みーつけた
オレが鬼だった。
公園の木に顔を伏せて大きな声で叫ぶ。
「もーいーかい」
「まーだだよー」
「もーいーかい」
「まーだだよー」
母の声が少しずつ遠くなってゆく。
それからもオレは、「もーいーかい」を繰り返しながら、母の「もーいーよー」の声を待っていた。
でも、その声を聞くことはなかった。
あの日。
母は公園にオレ一人を残して、どこかへ姿を消してしまった。
オレは母から捨てられたのだ。
そんなことなどと知るはずもないオレは、暗くなるまで母を探し続けた。
泣きながら必死に探した。
夜、オレは警察に保護された。
そのときポケットには、「この子を頼みます」と手紙が入っていたという。
あの日のことは絶対に忘れない。
オレは高校を卒業するまで施設で育った。
その間。
母がオレを迎えに来ることはなかった。
そして。
オレはどれほど母を憎んだことか……。
――母さんにも何か事情があったのだろう。
そう思って、憎むことをやめようと努力したこともあった。でも、あの日のことを思い出すと、母を憎む気持ちが膨らんでゆき、どうしてもそれを抑えられなかった。
それどころか復讐心が芽生え始めた。
中学生になった頃から、その気持ちはますます強くなってゆき、母を探し出して、絶対に復讐してやるんだと誓う自分がいた。
施設から出たオレは、勤め始めた鉄工会社で必死に働いた。
そんな日々にあっても、あの日のかくれんぼのことは、一日たりとも忘れることはなかった。
――必ず復讐してやるからな。
母への憎悪と復讐。
オレはそれだけを支えとして生きていたのだ。
母のことはずっと探していた。
だが悔しいことに、母がどこにいるのか、その手がかりさえ見つけられなかった。
その後。
鉄工会社の社長に認められ、そこの娘と家庭を持つことになった。
そして息子も生まれた。
その後の五年間。
オレは一時的にも、それまでにない安らぎのときを過ごした。
息子が五歳になった。
オレが母に捨てられた歳である。
――どんな事情があったか知らないが、よくもこんな小さな子どもを公園に捨てたもんだ。
母に対する復讐心に再び火がついた。
その火が胸の内で日ごとに大きくなってゆく。
――必ず復讐してやる!
オレは再び自分に誓い、母の居場所を本格的に探し始めた。
今は金に余裕がある。探偵会社に依頼して、時間と金をかけ、執念深く探し続けた。
このとき。
オレの心は本物の鬼になっていた。
母が見つかった。
あの日、幼いオレを置き去りにし、姿をくらました母をようやく見つけ出した。
その母は、それほど遠くない町に住んでいた。その地で再婚しているという。
あの日のかくれんぼは、母だけの幸せのための芝居だったのだ。
絶対に許せない。
そんな芝居は終わらせてやる。
――みてろよ、今日ですべて終わりにしてやる!
オレは復讐の鬼となって、すぐさま母の元へと向かった。
母に会った。
母は何も言わない。
――母さん! なんで、もーいーよーって言ってくれないんだよ。
母は何も言ってくれない。
――ひどいじゃないか……。
オレは母の前にひざまずいて泣き崩れた。それから気持ちが少し落ち着いたところで、ここに来る途中で買った花を供えた。
墓に向かって手を合わせて目をつぶると、わずかに記憶に残る母の顔が思い浮かんだ。
「みーつけた」
オレと母の長いかくれんぼが終わった。
「母さん、見つけたよ」
オレの鬼が終わった。




