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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第四章 行軍・北部戦線
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都市、そして人質

 カティにあそこまで多くの人員を差し向けられたのだ。

 きっとクリュを探す人員もかなりの数がいるに違いない。


 捕まっていなければ良いのだがと祈っていたが、事態は最悪の展開で迎えることになる。


「そこまでだ」

「お、おねーちゃん……!」


 孤児院へ行くとたった今倒したはずの敵がクリュを人質に待ち構えていた。


「ど、どうして……」

「さあな。今から罪人となるお前らに言うことなど何も無い」


 得物をちらつかせてカティに降伏しろと要求する。

 衛兵らしからぬ発言に舌打ちを打つもカティとしては要求を呑まざるを得ない。


「アンタたち……国軍を敵に回してんの分かってんの……?」

「何とでも言ってろ。おい、そのまま伏せろ」


 両手を頭の上に挙げ、ゆっくりとした動きでうつ伏せになる。

 武器は元から持っていない。それは先ほど戦ったから分かっているのか、男も身体検査は行わなかった。


 両手をきつく縛られてクリュの隣に横たえられた。

 そして男はポケットからジュエリーネックレスを取り出すと、カティの首に手を回した。


「こっ、これっ、封魔石!? なんで衛兵なんかが!?」


 封魔石。

 付けた者の魔法を封じる危険な物だ。


 魔法に依存して生きている生命は長い間封魔石を付けていると死んでしまうとさえ噂されており、封魔石が取れる鉱脈は国の最重要機密情報だ。

 徹底的に管理され、罪人に使用する際も複雑な手続きを行わなければ認められない。


 そんな代物を何故いち衛兵が持っているのか。


「やっ、やめてっ!」

「暴れるな!」

「来ないで!!」


 魔法が使えなくなれば、ラヴとの繋がりも切れてしまう。


 ラヴを感じられなくなるのはもう嫌だ。

 あんな孤独を味わうのはもう嫌だ。


「やめて! たっ、助けて! 来ないで!」


 泣き叫ぶカティを無視して男は再び首に手を回す。


 そうしてネックレスが首に当てられホックが重なり――


「助けて! アルジサマ!」


 ボトリ。


 鈍い音が孤児院に響き、次の瞬間には壮絶な水しぶきがカティとクリュに襲いかかる。


「ぐっ……グアアァァァ!?」

「えっ……?」


 何の前触れもなく、男の両手が転がり落ちた。

 切断面からは滝のように鮮血が流れ、みるみるうちに血だまりが作られる。


「あはっ――やっぱり餌奴みたいな味なのね」

「誰だ!」


 男は咄嗟に声の主から距離を取り、両手を炎で焼いて止血する。


 声の方向を鋭く睨むと、そこには形のない影が揺れ動き、今まさにナニカの形を作り出そうとしていた。


「誰だとは失礼ね。ずっと私を探してたんでしょ?」


 漆黒のドレスに光を吸い込む暗黒の長髪。

 肌は病的なまでに白く、それ故紅い唇がより目立つ。


 百人に問えば百人が美しいと答える完璧な美容の持ち主は、衛兵の中で最警戒人物として触れ回りが出ていた人物だった。


「お前が第一部隊のリーダー……ラヴか」

「ご名答」


 既にラヴからは男への興味は消え失せていた。

 壊しても良いモノを壊したところでそれはただの作業だ。


 そんなもの頼まれでもしない限りやりたくないし、それより今は優先すべき事は山ほどある。


「カティ。大丈夫?」

「ラヴっちぃ……」


 その涙の原因は恐怖か不安か喜びか。

 ラヴはハンカチを取り出すとカティの目元を優しく拭い、額にキスして安心させる。


「ごめんね。実戦で使うのは初めてだったから、出るのにちょっと手間取っちゃったよ」


 ラヴを感じるだけで脳が蕩け、ラヴの声を聞くだけで全身から力が漲ってくる。

 ラヴの姿を見るだけで疲れが消え去り、ラヴに触れるだけで幸せな気持ちでいっぱいになる。


 ラヴ。ラヴ。ラヴ。


 カティの全てがラヴにあり、ラヴだけが世界の全てなのだ。


「よく頑張ったね。ゆっくり休んで良いよ」

「ラヴっち……アタシ……」

「大丈夫。あとはやっておくから。……スリープ」


 カティから感じられる魔力がいつもより弱々しい。

 文字通りクリュの影からしかカティの様子を窺えなかったラヴはクリュと別れたカティの行動を予測することしかできなかった。


 ――言い付け通り衛兵を殺さず生かさずで頑張っていたんだね。


 衛兵殺しは大罪だ。

 もしもそれが露見すれば国軍の優良若手である第一部隊ですらただでは済まされない。


 当然カティが衛兵を殺してしまったらあらゆる手を尽くして弁護に回る覚悟はあったが、正直杞憂に終わってとてもほっとしている。


「さて、前回は名乗りがまだだったね。ご存じの通り、魔王軍士官候補生学校夜行部本科第一部隊所属のラヴです。貴方のお名前は?」

「……ゲラルドだ」

「おや、衛兵と名乗れないご事情でも?」


 ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべながら揚げ足を取っていくラヴ。

 ラヴの中では既に答えは出ているのだ。今更隠したところで滑稽なだけだ。


「ま、そんなことは置いておいて、ゲラルドさん、ここは一時停戦をしませんか?」

「停戦だと?」

「はい。こちらも消耗していますし、そちらも部下さんたちに休息を与えてあげたいでしょう」


 ラヴの予想は的中していた。

 カティとゲラルドの戦いで多くの衛兵が駆り出され、そして悉く無力化されている。


 このままゴリ押すこともできるが、それでは街の防衛に割く衛兵がいなくなってしまう。

 ラヴの提案はゲラルドにとっても嬉しい提案だった。


 尤も、双方が互いに危害を加えないことが条件なのだが。


「……分かった。領主に報告しよう」

「ありがとうございます。では――」


 誰かが見たら、受話器を置くような気軽さで。

 誰かが見たら、他愛ない挨拶のような気軽さで。


 ラヴがおもむろに爪を弾くと、突如ゲラルドの身体から深紅の刃が幾重にもなって現れた。


「グハッ――」

「カティを虐めたほんの些細なお返しと、こうした方が早いでしょ?」


 薄れ行く意識の中、ケタケタと嗤う少女の姿が嫌に脳裏に焼き付いていた。



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