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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第二章 軍学校と吸血鬼・前期
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宴会、そして別れ

 バートが一人席を立ち、ジョッキを掲げて宣言す。


「それでは皆様、お集まり頂き――」

「乾杯ー!」

「乾杯ー!」

「ちょ、音頭取れって言ったの君たちだよね!?」


 居酒屋に入り、七人で個室を占領する。

 ラヴは牛乳、それ以外はビールを片手に大わらわだ。


「ラヴも今日くらい酒飲もうぜー」

「酔わないのに酒税を払うのは勿体ないので」

「ちぇーっ、今日が最後だってのによー」

「最後……うえっ……う゛えっ……お゛ぇっ……最後っ……!」


 突然メルラが汚い嗚咽を発する。

 メルラはかなり重度の泣き上戸だ。それに加えて今日はラヴと会える最後の日。

 そんな日に泣かないはずもなく、今まで溜まってきた想い出が涙と嗚咽、そして鼻水とともに湧き出した。


「ラヴぢゃん! だっじゃでね!!」

「ちょっ、その顔で抱きつかないで!」


 手元にあったおしぼりを顔に押しつけゴシゴシと乱雑に拭う。

 それでもゾンビの鳴き声のような雄叫びを上げながら抱きつくメルラ。今日はいつにも増して滅入っているらしい。


「お前らほんと仲良いよなー」

「ほんとよね。私なんて触れようとしたらすぐはたき落とされるのに……」


 ラヴにスキンシップができる人物には明確な基準があった。


 それは性交経験があるかないか。

 ラヴ曰く、匂いですぐに分かるらしく、経験があると魔力が混ざり合って気持ち悪いらしい。それを聞いて女性陣二人が顔を真っ赤にしたのは良い思い出だ。


 しかしメルラは隊の中で唯一ラヴに触れられると知るや否や、開き直って積極的に絡むようになっていった。

 二人はいつも一緒で、寝食は当たり前。水浴びや入浴、果ては戦闘後の休憩にこっそり二人で出かけるものだから、部隊員一同てっきり二人はデキているのだと信じて疑わなかった。


「しっかし、ラヴが吸血鬼ねー」

「だから戦闘後はほぼ毎回メルラが喘いでたのね」

「喘いでた!? えっ、なにそれ!? いつ!? どこで!?」

「マジで記憶無いんだな……」


 ラヴが戦闘に参加した日は大抵メルラに半日友だち――魅了の魔眼をかけて吸血していた。

 二人でこっそり出かけてはその方向からメルラの喘ぎ声が聞こえ、暫くすると乱れた服と蕩けた表情で戻って来るものだから、事情を知っているノーマン以外はてっきり事後なのだと思っていたのだ。


「こいつなんて声聞いてオ――」


 バートがラウラを指して何かを言おうとしたが、直後バートの頭上に巨大な岩が落ちてくる。


「うっせえわこのヤリチンが!!」

「んだとこのむっつり売女が!!」

「はあぁぁ!? 言ったわね表に出ろや!!」


 我先にと居酒屋を飛び出していく光景も何度見たことか。

 結局は二人とも疲れ果てて倒れたところでそれぞれの保護者――キースとギルベルト――が介抱するのだ。


「この景色も見納めとはなぁ」

「僕たち、皆別々の道を行きますもんね」


 メルラはエリート中のエリートが集い、魔王の指揮の下国の方針を決める国家戦略室へ。

 キースとラウラは各都市の防衛から軍隊内の秩序維持まで幅広く担う憲兵隊へ。

 ギルベルトは軍需品の開発、軍事技術の民間転用、民間技術の軍事転用、新たな技術の研究などなど、戦争を陰から支える国家技術開発研究局へ。

 バートは軍人の初期育成から給与、雇用から解雇までのすべてを司る人事部へ。

 そしてラヴは正式に皆の後輩となるため軍学校へ。


「そう言えば隊長はどこへ? 人事部に戻って今度はバートの教育ですか?」

「いんや、諸事情によりもう二年教職に就くことになった」

「おお、それは……いや、当然といえば当然ですか」


 ラヴに教えを説くと言うことは、すなわちラヴを御する力を持っているということだ。

 力だけなら多少はいるだろう。第一線で活躍する准将クラスの多くは対抗できる。しかし彼女には魅了の魔眼が備わっており、それをかいくぐってラヴの怪力に対抗できるとなると極端に少なくなる。


