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魔王軍の吸血鬼  作者: 高麗俊
第一章 転生と吸血鬼
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招待状、そして訓練

「推薦状だ」

「え、なんで?」


 てっきり不合格だと思っていたのに、こうもあっさり招待状をくれると何だか肩透かしだ。


「何でって、君はしっかり情報持ってきただろ?」

「そうだけど……結局は意味ないし」


 ラヴが持ち帰った情報はありきたりなもので、強いて言うなら被害者はごろつきファミリーに属していて、そのリーダー格をとっちめたくらいだ。


「立派な功績じゃないか」

「でも、試験は猟奇殺人についてだったし……」

「別に良いじゃないか」


 課題だって情報を集めろと言っただけだ。ラヴは課題をクリアした上で被害者関係者を見つけ、反社会勢力の一つを潰した。

 推薦状を与えるには十分な功績だ。


「ま、だとしても今のままじゃ王都へ行く前に野党に襲われるかもな」

「一緒には行ってくれないの?」

「そりゃあ任務があるからな」


 そこで、とノーマンは提案する。

 ノーマンの部隊はあと数日この街に留まり各地を転々とし、約半年ほどして王都に帰る。


 その間部隊員やノーマンに稽古を付けて貰うことで軍学校の心構えを身につけるのはどうかと言った内容だ。


 ノーマンの意図がどうであれ、王都への行き方もまったく分からないラヴにとっては願ってもいない提案だった。

 元よりこの街には情報収集が目的で滞在しているのだ。可能な限り情報を集めて、この世界の基礎知識を身につけておいた方が今後のためにも良いだろう。


「是非お願いします」

「良し、じゃあ今日はもう休め。そろそろ日の出だぞ」

「お休みなさい」


 その場を離れ自室に向かい、備え付けられたバスルームで汚れを落として身を清める。


 シャワーは使わず湯船で身体を洗った。

 あまり褒められたことではないことは分かっているが、この世界に来てからというもの、シャワーを浴びると力が入らなくなる。

 深刻なほどではなく、時にはその脱力感も気持ち良いのだが、気が滅入っているときにはやりたくない。


 それに比べて湯が張られた湯船は非常に気持ち良い。

 心が洗われる感じがするし、なにより心做しか全身に力が漲ってくる感じがする。


「ふぅ-。極楽極楽」


 熱めのお湯に肩まで浸かり、一時の天国を楽しむラヴ。

 和んでいる最中、思い返すのはやはり先ほどの醜態。


 ――もっと上手く立ち回れたはず。


 蛇男が刃物を持っているというのは最初から分かっていたことだ。

 それなのに、最も警戒すべき人物から目をそらし、目の前の脅威を優先してしまった。


 ――護身術だけじゃダメだ。


 もっと戦いに向いた、攻める術を身につけなくては。

 ごろつき程度なら軽くあしらえる。しかし刃物を持っていては一対一が関の山。


 それじゃあダメだ。だって――


 ――だって、殺しちゃうもの。


「喉、乾いたなぁ」


 その呟きは浴室の中で反響し、水面に吸い込まれ消えていった。



 翌夜。

 約束通り稽古を付けて貰うことになったラヴは、うきうきらんらんで部隊が借りている部屋へと行った。しかし反面、隊員たちの士気が昨日より低下しているようで、ラヴを見ても眠そうに「こんばんはラヴちゃん……」と目を擦りながら挨拶してくる。


