し頂いて」


 二年前。

 従軍時代のラヴはノースグランデで数々の功績をあげた。

 そしてその褒美として得た金銭のほぼ全てを都市に点在する孤児乳児院に貸し付けていたのだ。


 理由は簡単。

 ラヴは当時国の市民権を持っていなかったため行政が取り仕切る銀行にお金を預けることができなかった。

 そのため現金をじゃらじゃら持って旅を続けるか第一部隊の誰かに預ける必要があったのだが、当時の第一部隊は「貰ったお金はできるだけ使い切る」なんて暗黙の了解があったため預けたそばから使い潰されそうで怖かったのだ。


 そこで考えたのが、社会的立場や物理的弊害により逃げようのない者にお金を貸すことで比較的安全に保管するという方法だ。

 そうして目を付けられたのが孤児院やノースグランデに住んでいる戦争負傷者、貸し付けていた人物が戦死して途方に暮れていた商人などだった。


「あれからもお仕事を貰えてるようだね」


 隣のテーブルを見ると女子グループが一生懸命チクチク針を刺している。


 魔人の国では珍しく、このノースグランデの服飾事情はオーダーメイドよりもレディメイドの方が一般的である。

 それはいざ武具が壊れたから買い換えたいと言うときに、製作まで一ヶ月以上かかると言われたら都市の防衛、ひいては国の防衛に関わるからだ。


 そのためファッションに関してもデザイナーの個人経営ではなく商会が量産していることが多い。

 ラヴは孤児たちを下働きとして雇用して貰えないかお金を貸した商会に掛け合った。


 安い労働力を欲する商会。

 人手はあるものの職がなく、安定した収入が得たい孤児院。


 今この食堂でせっせと縫い物をしている光景はその需要がマッチした結果だった。


「どうかしら? お金は返せそう?」

「はい! 返せはするのですが……」


 段々と覇気がなくなっていくマザー。


 ラヴから借りた資金は既に確保してある。

 多少利子をと言われても問題無い額の貯金はあるのだが、ノースグランデはじきに極寒の冬に包まれるのだ。


 今は九月。暦的に見ればまだ夏だ。

 しかしここはノースグランデ。


 夏の晴天でも長袖で過ごす日は多くあり、日中も頂点が過ぎればそこから一気に冷え込んでしまう。

 特に去年は魔王国全土で寒波が早く来たせいか大量の積雪に見舞われた。

 それは当然ノースグランデも色濃く影響を受けており、未だに周辺地域では積雪が見られるところもあるほどだ。


「今資金が減ってしまうと、万が一のときに……その……」

「それで?」

「……来年まで、待っていただけないでしょうか……!」


 王都からノースグランデまで普通に旅をしていたら一ヶ月はかかる距離だ。

 今ここにラヴがいることすら奇跡だというのに、一年後ラヴが集金しに来る保証はないし、むしろほぼ確実に来ないだろう。


 それでも待てというのは場合によっては返す意思がないと捉えられても文句は言えない。


「身勝手なのは重々承知しています。しかし、どうか……」

「別に良いよ」

「ど……え……?」


 あまりにもあっさりした回答にマザーも、そして第一部隊の面々も呆気にとられて言葉を失う。


「今はお金に困ってないしね。ただし、私が困った時があったら優先的に助けてくれる?」

「は、はい! ありがとうございます!」


 深く深く頭を下げるマザー。

 その姿を見て、ラヴはニヤリと微笑んだ。



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