飲み会、そして自己紹介
何だかんだナタリーとは和解して、マリーたちにも頭を下げた。
軽率なことをしてごめん。
そう素直に伝えると、今度はマリーが大泣きしながら謝り出す。
そこでラヴはようやく気付いた。
彼女にとって親友を叩くというのは耐え難いほどの痛みを伴うものだったのだ。
初めてできた友達。初めてできた親友。
たとえ仲直りできると確信していたとしても、優しいマリーは心を痛めていた。
『ごめんなさい。わたくし……ラヴに酷いことを……』
『いいんだよ。叱ってくれてありがとう。マリー』
マリーの頬をそっと撫で、感謝の気持ちを伝えるラヴ。
心の底から嬉しそうにはにかむ彼女を見て、やっぱり好きだと改めて実感する。
そして週末。
追試も終わりノーマンが職務から解放されたところで一組全員参加の打ち上げが企画された。
「じゃあだいぶ遅くなったけど、中間お疲れー!」
「お疲れー!」
「隊長は追試監督お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
「かんぱーい!」
「かんぱーい!」
皆思い思いのドリンクを頼んで頭の上までグラスを挙げる。
そしてなぜか主席のマリーではなく五位のラヴが乾杯の音頭を取っていた。
「何飲んでるのー?」
「ラムオレンジティー。カティは?」
「チョコマティ」
グラスを交換して一口。
やっぱりアルコールが入っていても甘いものは美味しかった。
「でさー、もーママったら酷いんだよ」
「いや娘がいきなり守護天使の契約を結んだって言われたら誰だって驚くでしょ」
「自業自得ですわよ」
酒の席というのはいつだって過去の思い出話だ。
特にクラスメートはラヴとカティの馴れ初め――もとい守護天使の誓いの話題を気にしていた。
どうやら今までも気にはなっていたが聞ける機会がなく、せっかくだからとこの場で詳細を教えて欲しいとクラスメートの女子から詰め寄られたのだ。
とは言えラヴから話すようなことはあまりない。
何せラヴは誓いを結んだあとヨハネスからみっちり天使についての知識を詰め込まれていたからだ。
そもそも天使とはどう言う過程で生まれた種族なのか、弱点は何か、天使の階級とは何か、守護天使とはどう言うものか、カティの家について等々。
丸二日頑張ったおかげで授業を休む必要はなくなったが、カティはその後も定期的に実家に帰って補習をしていたらしい。
「カティのママってあの熾天使長様でしょ?」
「熾天使長様から直々に教わるなんて凄いなぁ……」
原初の天使。
この世で唯一最初から熾天使だった存在であり、四神に匹敵する刻を生きた最古の天使だ。
そんな彼女が約三〇年前に初めて子どもを産んだときは魔界中が大騒ぎになった。
何せ数千年間片時もヨハネスの元を離れなかったのだから。
下界では性がないとか生殖機能を有していないとかが通説だったせいで常識が根本から覆された。
「皆酷いよねー。ママだってちゃんと乙女なのに」
「あの熾天使長様が……?」
カティママが表に顔を出すときはヨハネスの護衛か熾天使長としての公務くらいだ。
故に大衆に見せる姿は凜々しく完璧な顔のみ。
育児に追われている姿なんて誰も想像できなかった。
「マリーさんも会ったことあるんだっけ」
「一族のお付き合いがありますからね。とても優しい方でしたわ」
宴もたけなわ。
そろそろ二次会をどこにしようか話題に出たところでとある酔っ払いが高らかに叫んだ。
「皆で顔合わせって何気にこれ初じゃね?」
「そーそーそれ思ってたんだよね。入学前の懇親会はラヴさんとか居なかったし」
「では改めて自己紹介ですわね」
酔った勢いでマリーが立ち、ジョッキを持って自己紹介する。
「出席番号一番! 名前はマリー! 一八歳! 誇り高き竜の一族にして竜王の直系ですわ! 好きな食べ物はパンケーキ、嫌いな食べ物は特にありません。一番尊敬している人はもちろん竜王様! 目標は……ラヴと一対一で勝利することですわ!」
「……次は少し待て、今結界を張る」
狙ってやったことなのか、マリーが種族を宣言してからはいつの間にか種族カミングアウト大会に発展していく。
酒の席だからできるノリと勢いによるぶっちゃけ大会。
ノーマンが外部に音を漏らさないよう結界を張る。
候補生一団が飲み屋を貸し切っている時点でかなりの注目を集めているのだ。防音の結界だけでは心許ないので扉も閉めて視界を遮った。
「出席番号二番! カティちゃん一七歳でーす! オファニムとして天の原で生まれて一昨年まではそこで暮らしてました! 今はラヴっちのおかげでケルビムです!」
好きな食べ物はショートケーキ。嫌いな食べ物はナスとピーマンとコーンとゴーヤとその他。一番尊敬している人は自身の母親。目標はマリーと同じくラヴの単独撃破だった。
「出席番号三番。ケイト。一八歳。種族は悪魔のバエル」
好きな食べ物はジャンボパフェ。嫌いな食べ物は辛いもの全般。尊敬している人は魔王の腹心。目標は上に同じ。
そうして一人一人自分の種族を明かし出す。
ケイトもその他のクラスメートも初めて種族を明かすという者は多い。今までは出自によって種族を特定されないために故郷の話などもできなかったのだが、これからは心置きなく雑談できるというものだ。
「出席番号二九番。アークウィッチのローラ。一四歳。好きな食べ物はチョコレート。嫌いな食べ物は特になし。尊敬する人はお師匠さま。目標はラヴ討伐」
「え、私ついに討ち滅ぼされちゃうの?」
物騒なことを言い出すローラだったが顔を見るとだいぶ紅潮し瞼も下がっている。
一体誰がローラに酒を飲ませたんだ。
「ローラ。こっちおいで」
「ん……」
てくてく歩いてくるローラを受け止め、膝の上で休ませた。
密着すると体温が少し上がり心拍数も上がっていることがわかる。一先ずはお冷やを飲ませて落ち着かせ、背中を撫でて酔いを和らげた。
「きもちい……」
ローラはまだ一四歳。いくら魔王国に未成年飲酒禁止法がないとはいえ大人に交じって飲んで良い年齢ではない。
「最後、ラヴの番」
「もう大丈夫なの?」
「うん。それより、聞きたい」
周りを見ると皆ラヴに注目している。
これは逃げられないと腹をくくり、ノーマンに視線を送るラヴだった。




