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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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入学、そして先生

「校長先生のお話長かったねー」

「ねー」


 ラヴは今、危機的状況に立たされていた。

 まだ学校が始まって初日だというのに、既に仲良しグループが形成されていたのだ。


 これは学校生活上、ひいては卒業後のコネクション作りに非常に不利となる。


 この危機的状況を回避するために、現在ラヴは頭のリソースをフル活用していた。


「ちょっとそこの貴女!」

「は、はい?」

「校長先生のありがたいお言葉を聞いて、その感想が長かったですって!?」


 どうしたら円満な友好関係を築けるだろうか。

 例えば隣の席の人に教科書を見せて貰う。いや、そもそも全寮制なので教科書を忘れるも何もないし、内申点は下げたくない。


「校長先生はあのヨハネス様なのですわよ!?」


 いっそのこと思い切って普通に話しかけてみるか。

 しかし私自身まだまだこの世界の常識に疎いことは自覚している。ド田舎育ちと言い張ったとしても万が一致命的なミスを犯したら自分が吸血鬼だとバレてしまうかもしれない。


「ヨハネス様はねぇ、あの三神の一柱で」


 自分の種族を知られないように、と言うのはヨハネスからの課題だった。


 悪魔や吸血鬼というのは他の種族を圧倒するほどの強大な力を有しているが、その反面他種族にはない致命的な弱点を有している。

 吸血鬼の弱点は特に危険で、寝ている最中に襲われ日光の下に曝されたらすぐにでも灰になってしまう。そのため信頼できる仲間以外には明かさないし、妄りに他人の種族を他人に教えないのがマナーだった。


「世界最強の魔法使いなのよ!」

「あの、そこ通りたいんだけど」

「えっ?」


 先ほどから教室の前で演説している少女。

 赤い大きな尻尾に背中には巨大な羽が一対。隠しもしない、竜が人化したときの特徴だった。


 逆に弱点らしい弱点がなく、自身の力に絶対的な自信を持っている種族は人化していようとこうして身体の一部を残していることがある。


「そこを占領されてしまうと教室に入りたい人が入れないの」

「あっ、ごめんなさい」

「いいえ。ヨハネス様って凄いのね。良かったら中でもっと詳しく聞かせて?」

「えっ? ほんと!? し、しょうがないですわね……そこまで言うなら聞かせたげますわ!」


 チラリと振り返り、怒られていた二人組に早く行きなさいとアイコンタクトを取った。

 その意図が伝わったのか、二人はぺこりと頭を下げてそそくさとその場を去る。


「何かありますの?」

「ん、何でもないよ。さ、行きましょ」

「ひゃっ!? ひゃい……」


 彼女の腰に手を回し、振り返らないように前を向かせる。


 至近距離で見るとなんとも可愛く整った顔をしている。

 素の素材が良いのか、メイクはナチュラル程度に、ぷっくりと潤いを見せる唇にはまだ幼さが残っていた。


 長いまつげ、くりくりとした大きな目。

 そしてまだ不純を知らない身体の香り。


 実にラヴ好みの、美味しそうな子だ。


「な、何ですの、そんなに見て……」

「いえ、可愛いなって」

「っ!? な、なななななな何言ってるんですの!? もしかしてナンパ!? ダメですわ! ここは神聖な学び舎でしてよ!」

「ふふっ、違う違う。可愛いのは本当だけど、そんな不純な意味じゃないよ。さ、座って座って」


 椅子を引かれては腰をかけない方が失礼だ。

 変な勘違いをした自分が恥ずかしくなり、茹で蛸のような顔で俯き、促されるまま席へと座る。


「私はラヴ。訳あって社会と関わってこなかった身でね。君のような博識の子に教えて欲しいと思ってたんだ」

「博識だなんて、そんな……こともありますけれど」


 何とも乗せやすい子だ。


 彼女の名前はマリー。

 魔王国を支える竜族の一員であり、現一族族長の一人娘だとか。

 種族柄多くの魔法を使え、身体能力も高い。実力主義が根強い魔王国の中で相応の地位を得るのは当然だった。


「魔王国上層部はほとんどが悪魔か天使か幻獣ですわ」

「へぇ、他の種族でもなれるの?」

「別になれないことはありませんわ。でもそれ以外の種族が高官に選ばれると、家族や親戚、一族総出でお祝いする、なんてことも聞いたことありますから、それくらい珍しいんでしょうね」


