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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第四章 行軍・北部戦線
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ミートパイ作戦、そして撤退

「■■■――!!!」


 形容しがたい絶叫のような叫び声をまき散らし、勇者だったモノは周りの生きとし生けるもの全てを飲み込んでいく。

 そこに種族の違いなど関係なく、人間も、魔人も、魔物も、そして大地すらも、触手が這った後は魔力を吸い尽くされた物質が残るだけだった。


「あーっ! 私のペットが!」


 人間を狩るために解き放った魔物たちが次々と飲み込まれていく。

 取り込まれた生物は瞬く間に全ての魔力を吸い取られ、ジタバタと抵抗を試みるも、その悉くが虚しく絶命する。


「■■■――!!!」


 魔力を食った、勇者だったモノはさらに大きく成長し、より多くの命を求めてゆっくりとだが動き出す。


「私のミートパイが……」

「ラヴ! 早く逃げますわよ!!」

「これノースグランデの方に向かってない!?」

「ヤバ!」


 勇者に意志があって行動しているにせよ、本能に任せて行動しているにせよ、基礎魔力が圧倒的に高い魔人たちの都市を狙うというのは理にかなっている。


 しかし今ノースグランデの戦闘員は最低限の人員しか残されていない。

 それこそ治安維持ができるギリギリの人数だ。しかもその多くは憲兵に任せており、こんな巨大怪獣と戦うような訓練は受けていない。


「つまり、ここで食い止めなければ甚大な被害を受けると言うことですわね」

「やるしかないのね」


 各々自分なりの覚悟を決めて勇者の前に立ちはだかる。

 もはやアレにとっては人間も魔人も関係ない。

 命があるのなら大小関わらず貪り喰うアレは、魔物と言って差し支えないだろう。


「以降アレはオオナメクジと呼称します」

「ハッ、言い得て妙ね」


 大地からも養分を吸い取っているのか、オオナメクジが通った後はどす黒く変色している。

 自重で下側の腕が潰れて赤黒い血を撒き散らしながら、本体は牛の歩みでノースグランデへと進んでいた。


「でも対策法なんてあるの?」

「あれは魔力を吸うから魔法は効きませんし、接近戦もあの腕に掴まれたら最悪即死ですわよ」

「策ならある」


 そのためにはローラの、いや、全軍の協力が必要だ。


『閣下、緊急事態に際し直接の念話を失礼致します』

『出現した化け物の件だな。簡潔に話せ』


 どうやら作戦本部からも巨大化した勇者の姿は確認できていたようだ。

 既に本部は念話による伝令を出し、声が届いたものから撤退するよう呼びかけていた。


 さすがの対応の早さだ。

 裏を返せば遠くから見てもこの化け物は異常だと思えるほどの雰囲気を醸し出していると言うことなのだが。


 ラヴは言われたとおり重要な部分だけを切り出して簡潔に状況を伝えた。


『魔人の血……そうか』

『閣下。現在あの魔物と化した勇者に対抗できる手段は用意できますか?』

『難しいと言うのが本音だ。だが、我々に敗退は許されない』

『では私に一つ案があります。今からそちらに向かってよろしいでしょうか』


 話を聞くと言ってシャルルは作戦本部に戻るようラヴに伝える。


 今のところ巨大魔物の侵攻を阻む術はない。

 候補生と負傷した魔王軍はこの混乱に乗じて休息も兼ねて本陣へ帰還した。


 ◆


 作戦本部で出迎えたのは深刻な顔で地図を睨んでいる高官たちだった。


「このままでは半日足らずでノースグランデに到達する」


 仮称オオナメクジは時速二キロ程度の速度でゆっくりとノースグランデに向かっている。

 最前線からノースグランデまでの距離は道に沿って行けば三〇キロ。直線距離で二〇キロ強だ。


 徒歩よりも随分と遅い速度だが、それでもあれが休憩しながら侵攻するとは思えない。

 欲を言えば進行方向をノースグランデではなく人間国へと向かわせたいのだが、ノースグランデの魔力を探知している時点でソレは難しいだろう。


「来たか惨姫のラヴよ」

「そのあだ名やめて欲しいのですが」


 しかし今はそんなことを言ってはいられない。

 何せ作戦本部は戦場とノースグランデの間にある。


 モタモタしていたらあと数時間でこの場所も飲み込まれてしまうのだ。

 野戦病院もあり、自力で動けない重症者もいるこの場には決して辿り着かせるわけにはいかなかった。


「まず、オオナメクジについて今まで観測した事象をご報告致します」

「オオナメクジ?」

「勇者の成れの果ての呼称です」


 オオナメクジは肉塊から無数の触角のような腕を伸ばしているのが特徴だ。

 その腕は万物の魔力を吸収する力を持っており、ヒトやモノはもちろんのこと、魔法の魔力まで吸収してしまう。


「それは人間でも魔人でも、魔物でも植物でも、なんならモノや魔法も食べていました」


 道中瀕死の人間を投げたら腕の皮膚がぱっくりと裂けて中から巨大な口が現れて、人間を一口で飲み込んでしまった。

 そんな感じで色々なモノを食べさせてみたが、どうやらオオナメクジに食べられない物はないようだ。


「打つ手はないのか?」

「いえ、剣で切り裂けば血が出ます。実際に下部にある腕は自重で押し潰されていました」


 しかしオオナメクジに近付こうものなら無数の腕に身体を捕まれ死に至るまで魔力を吸われ続けてしまう。

 さらにいくら矢を放とうとも自己回復能力でダメージはほぼ通らない。

 毒は試してないから分からないが、あの質量を殺しきる毒となるとそう簡単には用意できない。


「裏を返せば圧倒的破壊力を誇り、攻撃自体には魔力を含めず、遠距離から攻撃できればオオナメクジを倒すことができるのです」

「お前……まさか――」

「隊長はご存じですよね?」


 それをラヴたちは身にしみて知っている。


 なにせ、それは過去に自分たちが受けたことのある攻撃なのだから。



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