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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第四章 行軍・北部戦線
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戦場、そして星降ろし

 ぼんやりとした頭でなされるがままに身体を預けていると、不意にラヴが問いかけた。


「どう? 足りそう?」

「はぇ……?」

「魔力よ。結構送ったと思うけど……?」


 ローラは言われてようやく思い出す。


 ここは戦場。

 そんなところで姉のように大切な存在であるラヴとキスをしていたのは大量の魔力を受け取るためだった。


 未だ夢心地と言った顔で辺りを見ると、皆が皆赤面しながら二人の姿をじっと見つめる。

 ここに第一部隊以外の人がいなくて良かったと、心から思った瞬間である。


 家族のように親しい彼女たちに見られることすら恥ずかしいのに、それが知らない人に見られていたらきっと一生人前には出られなかっただろう。


「ん……」


 気を取り直して己が内に溜まった魔力に意識を向けると、そこには魔法陣に魔力を注ぐ前――それ以上の魔力が残っていた。


「これ……すごい……」


 お腹の下が妙に熱くなり、その奥から濃いラヴの魔力が感じられる。

 こんな短時間でこれだけの魔力を送付できる効率性にも驚いているが、何より空っぽに近かったローラの魔力を満杯にしてなおラヴの表情には疲労の一つもないことが一番の驚きだ。


