惜別会、そして愛
惜別会。
それが学級最後のイベントであり、別れと旅立ちを祝う歓送会でもあった。
「ラヴしゃーん」
「おげんぎで!」
一組の中でも特に人気が高かった五人組。
そのリーダー格であるラヴは一組内外に熱烈なファンが付いている。
「もう。皆甘えん坊なんだから」
そんなラヴも抱きついてくるクラスメートたちを拒まずに、抱きつき返して受け入れるのだ。
その様子を後ろから見るカティは激しい嫉妬の念に駆られていた。
「ふんだ。あんなにイチャイチャしちゃってさ」
「まぁまぁ。本日くらいは許してあげなさいな」
「でもぉ……」
カティは自分が重い女だと自覚している。
本当はラヴが誰かと話しているのも嫌だし、ラヴが誰かに見られているのも嫌なのだ。
「貴女はラヴが好きなのでしょう。ならば、本日くらいは貴女と同じくらいラヴが好きな人のことも受け入れてあげなさいな」
「……今日だけだかんね!」
ラヴが笑顔だと自分も嬉しい。
そう思えたらどれだけ楽だったのだろう。
嫉妬。独占欲。孤独感。
ラヴが誰かを見るだけで、ラヴが誰かと話すだけで、耐え難い焦燥感がカティを襲う。
――ラヴっち。アタシ、こんなに醜いんだよ?
ラヴはいつも美しいと言ってくれる。
綺麗だと言ってくれる。
でもそれは、必死に取り繕った姿なのだ。
ラヴに嫌われたくない。ラヴに愛されたいと思う一心で綺麗な自分を演じ続け、醜い部分は心の中に押し込んだ。
少し小突けばすぐに現る。
どうしようもない欲望の固まり。
際限なく沸いて出る欲望を知れば、きっと彼女は幻滅してしまう。
曝け出したいのに伝えられない苦しみは恋する乙女に相応しい葛藤だった。
◆
男女に囲まれ楽しく談笑していたラヴたち一組。
「あひゃーたーのしー」
「もー、飲み過ぎだよ。はい、お水」
「はへー、あうしゃん」
でろんでろんに酔っ払ったクラスメートがラヴに倒れかかるもそっと受け止め腰を支える。
予科生が多い一組の中で比較的年齢が高めの女性。
元々軍からの公募で来た彼女は普段は真面目で規律に厳しかったが毛嫌いされるようなことはなく、むしろその正しさは一組全員の心の支えになっていた。
尤も、彼女とラヴはそれほど仲が良かったわけではない。
というのも服装や実習中の授業態度で彼女に度々注意されていたからだ。
ノーマンをよくキレさせていたラヴはその辺が一般生よりも緩いのか、彼女はラヴが一線を越えるとちゃんと注意してくれた。
「あうしゃん! わらひがいらふてもしゃんとするんれふよ!」
「大丈夫だよ。第一部隊の皆はしっかりしてるから」
それに今年の第一部隊の隊長は二年前と同じくノーマンだ。
軍規に抵触するようなことはしたくてもできないだろう。
「うぅー、ラヴしゃーん……よしよしして……」
「はいはい」
酒に飲まれた者は理性の箍が外れ、感情的で、饒舌になることが多い。
そして大抵の場合、人は感情的になって良い結果に進むことはなかった。
「ラヴしゃん……わたひ、前からずっとしゅきでした」
「え……?」
突然の告白にパーティー会場は静まり返る。
この場にはすべてのクラスが集結している。そんな中で告白しようものなら結果がどうであれ翌日には全部隊で噂になっていることだろう。
「りゃくだつこんなのらー」
「ッ――!」
突如背後から凄まじい殺気が放たれる。
それも一つではなく二つ。
片方はラヴに告白した方に向けられた殺気だ。
その正体は当然カティで普段はお行儀良い彼女が爪を齧りながら般若の形相で少女を睨む。
もう一方はラヴに向けられた殺気だ。
先程から二組の集団からちらちら視線が飛ばされていたが、それがついに殺気となってやってきた。
そう、ナタリーである。
――私何か悪いことしたかなぁ。
ラヴはただ色んな人と仲良くしたいだけなのに、悲しいかなラヴと仲の良い人たちがそれを良しとしないのだ。
今世も前世も付き合いたいと思って接していたことなんて一度もない。
一緒にいて楽しいから一緒にいるのであって、それ以上の関係になるつもりなんて欠片もなかったのに。
「ごめんなさい。私、今は誰ともお付き合いしようとは思っていないの」
「そっ……そうだよね……あははっ……ごめんねっ……あれっ……」
歪んだ笑顔が次第に崩れ、嗚咽を漏らして泣き始める。
「ごめんね。君のことは好きだよ。大好き。でも、付き合いたいとか、そういう好きじゃないんだ」
勝手に好いて、勝手に泣いて。
そのしわ寄せはどこに行くと思っているんだ。
ラヴはそう叫びたかったが、それはやってはいけないことだと理解している。
彼女も好きになりたくて好きになったわけではないと理解している。
静まり返った会場。
先生たちもどうしたら良いか分からず、遠巻きに見ているだけだ。
実際先生が出てきたところでどうにもならない。
喧嘩ではない。いじめでもない。
これは一人と一人の心の話であり、部外者がどうにか出来る内容ではなかった。
「はーい。みんな注目!」
「ケイト?」
そんな中、一人の少女が声を上げた。
「すぅ……ふぅ……」
大きく深呼吸して――
「ラヴー! 愛してるよー!!」
「えぇ……」
耳を真っ赤にして、それでもケイトは笑いながら言い放つ。
「つーきーあーってー!」
「なるほどですわ」
誰しもが困惑する中、最初にケイトの意図に気付いたのはマリーだった。
「ラヴ。お話がありますの」
「ま、マリー……?」
「わたくしと付き合ってくださいまし」
いつかラヴが言っていた、記念告白。
一人がこっぴどくフラれてしまえば会場の雰囲気は地に落ちる。
しかしそれが数人、数十人ともなれば、それはもはや催し物へと変化する。
「ラヴ大好き付き合ってー」
「ローラまで……」
そこまで言われたらラヴも察しは付いた。
ならば返事をするのが礼儀だろう。
「まったく……ケイト、マリー、ローラ! 私は付き合うつもりはありません!」
「あちゃー」
「初めての告白でフラれてしまいましたわ」
「一緒に入水しよ」
誰からともなく笑いが起きる。
最後のイベント――惜別会。
それなのに暗い話で終わらすのは、今年の一組には似合わない。
「他にいないのー?」
「はーい! ラヴさん! コーデのセンスが大好きです! 付き合ってください!」
「ありがとう。でもお断りします!」
「俺ラヴさんのおかげで付き合えたんだ! ありがとう! 付き合ってください!」
「今の彼女を大切にしなさい!」
「あっ、ずるーい! 彼なんかより私と付き合って!」
「このカップルおかしいよ!?」
一人、また一人とラヴに告白し、見事に全員フラれていく。
誰も彼もがフラれにフラれ、時には泣いた人を励まし合い、くだらない理由でラヴがキレて、我慢できなくなった乱入者たちが模擬決闘を始める始末。
そうしてラヴたち八一三期生は、学生生活の最後まで笑って過ごしていた。




