案内、そして食事
軍学校は皆等しく全寮制である。
部屋は一部屋五人暮らし。中にはそれぞれ個別の学習スペースがあり、風呂は決められた時間に大浴場が開けられる。
しかし種族的な性質などに起因する強い希望があれば、申請書を出して個室が割り当てられることもある。
その条件は、例えば日光を浴びると死んでしまう。食人衝動が抑えられない。などである。
「起きなさい」
「うっ……ゴボッ!? ガボッ!?」
恐ろしい女の声とともにやってきた苦痛に、少女は叩き起こされた。
水をかけられたのだろうか。
頭がずぶ濡れになっているが、それ以外は何も感じない。
光の一つも入らないこの部屋は、人間である少女にとって恐怖を掻き立てるには十分だった。
「あはっ。どうしたの? こっちよ、こっち」
「どこっ!?」
四方八方から声が届く。
声の主は知っている。忘れられるはずもない、少女の皮を被った化物。
神聖魔法は悪魔やアンデッドに有効な必殺魔法だ。
上級魔法ともなれば一般の魔人にも有効打と成り得、致命傷とは言わずともかなりの深手を負わすことができる――はずだった。
それを真っ向から受け止め、何事もなかったかのように振る舞った少女。
魔法が効かなかった理由は至極単純。それほどまでに圧倒的な実力差があったからだ。
そんな化物が自分の近くに蔓延っている。少女が抱くその恐怖は計り知れない。
「……飽きた」
「きゃっ!?」
パチンと高い音が鳴り、突如周囲に光源が現れる。
なんてことない、光源の魔法だ。魔法を習う者なら誰でも最初に覚える初歩中の初歩。
「ここは……」
「付いてきて」
「うぐっ――」
首輪に繋がれているリードを引かれ、少女は一瞬息が詰まった。
ラヴはそんなことはお構いなしに歩くものだから、咄嗟に起き上がらなければそのまま引き摺られて窒息死していたかもしれない。
全裸で歩くというのは未だ慣れないが、今は生死に関わるときである。そんなことに構っている余裕なんてなかった。
とにかく今は機をうかがって鳴りをひそめる時期だ。
「お手洗いはここ」
最初に向かった先はお手洗い。
人間界では見たことがない方式で、少女はどうやって使えば良いか分からなかった。
「ここに腰掛けて、終わったらここにある魔石に魔力を込めて。そうすると水が流れる」
「わ、わあ」
疑問に思っていると、丁寧に答えてくれる少女。
ここで一体何をするつもりだと身構えていたら、再び無言で歩き出した。
「ただし、使い終わったら浄化の魔具を使うこと。きちんと扉を閉めること。これが守れなかったらお仕置きするから」
そう言い放って、スタスタと次へ向かうラヴ。
今やラヴの嗅覚は犬以上と言っても過言ではない。些細なことでも刺激臭のように感じるのに、トイレの中に長時間いれるはずもなかった。
「ここが温泉。天然の温泉だから水を汲む必要はないみたい。お湯を張り替える必要はないけど、浴槽以外は毎日掃除してね。入るときは身体を洗ってから入浴すること。髪は湯船に付けないこと。お風呂場で排泄しないこと。あと一日二回は必ず入って。サボったらお仕置きね」
次に案内されたのは温泉と隣接してある洗面所だ。
殆どは布がかけられていて、人が使った形跡はあまりない。唯一布が取り外されているところが普段使っている洗面所だった。
「ここで歯を磨くこと。寝起き、夕食後、夜食後、寝る前の四回が好ましいけど、忙しかったら夜食後はしなくて良いよ。でもそれ以外をサボったらお仕置きね」
そうして一通り見て回ること一時間。一通り見終えて元の部屋へ戻ってくると、少女は何やら布を渡される。
「とりあえず十着。クローゼットの中にあるから。これを着て仕事をして」
バサリと顔に投げつけられたのは、スタンダードな給仕服。
飾り気はなく、ロングスカートの肌を一つも見せない硬派なものだが、修行中に着ていた服より、ましてや全裸よりも何倍もマシだった。
「そうそう、貴女に名前を付けなさいと言われていたんだった」
「名前……」
少女には既に名前がある。
しかし奴隷として攫われたときから、そんなものは消えたも同然だ。
むしろ化物に呼ばれるくらいなら偽名で呼ばれた方がマシである。
「んー、花子、一、一子……面倒だからファーストでいいや」
「ファースト……」
何とも安直な名前だが、愛着もない動物に名前を付けるならばそのくらいがちょうど良いだろう。
それよりも今は先にすべきことがある。
「着替えながら聞きなさい。貴女、聖女らしいのね」
「…………」
「命が欲しかったら私の質問には全て、隠さず、答えなさい」
「……はい」
聖女。
それは教会に属し、神聖魔法を扱う人間の女性を指す言葉だ。
魔王軍への切り札として教育され、強弱関わらず神聖魔法の素質が少しでもある者は修道院という名の訓練学校に通うことになる。
ファーストはその中でも上の下ほどの実力の持ち主らしく、訓練期間が過ぎればすぐにも実戦投入されていただろうとヨハネスは語る。
「で、なんで奴隷商なんかに捕まってたの?」
