異世界召喚された勇者は、彼女を愛でたい
とあるお話のプロローグです。
異世界召喚。
30代になってもライトノベルを読むのが好きな私は、一世を風靡したそのジャンルの本を読み漁っていた時期がある。
トラックにひかれて転生したものや、自分の家の近所に異世界への扉があったり、神様に選ばれて、などというものも割にポピュラーと思う。
しかし───。
「ねえ、私、このパターンのはまだ読んだことがないんだけど?」
「うんうん。俺もないよ。でも、会えてうれしい」
目の前には、一週間前に分かれた時より、何故か少しだけ年を重ねた姿の年下の彼氏が笑顔で立っている。
硬質な髪を角刈りにした彼は、少しだけ浅黒い肌をしている。トレードマークの黒ぶち眼鏡に、中肉中背の取り立てて特徴がない体系。
覚えのない目じりの皺がかすかに存在を主張して、26という20代後半に差し掛かって間もない年齢だったはずなのに、今の彼はどうみても30代前半に見える。
そして何より違和感を感じるのは、身にまとうその服装。
基本黒を基調とした衣服を好む彼らしく色合いは黒がベースではあるものの、衣装がまるで国民的RPGに出てくる村人が着そうな服を身に着けている。
あまり服に詳しくないが、記憶にある中で一番近いと思えるのは、男性用の旗袍だろうか。無地かと思えば、よくよく目を凝らすと薄く植物のような柄が入っていた。裾の部分は金の刺繍が細かく入り、胸元にはポケットが一つ。ズボンも同色で、ゆったりと膨らんだ布が足首のあたりできゅっと結ばれていた。
普段の彼からすれば、まず見ない意匠の服。
見慣れたようで見慣れない年齢と服装で、それでも記憶にあるのとまったく同じ笑顔を浮かべた彼は両腕を広げて私を抱きしめ、満足そうに吐息を吐き出した。
「ずっと、会いたかった。世界を救わないと会えないなんて交換条件で、世界を滅ぼさなかった俺をほめてほしい」
これはと人畜無害そうな朗らかな表情で、彼女と世界を天秤にかけた彼と、彼の強い願いにより異世界召喚されてしまった私が、それでもそこそこ幸せに暮らしてくために足掻いた記録である。
もしかしたら、続きを書くことがあるかもしれません。
中途半端に区切ってすみません!