「あいつらは尾行しろって言ったのに対象を見失ったからな。今朝はずっと説教していたんだ」


 昨晩ラヴが帰った後、隊員たちは反省会をしていたらしい。

 そして終わった頃に反省文を書かされ、さらには捉えたファミリーの事情聴取として領主の前に出頭した。

 そして帰ってきたのが昼を大きく過ぎた頃で、そこから仮眠を取って今に至る。


「ほらシャキッとしろ。楽しい楽しい訓練の時間だぞ」

「はいぃ!」


 そうして部隊と共に外へ出る。

 向かった先は街の外。城壁を出て森に入り、街道から離れてさらに進んだその先だ。


 街を出てからはずっと走り、そして経つこと凡そ十分。

 森の中には開けた広場のような場所が広がり、野営跡地のような痕が残っていた。


「ここは昔盗賊が野営に使ってた拠点だ。今は周辺には確認できないから『俺』らの遊び場にはもってこいだろう」


 人目を気にしなくなったせいか、ノーマンの一人称が似つかわしいものへと変わる。


「んじゃ、さっそく始めるか。まずはメルラ! 前に出ろ」

「はい!」


 何かとかこつけひっついてくる女兵士。

 もこもことしたウェーブが掛かったロングヘアと、頭の左右から出ている羊のような曲がりくねった角が特徴だ。


「ラヴにはこれから全員と戦って貰う。得物はこれだ」


 そう言って渡されたのは練習用の木刀。

 何の木か知らないが、見た目に反して非常に重い。中に鉄でも入っているんじゃなかろうか。


 正直素手の方がやりやすいが、ノーマンはそれを知っていて木刀を渡してきた。

 それはつまり口を出す隙はないと言うことだ。


「ん……」


 ぶんぶんと振り回し、掴みやすい位置を模索する。


 そしてメルラと向き合い木刀を構えた。

 鋒は相手の喉へ、目線は額。見様見真似だが、適当に構えるよりかはマシだろう。


「お前らの武器は自由だ。何なら魔法も使って良いぞ」

「え、でも相手はまだ子どもですよ?」

「まあ、そこら辺の裁量は任せるさ」


 魔法はモノによっては相手を即死させる危険な技だ。

 大人同士の訓練でも制限がかけられることが殆どだというのに、まだ戦闘経験もない子どもに使えるはずがない。


「あ、そうだ。ラヴ、ちょっと耳貸せ」


 ノーマンがラヴに近付き、耳元で囁く。


「殺して良いぞ」

「…………あはっ」

「ただし、『次』と言ったら次の相手に向け。でないと俺がお前を殺す」

「何ですかー? 助言ですかー?」

「まあそんなとこだ。ほら二人とも、早く位置に付け。お前らもさっさと並べ!」


 ラヴとメルラが対峙する。


 真剣にメルラを見据えるラヴに対して、メルラは気を緩めている。

 当たり前だ。ひよっことは言え過酷な軍学校を生き抜いたエリート。

 卒業試験には生死をかけたような課題もあり、彼らにはそれを乗り越えた自負がある。こんな子どもに負けるはずなんてない。


「始め!」

「ふっ――」


 先に動いたのはラヴ。

 開始の合図とともに目にも止まらぬ速さで急接近し、喉元に向かって突きを入れる。


「なっ――んの!」


 まさかいきなり殺しに掛かってくるとは思わなかった。

 直撃すれば間違いなく喉は潰れ、最悪首の骨が逝くだろう。咄嗟に首を捻り、直撃を交わすも皮膚がべろりと持っていかれた。


「ぐあっ――」

「……あはっ!」


 避けたメルラの頭を掴み、勢いに任せて膝蹴りする。


 ボギッと痛々しい音が鳴り響く。

 メルラの鼻が砕けた証拠だ。もはや彼女は意識を手放し、後ろにそのまま崩れ落ちる。


「次!」


 ギロリと列の最前を見た。

 男の名はキース。この隊のリーダー格で正義感があり、もう一人の規律に厳しいラウラと共によく隊長に文句を言っていた。


「あははっ!」

「このッ!」


 キースが木刀を振り下ろすが、そんな遅い攻撃するりと躱す。

 そして脇に立ち、バッターの如く大きく振りかぶってキースの胴に重い一撃を食らわせる。


 鎧は外からでも分かるほどぐしゃりと凹み、メキメキと音を立てて拉げていった。


「ゴホッ――」


 折れた肋骨が食道に刺さったのか、キースは吐血をしながら膝をつく。

 最後に得物でこめかみに打撃を入れて、二人目も難なく無力化させる。


「次!」


 ラウラに向かって走って行く。


「こ、来ないで!」

「あはっ!」


 どこかで聞いた言葉だ。

 懐かしくて、嬉しくて、楽しい。


「ファイヤボール!」


 しかし喜んでいられたのも束の間。

 ラウラが何かを唱えた瞬間、彼女の手のひらに頭一つ分ほどの火の玉が生まれる。


「スロー!」


 かけ声とともに火の玉がラヴに向かって投擲された。


 すかさず逃げ――なんてことはせず、ラヴは楽しそうに嗤いながら直進した。

 火の玉を木刀で受け、身代わりにしてすぐさまラウラに投げ返す。


 クルクルと回りながら迫り来る燃える木刀はさながら火車だ。

 あまりの恐怖に頭を抱えて木刀から身を守るが、それが最後にラヴの蹴りが顎を捉えて失神させる。


「次! 二人!」


 最後は二人まとめで相手になった。

 方や重戦士――ギルベルト。方や弓兵――バート。


「はっ!」

「あは――」


 迫り来る高速の矢を手で受け止める。

 彼の目は常にラヴの額を見ている。どこに狙いを定めているのかが分かれば対処はし易いし、それ以前に何かこの矢は異常に遅い。

 人が反応できて手が伸ばせる遅さなんて良く距離が届くものだ。


「ここは通さん!」

「あはっ――『跪いて』?」


 ギルベルトとラヴに繋がりが生まれた。

 彼は当たり前のように膝から崩れ落ち、ラヴの前に頭を垂れる。


 直後、ラヴはドレスがめくれることも厭わずに高く高く足を上げ――ギルベルトの脳天にかかとを落とす。


「クソッ! クソオオォォォ!!!」


 弓では有効打に成り得ない。

 決死の覚悟で短剣を抜き、構えを取りつつ警戒する。


「あはっ――」


 気付いたときには懐に入られていた。


 一体何が起こったのか理解できない。

 大きく見開かれた深紅の目でバートを見つめ、その口は三日月のように歪んでいる。


 恐怖が全身を駆け巡った。


「う、うおおおおぉぉォォ!!!」


 距離を取るべきだった。しかし動転した彼はラヴの頭を掴み――


 右手がひしゃげる。

 なんてことはない。ラヴが腕を掴んだだけだ。


 メキメキと音を立てて、少しずつ、自分の腕が壊れていく。


 何をしても離さない。

 何を叫んでもその顔は恍惚とした笑みを浮かべたままだ。


「あは……」


 いっそのこと、他の隊員のように気を失った方がマシだった。


 右手、左足、左手、右足。

 四肢が一つずつ潰されて、最後にラヴが首に手をかけ――


「止めろ」


 ノーマンが語りかけたときには、既にバートの意識は途絶えていた。



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