 熱くなった辺りをゆっくりと掌で摩るとピリピリとした刺激が全身へ広がる。

 無理に他人の魔力を吸収したせいだろうか。

 初めての感覚にローラ自身も戸惑うも、しかし今はそれよりも先にやらなければならないことがある。


「これなら……行ける……!」


 何度も何度もおかしな波が押し寄せてきたせいで全身の倦怠感が酷くなっていたが、何とか力を振り絞って杖を握り、魔法陣へと魔力を注ぐ。


「試算……完了。魔力……充填、完了。構築……完了」


 前のような失敗はしない。

 もう、仲間を危険に曝すことはしない。


 今なら制御用の魔力も十分にある。


 だから――


「メテオストリーム!」


 それはかつての一組を死の淵に追いやった魔法。

 殆どの制御を受け付けず、ただ周囲のあらゆる物を質量で押しつぶす魔法。


 しかし今は違う。

 あれから成長したのだと胸を張って言えるように、ローラは覚悟を決めて杖を握った。


「インジェクション!」


 眩い光が魔法陣から放たれ――




 夜空を包み込むほど巨大だった魔法陣が消え、空には数メートル程度の小さな陣だけが残った。


 静寂が戦場を支配する。


 失敗。

 その言葉が脳裏を過る。


 ある者は武器を捨て。

 ある者は逃走し。

 ある者は崩れ落ち。

 ある者は泣き叫ぶ。


 その不安は第一部隊にまで伝わり、誰もが杖を握るローラを凝視する。


「大丈夫!」


 普段は声を荒げることのないローラが精一杯声を張り上げそう叫んだ。


「必ず、星は降る!」


 その瞬間、小さくなった魔法陣から光の奔流が溢れ出た。


 失明しかねないほどの大量の光。

 それはすぐに渦となって天空を貫き、一つの大穴を出現させる。


「皆伏せて!!」


 突如爆発音の如き轟音が響き渡る。


「■■■――!!!」

「発動した!」


 天空を穿つ光の穴から出てきたのは巨大な岩石。

 それがラヴたちですら辛うじて視認できるかどうかと言う速さでオオナメクジ目掛けて飛来する。


「■■■――!!!」


 ラヴの目論見通り質量の塊をぶつけられたオオナメクジはあまりの痛みにのたうち回る。


 ぶちぶちと無数の腕がひしゃげて、それでも迫り来る岩石を避けようと血だまりを作りながら動き回った。

 それはまるで踏みつけられた幼虫のような光景だが、その巨体と異形から、見た目の悍ましさはただの幼虫とは比べものにならない。


「もっと……もっと!」


 周囲に無数のクレーターを作りながらオオナメクジの身体を削り取る。

 自己再生能力を凌駕するほどの破壊の嵐。


 隕石が落下する度に地響きと衝撃波が襲いかかる。


 当然周囲の魔人たちにも一定の被害は出るだろう。

 しかし事前に撤退指示を出していたおかげで、少なくとも致命的な傷を負うものはいないはずだ。


「■■■――!!!」

「無駄!」


 オオナメクジがローラ目掛けて腕を伸ばすも、伸ばした側から千切れて落ちる。

 出ることもできず、防ぐこともできない流星群の監獄にオオナメクジは為す術もなく朽ちていった。


 ◆


 作戦開始から数十分。

 大地は拉げ、小さなクレーターが重なり合って歪で巨大なクレーターが生まれていた。


 地図を塗り替えるほどの攻撃。

 その魔法を発動させたローラは人間からも魔人からも畏怖の念を抱かれていた。


「ローラ。よく頑張ったね」

「ラヴ……わたし……」

「大丈夫。あとは私がやるから、ローラはしっかり休んでおいて」


 労いの言葉と共にローラに軽い睡眠導入の魔法をかける。

 強制的な効力はない。ただ寝付きが良くなるだけの弱い魔法だ。


 しかし見た目より遙かに疲弊していたのか、ローラは何の抵抗もなくその魔法を受け入れ、そのままラヴに抱かれて夢の中へと誘われた。


「マリー。ローラをお願い」

「え、えぇ……けれど、ラヴは……?」

「私はまだやることがあるから」


 そう言ってラヴはまだ熱の冷めないクレーターへと向かっていった。


 あの場にはもう巨大な魔力はない。


 しかしラヴには分かる。

 クレーターの底に弱々しいが勇者の生命力が灯っていた。


 緊急事態とは言え第一部隊の威信をかけた大規模作戦。

 ローラが決死の思いで成し遂げてくれたこの作戦は必ず完遂させねばならない。

 捕虜にするにせよ、殺すにせよ、その勇者は人間にも、他の魔人にも取られるわけにはいかなかった。


「えぇと、たしかここら辺……いた」


 最初は土に埋もれたのかと思っていたが、そうではないようだ。

 彼の半身は既に潰れ、形が残っているのは胴から上のみ。

 しかし残っている部位も凡そ人と思えないような異形になり果てていた。


「……キタカ」


 本来両目があるはずの場所から伸びる異形の腕。

 その腕に生えた口の一つから弱々しい声が聞こえてきた。

 体中にある無数の目玉がラヴを見つめ、その悍ましさに眉をしかめるラヴ。


「人間の中にも酷いことをする人もいるのね」

「カハッ……オマエモ、オナジダロウ……」

「失礼な」


 人は人のまま殺すからこそ、美しき死に様を魅せるのだ。

 異形にして痛めつける趣味はないし、死というものに利用価値も求めていない。


「あなたと殺し合うのは楽しかったけれど、正直ガッカリだよ。そんな姿、食欲も湧かないし本当なら殺したくもない」

「バケモノフゼイガ……ガハッ……」


 人間は弱い。

 だから力が必要だった。


 魔人に対抗できる力を。

 バケモノを殺す力を。


 その結果生まれたものが悪鬼憑依の秘薬。

 何十人もの魔人の力を無理矢理吸い出し特殊な液体に封じ込めた悪魔の秘薬だ。

 それを飲めば理性と人間の姿を失う代わりに魔人を凌駕する力を得られる。いわば人間爆弾。


「ナゼダ……ナゼオマエラハニンゲンヲオソウ!」

「そんなの決まってるじゃない」


 しゃべる腕を踏み潰し、ラヴは恍惚とした表情を浮かべて言い放つ。


「愛しているからよ」


 怯える姿が好き。

 命を乞う姿が好き

 人を殺すのが好き。


 こんなにも恋い焦がれる感情なんて、愛以外の何だと言うんだ。


「バケ……モノ……ニンゲン……ミライニ……エイコウアレ……」

「あら?」


 もう何も感じないのだろう。

 ブツブツと呟きながら、一つ、また一つと腕の眼球が腐り落ちる。


「セ……ジ……」


 そうして最後の眼が腐り落ちたそのとき、勇者の命も抜け落ちる。


 北方戦線の大進軍は、魔王軍の防衛成功という形で幕を閉じた。



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