都市、そして尋問
「ぐあっ……こ、ここは……」
水を被せて叩き起こされた男はそこでようやく身体が拘束されていることに気付く。
どうやら目も塞がれているようで、耳からしか入ってこない情報で必死に今いる状況を整理する。
「お、起きた?」
男が呻きを発すると、凜とした女性の声が聞こえてくる。
反応からして彼女が水をかけたのだろう。
「ではこれから尋問を始めます」
「ちょ、ちょっとケイト、まずは名乗らないと……」
「あ、そっか」
聞かれないようにこそこそと会話をしているようだが、視界が潰されている分聴覚は非常に敏感になっている。
そのくらいの声でも男耳にはしっかりと届いていた。
「ボクは魔王軍士官学校夜行部本科第一部隊所属のケイト。今から君たちを尋問する者です」
「まっ魔王軍が何でこんなことしてんだよ!」
「そりゃあ、君らがあまりにも怪しかったもんで」
軍事国家であるこの国では魔王軍の士官とは貴族と同等の特権階級としてみられる。
貴族が内務の高官であるのなら士官は軍務の高官と言えるだろう。
士官候補生は学生であるが准士官。
その地位は領主の私兵のそれではなく、特権階級の一人として扱われる。
「できれば早めにしておきたいから、あんまり抵抗しないで欲しいな」
斯くしてケイトの尋問が始まった。
「んじゃ、まずはお名前から。キミの所属と名前を教えて下さい」
「ご、ゴードンだ。西のスラムで清掃業をしている」
「ホント? 虚偽申請は重罪だよ?」
「本当だ! 家内と娘もいるんだ!」
目隠しをされ全身拘束されながらも必死に訴える男をケイトは冷めた目で見下していた。
軽蔑しているわけではない。
ケイトは冷静になりたいとき、形から入らないと集中できないのだ。
個室で勉強するときはメガネをかけるし、運動するときは動きやすい衣服を身に纏う。
だから尋問をするときは冷徹な尋問官を装わないと良心が押し潰されそうになるのだ。
「どうしてボクたちをつけてたの?」
「そ、それは……」
「言って」
男は口ごもるも、ケイトの威勢に怖じ気づき、結局全てを暴露した。
「た、頼まれんだよ」
「頼まれた? 誰に?」
「し、知らねぇ! いつもふらっとやってきて指示出して、次の日部屋に報酬が置いてあんだよ」
その指示には統一性がなく、今回のように誰かを見張れという指示からモノを届けろ、失せ物を探せなどその種類は多岐に亘る。
指示係はいつも深くまでローブを被り顔どころか素肌の一つも見せないらしい。
「じゃあ、他の奴らとはどう言う関係なの?」
「他?」
「キミと一緒にボクを見張ってた奴ら」
「知らねぇ……ほ、本当だ! 共同作業なんてこれまで一度もした事ねぇ!」
――これ以上の情報は聞き出せないかな……。
結局その男からは有益な情報は得られなかった。
そんな調子で二人ほど尋問を繰り返していると、ついにローラがあまりの眠気にふらふらし始める。
「眠い?」
「ん……」
「今日はこれでおしまいですわね。三人から事情を聞けただけでも十分でしょう」
三人の情報を合わせると、犯人の人物像が概ね分かってきた。
まず、三人の内全員がスラムの出身だ。
スラムの住人は仕事に飢えている。法的な身分の保障ができないため重要な役割を与えられないからだ。
言ってしまえば信用がおけない。
この一言に尽きる。
元から失う物のない人物は法律による罰則も惜しくない。
自暴自棄になって何をしでかすか分からない存在を身の回りにおいておく方が無理な話だった。
犯人はそこに目を付け、金でスラムの労働力を支配しそれを工作員として街の情報を仕入れていた。
「それにしても不可解ですわね」
「その情報が今まで一度も悪用されていないんだよねぇ」
聞けば何年も前からその指令が出ているらしい。
しかしそれほど多くの情報が敵の手中にあると言うのに未だ憲兵も気付かず悪用もされていないというのは些か疑問が残る。
悪用できない情報なのか、それとも悪用しようとしていないのか。
「んにゅ……」
「あぁっ、ごめんね、ローラ。もう眠いよね」
「そんにゃことにゃい……」
「歯、磨こっか」
ローラはいつも日の出前にはラヴと一緒に就寝している。
そして日の入りと同時に起きてくるため非常に早寝早起きと言えるだろう。
成長期の子どもとしては至って健康的な生活をしている。
残る三人にも順番に尋問をやりたいところだが、そろそろローラの眠気が限界を超えてしまう。
ここは一旦お開きにして再び夜になったら尋問再開と言うことで良いだろう。
ラヴたちもきっと夜になるまで動けないはずだし、日の入り前に起きればラヴたちの捜索に出ることだってできるのだ。
「はやく、ラヴ、みつけなきゃ、なのに……」
「大丈夫だよ。きっとすぐ見つかるから」
ローラは先のラヴに庇われた件に負い目を感じている。
今は何とか自分のせいでは無いと思っていてくれているが、いつまたトラウマが呼び起こされるか分かったものではないのだ。
気にしなければ良いと言われて気にしないようにできるのならば、ローラはここまで悩んでいたりなんてしなかった。




