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ローン・ウルフ  作者: ナハラ
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「はぁぁぁぁ……。」


キインはずっと悩んでいた。こんなことが知れたら一族の者に示しがつかない。とうとう巣に到着し、腹をくくらざるを得なくなった。帰りを知るや否や、一族がざわめく。今回はどんな失敗でも許せる気分だが、何せそんな難しいことはしていない。失敗など皆無だろう。本当の事を言おうと口を開けた瞬間、沙姫がウルフから降りてキインの前に立った。キインは思わず口を閉じ、目を見張る。沙姫は淡々と言った。


「今日の報告。石は取り戻してないよ。」


「はぁ!?」


「引っ込んでろ小娘!お前に用はない!」


「…ならば俺から言うのはどうだ?」


沙姫の言うことに文句が飛び交うが、沙姫をくわえて背中に乗せたウルフが前に出る。誰も文句を言う者はいない。


「こいつはな、キインを守ったのだ。」


ウルフのその一言で、一族がまたざわめく。側にいたプロースとキインもただただ驚いていた。経緯を全てウルフが話す。ただし、グラントフェザーが攻撃してきたという嘘をくわえて。


「あの鋭い嘴をくらったらどうなるか分かるだろう?それをこいつは防いでくれたのだ。こいつがいなかったらまた長を決めねばならん。そんな忙しいのは嫌だろう?」


(もう既に忙しいんだが。)


プロースはちらりとウルフを見た。そして、やはりこの小娘が喋らせているのだと確信した。しかし、こんな言い訳をよく思いついたものだ。沙姫はそんな上手いこと飛んでないと思いながら、空を見上げた。


「あーっ!!鳥!鳥!」


「何だと!?」


しかし、いた。しかも二羽も飛んでいたのである。沙姫がウルフから降りた瞬間、ロウルサーブ達は跳ね上がって興奮し、一斉に駆空を始めた。上空で影しか見えなかったので後で聞いた話によると、彼等は一度も技を使うことなく四方八方から挟み撃ち、牙で羽をもぎ取って落としたのだそうだ。群れになると魔物は強くなる――また一つ学んだ沙姫だった。その夜は当然、どんちゃん騒ぎの宴となる。どこの世界も同じだなとも思った。皆が大きな肉を食べている時、沙姫は巣の近くを散歩してみた。目に悪そうな自然だが、スリーディーメガネをかければなんとかなりそうな気がする。そう思ってた時、小さなカラスがこちらを見ていることに気づく。そのカラスは沙姫が見つけるなり、こちらに来た。そのカラスはロークアーシャの子供なのだが、ロークアーシャ自体見たことのない沙姫には分からなかった。


(どうしたんだろう?このカラス。)


「これ、受け取って。」


「喋った!」


カラスは沙姫が驚いているのは気にせず、首にかけてあるポーチから綺麗な石を取り出す。沙姫が聞くと、クリソプレーズだとカラスは答えた。沙姫はカラスから嘴経由でその石を受け取る。石を渡すとカラスはさっさとどこかへ行ってしまった。沙姫は呆然と立ち尽くして、石を見る。本当に、綺麗だと思った。青い月に重ね、石を見上げてみる。するとどうしたことか、石が光り出して宙に浮いた。その動きに沙姫は驚いた。驚きで体が動かない。石は沙姫の頭上にくると、パリンと音を立てて砕け散る。砕け散った破片は不思議な光の線を描き、沙姫を包んだ。包み終えると、線は光ってから消える。それ以外、何もない。不思議に思いながら、沙姫は散歩を続けた。砂浜には沙姫以外誰もいない。普通、いつ襲われるか分からない世界での一人は怖いものだが、今は何故かそれはなかった。波の音を聞き、癒される。


「日本もここも、波の音は同じなんだなぁ…。」


砂浜に座り、目を開けて桃色の雲が浮かぶ緑色の空を見上げる。今は暗くなり、若干濃い緑だ。太陽は水色だが、どちらかと言えばこの世界は青い月のある夜が好き。カメラを持ってくればよかったかなと沙姫は苦笑いした。自然を見つめ、心を無にしていた時、ザッザッと歩く音が聞こえて、沙姫は振り向く。


「おや、嬢ちゃん。」


「人ーっ!?」


沙姫は人間を見つけた。そういえばここに来てから自分以外の人間を知らない。ちょっと懐かしさを感じた。そのおじさんは、青い瞳で茶髪の釣り人だった。沙姫はその風貌に気がつき、そっぽを向いて心に突っ込む。


(混ざってる。日本とアメリカが混ざってる!)


地球という世界にいなければ分からない風貌のおかしさに、沙姫は笑いをこらえる。だがその笑いもある疑問が浮かんで消えた。魔物と話せるのもおかしいが、人間だ。この世界の言語は日本語か?普通に言ってることが分かる。


「………。」


「どうした?腹が痛いのか?」


「何でさ。」


手を腹に当ててないのにそう言われ、すぐに手振りで突っ込む。まぁ気にすることではないだろうと沙姫は考えるのを止めた。


「おじさんはこんな夜中に何しに来たの?」


「おじさん?おじさんは釣りさ!この時期のサテライズはよく釣れるからね。」


「サプライズ?」


沙姫がそう聞き返すと、釣り人は一頻り笑って間違いを訂正した。


「違う違う、サテライズさ。金色の魚でね。美味いんだよこれが!」


「へぇ……。」


釣り人はそう言うと、釣り糸を海に投げる。暫くぼぉっと見ていたが、沙姫はある事に気づく。釣り堀で遊んだことがなければ気づかなかっただろう。本当に釣り人かと疑うまでのありえないミスだ。いや、それどころか本当に人間か?


「……………。」


「さぁ、早く釣れてくれよ~?」


そんなことに気づかない釣り人は今か今かと獲物を待っている。沙姫は一応用心のために、ウルフに呼びかけた。その時のウルフは肉を丁度貪り終えたところ。勿論食事中は通じないため、幸運だった。ウルフは沙姫から事を聞くと、そっと動き出して群れから離れる。砂浜に走っていく道中、ウルフはしかめ面をした。


(青い目の茶髪…こいつは少々厄介だな。)


「…ねぇ、おじさん。」


「なんだい嬢ちゃん?」


何故か眠い。だが、言い終えるまで寝るものか。沙姫は眠気と戦いながら、とうとう口にした。


「餌がないんじゃ釣れないよ。おじさん本当に釣り人?つか人間?」


「ウォオオ!!」


沙姫が言ったその直後、ウルフが釣り人に飛びかかった。釣り人は華麗なバックステップでウルフの攻撃を避けるとはっきりと舌打ちする。


「失敗したぜ!まさか餌をつけ忘れるなんて!」


釣り人は肩を抱いて唸り震える。すると体が大きくなり、腹にバッテンの傷がある熊になったのだ。眼が青い。魔物だ。沙姫は自分の選択は正しかったと胸をなで下ろす。姿を見ると、ウルフは戦闘の構えになる。


「やはりな。獲物と同じ種族に化け、かすかな眠り粉で眠らせて喰らうファラストか。沙姫!間違ってもフォレストなどと聞き返すなよ?」


「え。わ、分かってるよ!」


聞き返すところだった。沙姫はウルフとファラストから離れ、ファソラシドとなら聞き返してもいいのかななどと呑気な事を考えた。だが、ウルフの耳がぱたりと倒れている。そんな余裕はないと判断して黙っておいた。

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