 そんなこんなで情報交換とも言えない一方的な講義を受けていると、教室に一人の教師が入ってきた。

 どこにでもいそうな顔をして、街中で見かけても気付けなさそうな――


「ッ――!」

「な、何事ですの!?」


 しまった。条件反射で直立敬礼をしてしまう。


 一年間第一部隊と行軍して、主に士官としての重要な知識を叩き込まれた。

 その内の一つが、上官を見たらとりあえず敬礼しておけ、だ。


 それが無意識下でもできるようになるまで背後から近付かれたり、不意を突いて現れたりなどされて、今ではすっかり板に染みついてしまった。


「ははは、良い心がけだな」

「あー、隊長、これは……」


 気恥ずかしくなって咄嗟に言い訳をしようとする。

 しかし一年も一緒にいたのだ。今更ラヴの考えなど知られているし、第一敬礼しておいて言い訳とはなんだ。


「いや、間違ってはいないぞ、ラヴ。ここは学校でもあり軍施設でもあるわけだからな。ま、とりあえず席に着け」

「はい」


 椅子を引いて着席する。

 横にいるマリーが驚いた様子で口をパクパクさせているが、さすが優等生、教師の前で私語をすることはなかった。


「こんばんは、諸君。魔王軍士官候補生学校、夜行部本科への入学、おめでとう。私はこの一組を担当するノーマンだ。これから一年弱、君たちに士官の何たるかを教えることになる。どうかよろしく頼む」


 パチパチと疎らに拍手が響く中、隣からやけに大きな音が聞こえる。

 嫌な予感がして横を伺うと、何とマリーが顔を輝かせ眼にキラキラとラメを付けながらスタンディングオベーションをかましていた。


 ――校長の挨拶の時に最前列でスタンディングオベーションしてたの、この子か。


 あの時は教員たちも苦笑いだったが、今度は後列からの視線が痛い。

 先ほどのラヴと言い、今のマリーと言い、中央最前列で奇行に走る輩が二人もいるとはラヴ自身びっくりである。


「ははっ……ありがとう」


 これにはノーマンも引き攣った笑みを浮かべていた。

 校長の話ならまだ分かる。しかし大したことも言っていないのにここまで過剰反応されてはやりづらいことこの上ない。


「さて、気を取り直して、ガイダンスを始めるぞ」


 カツカツと黒板を鳴らして必要事項を書き連ねていく。

 今後の予定、科目の種類、定期考査の期間、休暇の日程などなど。


 一通り終えたところで午後の授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「今日の予定は以上となる。午前からは自由行動だが、諸君らは将来、魔王軍の高官となる身だ。諸君らの言動は魔王軍の信頼に直結する。はめを外しすぎないように。何か質問がある者は?」

「はい、隊長」


 ラヴがまっすぐ手を上げて、質問の許可を得る。

 こういう先陣を切る生徒がいると教員はやりやすいものだ。ラヴの助け船に感謝を抱きつつ、ノーマンは一応教室を見渡す。


「他にはいないな。じゃあラヴ、質問を許可する」

「はい。なぜ隊長は猫を被っ――」


 スコーンと、小気味好い音が教室に鳴り響く。

 するとラヴがいきなり天を仰ぎ、勢いよく背後の机に倒れ臥す。


 前言撤回だ。こいつは間違いなく問題児になる。

 ノーマンはそんな考えとともに、少しでも期待した自分がバカだったと過去の自分に後悔した。


 倒れたクラスメートを介抱すべきか、そのまま黙って講義を聴くべきか。

 真隣にいたマリーには判断が付かず、ただ二人を見比べてはあわあわと慌てる挙動不審者と成り果てる。


「他に質問がある人は? いないな? では本日の授業はここまでとする。解散!」


 何事もなかったかのように教室を出たノーマン。

 教室の惨事に、新入生たちは戸惑いを隠せなかった。



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