「……あいつら、罪もない村人を人質に取ってたんだ」
その村人を助けるために、自ら囮になった。
本来ならば意表を突いて逃げ出すつもりだったが、先に禁呪の封印が施され、魔法を唱えることができなくなった。
「はー、バカじゃないの。村人と貴女が等価であるはずがないでしょう」
「黙れ! お前みたいな化物に人の命を語る資格はない!」
随分反抗的な態度の奴隷だ。
それがおかしくつい嗤ってしまい、それがまたファーストの心を逆なでした。
「まあ、どうでも良いけど。私は良いけど、他の人に反抗的な姿見られないようにね。殺されちゃうよ?」
「はっ、そうしたらそいつ諸とも死んで――」
「お口チャック」
ラヴが呪文を唱えると、ファーストの声がかき消される。
いくら叫ぼうとしても何も出ず、しかし咳や吐息はしっかりと出る。
「校長先生曰く意味のある言葉を封じる封印だって。奴隷商が使っていたものよりも、ずっと高度で強力らしいよ?」
「っ……! ……!!」
怒りのあまりその場で地団駄を踏む。
不幸にもその音と、そしていつまでも聞き分けのない反抗心がラヴの心を苛つかせた。
「……はぁ、帰ってきてからで良いと思ってたんだけど」
「…………」
「その封印は意味のある言葉は封印する。でもね、意味のない言葉は発することができるの」
目にも止まらぬ速さで近寄り、そのままファーストを押し倒す。
「きゃっ……!?」
「それにね、貴女には普通の隷属魔法もかかっているの。ご主人様の命令は絶対よ。例えば……股を開きなさい」
「っ……!」
腕でふとももを掴み必死で抵抗を試みるが、その意思に反してラヴに向かって開脚してしまう。
羞恥心で赤面しながらもギロリと睨むが、ラヴはそんなこと気にも留めない。
給仕服は配られたものの、下着類は渡されていない。
スカートで秘部を隠し涙目で声にならない声を発して精一杯威嚇するが、それが逆にラヴの嗜虐心を刺激する。
「あはっ、素敵よ、その顔。貴女の顔が見られないのは残念だけど……スカートを上げて?」
わなわなと震える手で自らのスカートをたくし上げる。
必死に腰を動かしラヴから逃れようとするが、それがまるでポールダンスのようで、天然なのか狙っているのか、もうラヴの理性はとっくに限界を迎えていた。
「ちゅるっ……んっ、おいし……それじゃ、いただきます」
「んーっ! んんーっ!!」
太ももに牙を立て、一気に力を込める。
ぷつりと皮膚を貫く感触が牙を伝って、甘美な香りが溢れてくる。
ツーっと太ももを辿ってきた血を一舐めすると、ファーストの身体がビクンと跳ねた。
その反応が可愛らしく、愛おしく、実に食欲をそそられる。
「じゅるっ……わらひの……ちゅぷ……らえひりわ……んっ……ひらひお、はいらふひ……じゅるるっ……はえふひはらは……れぇろ……はふはひいほ……」
「んぁっ……んふっ……んーっ……あぁっ!」
逃げたいが、身体が動かない。
声は出ないが、喘ぎは我慢しても出てしまう身体に、羞恥と絶望が心をかき乱す。
「んあぁっ!? あっ……ぁんっ……んっ……んふーっ、ふーっ……あぁんっ!」
「ほは……ひほひ、ひいへほ? じゅるるるるっ!」
まるで身体が自分のものじゃないみたいだ。
身体は勝手に動き、自分の意志では動かず、腰は勝手に浮いてしまう。これじゃあまるで自分から求めているみたいじゃないか。
「あはっ……じゅるるるっ……じゅるっ……じゅるるるるるっ」
「あぁんっ……あっ、あっ、あっ……ぁんっ!?」
もうダメだ。耐えられない。
声はとっくに抑えられず、卑猥な喘ぎを幾多も発する。
自分の声に煽られて、さらに身体が火照っていく。
嫌なのに、嫌なのに――
腰がガクガクと震え、今にもダムが決壊しそう。
もう諦めよう。楽になろう。たった一回だけだ。
そう、ファーストが力を抜いたその瞬間。
「……はぇ?」
「あは、ざんねん。時間切れ」
行かなくちゃと呟いて、ラヴは彼女の肌から牙を抜く。
ペロペロと残った血を舐めている間に既に傷は塞がった。
唾液をふんだんに塗りたくったのだ。その再生力は凄まじいものだろう。
「口直しよ。舌を出しなさい」
「ぇ……ぁ……」
それは魔法による力か、それとも自分の意志なのか。
もうファーストにはそれすら判断できる力は残っていなかった。
「ん、良い子」
「ぁんっ……」
頭を撫でられ、目を細める。
ラヴの手は柔らかく、暖かく、そして心地好い。全身が敏感になっている今は、頭を撫でられるだけでどうにかなってしまいそうだ。
「じゃ、掃除洗濯よろしくね。んちゅっ」
「れぇろ……ちゅっぱ……はむ……んちゅっ……ぷぁっ……あ……」
真っ白な頭でラヴの舌を受け入れる。
唇が離れると命令が解けた身体は疲れ果て、力が抜けてだらんと床へ放り出された。
何が何だか分からず、脳も疲れ切っているのか異常なほど眠たい。
春のまどろみの中、火照った身体を休めるため、ファーストはそのまま意識を手放す。
彼女が現状を理解したのは、その一時間後だった。