 そんな人物がいれば普通は戦略兵器並の扱いを受ける。

 例えば魔王。例えばヨハネス。


 当然校長自ら教鞭を執ることは滅多にない。魔王なんて言わずもがな。

 であればラヴにも信頼され、ラヴに対抗する術を持つノーマンが選ばれるのは理にかなっている。


「ラヴぢゃああん! 嫌だよぉ! おいでがないでー!!」

「うるさい!」

「もごっ!」


 ついにはお手拭きを口につっこまれ、もがもがと苦しそうに抗議する。

 たった一杯の生ジョッキでよくそれほど酔えるものだ。


「追加頼む人ー! 俺は生追加!」

「もごご!」

「ジントニック」

『アブサンロック!』

『ピーチサワー!』

「焼酎と冷。たぶんメルラも冷だ。違っても冷出しとけ」

「牛乳ストレート。バケツで」


 外で喧嘩していてもしっかり追加の注文をしてくるあたり、まだまだ余裕がありそうだ。


 ――嗚呼、楽しいな。


 こんな景色がずっと続けばいいのに。

 ラヴは心の底からそう願うのであった。



「うおぉぉんおんおんおん――」

「じゃあ隊長、ラヴのこと頼みましたよ」

「う゛おっほ――おぉんおんおん――げえぇっふ――おんおん――」

「あぁ、任せておけ」


 居酒屋を出て、一同は解散する。

 名残惜しいが、彼らは明日からすぐに仕事があるし、梯子なんてできない。

 それに時間的猶予ももうないのだ。既に東の空は明るみを増し、朝の冷たい風が流れている。今は心地好いこの風も、直にラヴへの刃へ変わる。


「あう゛ぢゃっ……がう゛っ……ラヴぢゃん!」

「はいはい」

「ばいびぢ……ばいびぢあいびいぐがらね!!」

「仕事をしなさい」


 もう振り払うのも面倒になり、メルラの鼻に布切れを突っ込んで放置する。

 最初は鼻孔が拡張されると嘆いたメルラだったが、少し焼酎を飲ませるとすぐに顔を真っ赤にして泣き出した。


「……ならっ、なら毎週は?」

「まあ、休日に会いに来るくらいなら」

「じゃあじゃあっ、毎週、会いに行くから! 絶対ね!」

「はいはい。仕事をちゃんとしていたら会ってあげるよ」

「絶対ね! 絶対の絶対だからね! ぜーったーいねー!!」


 ずるずると引きずられながらも念押しするメルラを見ていると、何だか可笑しくなって笑いをこぼす。

 まるでご主人様に尻尾を振る大型犬のようで実に愛らしい。今度彼女には耳と尻尾のセットを用意してあげよう。どうせバートに聞けばどこに売っているか知っているだろう。


 彼らの姿が人混みに消え、そこにはノーマンとラヴの二人だけになった。


「帰るか」

「はい」


 新しい生活を目指して、ラヴは歩みを進める。


 ◆


 黒と白が入り交じった空間に、二人の男がいた。


 一人は校長ヨハネス。

 聖職者のような衣服を身に纏い、神々しくもどこか寂しげな玉座に腰掛ける。


 一人は魔王ディーテ。

 六対の翼を持ち、気怠げに世界を見下す青年。あらゆるヒトの頭蓋でできた玉座に腰掛ける。


 そしてそこには主人のいない玉座が二つ。

 一つは純白の玉座。飾り気が何もなく、しかしそれが美しくもある空の席。

 一つは深紅の玉座。世界中の血と肉を張り付けて、裸体の石像が主人を求めるかのように掘られている空の席。


「友よ。君から呼び出すとは珍しい。ヨハネス」

「友よ。いやなに、久しぶりに君の顔が見たくなったのだ。ディーテ」

「何を言う。ついこの間、会議をしたではないか」


 ディーテが呆れたように口を開く。

 しかしヨハネスの言いたいことも、彼には分かる。


 現実世界のディーテはこの世界の彼とは似ても似つかぬ姿をしている。

 同じ所と言えば、髪と目の色、そしてその美しい六枚羽くらいだ。


「意地悪はしないでくれたまえ」

「ふっ、君がもったいぶるからだ。……会ったんだろう?」

「ああ……」


 顔に手を置き天を仰ぐ。

 ディートの前では感情を隠さないヨハネスだが、ディートを以てしてもここまで揺れ動くヨハネスを見るのは実に久しい。


 そう。それは彼女がこの世から消えた日以来だ。


「……まるで生き写しだ」

「……そうか」


 深紅の玉座の主――吸血鬼イザベラ。

 悪魔の神、天使の神、幻獣の神と並ぶ四神の一柱にて、三柱が愛した生命の神。


 全てを愛し、全てに殺された悲しき神。


「彼女はまた戦場に向かっている。友よ。私は彼女をこれ以上危険に曝したくない」

「友よ。我ら四人。その歩みを止めることができないのは、君もよく知っているだろう」


 一度歩み出したら止まらない。

 あとはその歩みに同調するか、反発するか。四神とは、そう言う存在だ。


「これは、彼女を見捨てた我々への天罰なのだろうか」

「創造の女神は未だに顕現せぬ。あの日、我らが産み落とされた日以来、一度も――」


 ディートはそう言い、天を仰ぐ。

 そこにあるのは小さな光の柱。決して届かぬ、女神の領域。


「嗚呼、女神よ。貴女はなんて惨いことを」

「罰というのであれば、甘んじて受け入れよう。ヨハネス」


 二人は祈る。

 一心に祈る。


 ――どうかイザベラの魂が安らぎの園へ導かれんことを。



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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ? つまりラブは生命の神イザベラの転生体の可能性がある? 魔王が悪魔の神 校長が幻獣の神 白席が天使の神 で、件のイザベラさんの席って配当かな?
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