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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第四章 行軍・北部戦線
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従者、そして疑問

 従者たちの夜は早い。


 未だ太陽が沈む前。

 誰よりも早く起きたファーストたちは主人が起きる前に身支度を調える。


「おぉっ……!? んおっ……おっ……あ、あとっ、いっこ……」


 顔を洗い、歯を磨き、寝癖を直し、そして最後に身なりを整える。

 そのためファースト、セカンドそしてクリュが泊まっている部屋からは毎朝この時間になるとドタバタと忙しなく動く音が聞こえてくる。


「あと……いっ、いーっ……あっ、ダメっ……!」


 最後にお手洗いを済ませるファースト。

 しかし彼女にはどうしてもやらなければならないことがあった。


「んーっ!」


 尻尾を付け終わると、くたりと便座に座り込む。

 毎朝――と言うよりお手洗いに行く際は毎回こうして尻尾の着脱が必要なのはとても体力を必要とする。


「フーッ……フーッ……で、できた……」


 息を切らすもいつも通り犬の尻尾をはめ込んだファーストはそそくさとお手洗いから出てきて、ラヴたちが起きる前に夕餉の手配などを済ませておく。


「はい。はい。あ、いえ、入れないのはご主人様のだけで大丈夫です。できたらお肉多めでお願いします」

「昨夜のお洗濯はできていますか? はい。ありがとうございます。またよろしくお願い致します」

「え、えと……あつけた(・・・・)のを取りに来ました」


 生やした羽根をぴょこぴょこと動かしながらクロークから荷物を受け取るクリュ。

 先輩二人はそれを影ながら見守り、拙い言葉ながらも一応は意思疎通できているようで胸をなで下ろした。


 ファーストは聖女見習いのときに神殿の掃除や貴族と面会するときの最低限の作法などは習ったし、セカンドは高級娼婦として高等教育から時事的な話題まで完璧に叩き込まれていた。


 しかしクリュは二人とは違い、一切教育を受けていない状態からのスタートだ。

 語彙も少なければ、数も六以上は数えられない。

 理論的に物事を考えることもできないし、物覚えも悪かった。


「えと……あの……ラヴさまのお部屋知ってるです?」

「ラヴ様ですか? ……はい。魔王軍第一部隊の皆様でしたら四〇七、八号室でございます」

「よんまるなな?」

「クリュ。こっちだよ!」


 見かねたファーストが助け船を出し、クリュはなんとか部屋に帰る。

 そこにはカティに甲斐甲斐しくお世話をされているラヴの姿があった。


「ラヴっち、痒くなーい?」

「んー、気持ち良いよ」


 昨晩デートから帰ってきた二人はいつにも増してイチャイチャしていた。

 今まで以上にべったりくっつき、カティはことあるごとにラヴと親密なスキンシップを取ろうとしている。


 とは言え傍から見たら素っ気ないラヴと片想いのカティのような絵面なのだが、カティが幸せそうだから誰も文句は言わない。


「みんなさん! ご飯できたよです!」

「はーい」


 ぞろぞろと食堂に降りていき、皆で一緒に食事を取る。


「おひ、おひ……」

「クリュ、またお口に付いていますよ」

「ん……」


 ナポリタンを口いっぱいに頬張るクリュの口元を拭いつつも、主人に遅れないようしっかり自分の食事も進めるセカンド。

 その姿は従者と言うより我が子を見守る母のような姿だった。


「滞在期間を大幅に修正したことにより概ね予定通りの日程となった」

「次の大都市は北方戦線防衛都市ですね」

「ノースグランデ。人間界に最も近い場所に位置する大都市ですわ」

「休みがてらに行って約一ヶ月かー。一番きついところだね」

「そのために昨日たっくさん日用品買ってきたんだかんね」

「野宿は必須」


 思い思いに意見を出し合い今後の方針を決めていく第一部隊。

 それを分からないながらも聞いていたクリュは一つ些細な疑問を呈する。


「ねぇねぇ。どうしておねーさんたちこんなに凄いんです?」

「それは学校というものに行っているからですね」

「がっこー?」


 勉強という概念を知らないクリュにどうやって学校を教えようかセカンドは悩む。


 結果、出した答えが自分たちと比較すること。

 クリュは今二人から従者についていろいろ教えて貰っているが、その内容をもっと詳しく、もっと上手な人に教わることでたくさん色々なことをできるようにする。


 そうしたら第一部隊のような秀才が生まれ、世の中がもっと便利になる。


「じゃあじゃあ、クリュもがっこーできる?」

「うーん、学校は貴族の場所だから」


 人間の国では基本的に学校と行ったら貴族の学び舎だ。

 共和国を謳っている国でさえそこに入れるのは富豪や議員の家族など特権階級のみ。

 極々稀に神殿からの推薦で平民が入れることもあるが、余程の才能が無い限り推薦されず、十年に一人いたら多い方だろう。


「じゃあクリュはがっこーできないの……」


 しょんぼりするクリュに今度はファーストから学校に入りたいのかと疑問を投げかける。


 言っては悪いがクリュは勉強が好きな方だとは思えない。

 座学よりも実戦で覚える方が向いていそうな印象だ。


 そんなことを考えていると、知ってか知らずかクリュが答える。


「クリュ、もっとみんなさんとお話ししたいのに、みんなさんが言ってるの分かんないの……」


 クリュと話すとき、たいていラヴを筆頭に簡単な言葉で接してくれる。

 しかしそれではどうしても説明しきれない部分が出てきてしまい、曖昧なまま終わってしまうのだ。


 クリュはもっと彼女たちのことが知りたかった。

 初めて優しくしてくれた人たち。

 初めてクリュを人として扱ってくれた人たち。


 そんな彼女たちの力になれたらと思っていた矢先に、学がない故に意思疎通すら侭ならないなんて。


「それなら学校に行かずとも、ご主人様に教えを請えば良いんじゃない?」

「!!」


 その提案はまさにクリュにとっては天啓のような答えだった。



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