成行
成行
蒼生
「ほんとうにちらっとでも帰っちゃいけません?」
「一週間くらいはやめて」
次の日、帰り道。いろいろやっかいなことでちゃったし、朝ご飯食べたらすぐ新幹線乗った。
「何が足りないの?」
「化粧品とか、あと、下着とか、服だって」
「全部買ったげるから」
「……」
ふくれてる。かわいいな。カメラがあれば、この顔も撮りたいな。
「ごめん。僕のせい」
「いや、蒼生さんのせいじゃないです。もう、何がしたくてこんな追い回すの?」
「うーん」
たぶん、写真挙げている人は、このはさんが狙い。見てわいわい言ってる人は……。
「僕がやなやつに思えたのかな?奥さん亡くなってすぐに新しい女の人がいるってのが。小説で偉そうに純愛を語ってたのにさ」
彼女がこっち見た。
「小説はフィクションですよ。小説家は作品と一緒に殉職しろっていうこと?」
「普通の人はさ、そういうの分かるけど、のめりこむと周りが見えなくなる人もいるし、それに本音ではどうでもいいことあおって喜ぶ人もいるし」
このはさんはちょっと怒った顔で前方を見る。
「自分自身ではできないことを棚にあげて、人を責める遊びって楽しいんです」
「それが匿名で自分の責任がないと特にね」
頭なでて、抱き寄せて髪に軽くキスした。
「あまりイライラするのやめとこう。こういうつまらないことで」
このは
「ほんとに切るの?」
「髪なんてすぐ伸びますって」
「似合わないのに」
「だから、今回だけでまた伸ばしますって」
わたしの行きつけの美容院。男みたいな服装で行くより、髪ショートにして服換えて別人みたいになろうと思って。ついでに先生も髪型換えようと一緒に来たんだけど、美容師さんも困ってる。
「どうしても切るっていうなら、僕は坊主にするから」
「え?」
「君が僕の嫌いな髪型にするなら、僕も君の嫌いな髪型にする」
ときどき、本当に子供みたいなこと言うんだから。
「大人の坊主ってむっちゃ目立ちますよ。結局、蒼生さんがみんなにじろじろ見られてやな思いしますよ」
「別に構わない」
「わたしのショートが先生の坊主に匹敵するくらい似合わないってことですか?」
「うん。僕的には君にショートはそのくらい似合わない」
ぷち、少し切れた。大体あなたとつきあってるせいでいろいろ面倒くさいことになってるんですけど。携帯出した。
トゥルルルル
「澤田さん、こんにちは」
「こんにちは」
「先生が坊主にするって言って、きかないんですけど、別に坊主にしちゃっても仕事で問題ないですか?雑誌の取材とか入っていません?」
ええって声がしてなんか言ってる。
「はい、どうぞ」
携帯渡した。
「すみません。お待たせしちゃって、じゃあ、こんな感じで」
変なカップルに見えているんだろうなぁ、と思いつつ。待たせてた美容師さんにカタログから気に入った髪型選んで指さした。その後、こっそりメンズのカタログも見せてもらった。
「きっとお任せで適当にっていうと思うんで、こんな感じにしてくれません?」
2人で終わって店を出る。こんな短い髪の先生見るの初めてだけど、悪くないじゃない。へへへ。わたしは笑ってるんだけど。
「やっぱり似合わないですか?」
「……」
不機嫌だなぁ。
服買いに行っても、スカートじゃなくてパンツ買うっていうと、
「似合わない」
また言われた。
「あのね、蒼生さん。違う人に見せなきゃいけないからしょうがないんです。わかってます?」
無視された。いつもはわたしの服買うときすっごいうるさいんだけど。まぁ、いいや。適当に選んで買うかとお店の人と話していると、
「それより、こっちのほうが」
やっぱり口出してきた。
「そんな短い髪でそんなシンプルな服着たら、ほんと男みたい。こんな感じのほうがまだまし」
ぽいぽい服投げてくる。はい、はい、はいっと。
「蒼生さん、これ、ちょっと買いすぎです。さすがにこんなにいらない」
合計金額見てちょっとびびる。ほとぼり冷めたら、そんなに着ないかもだし、こういう服。
「いいじゃない。別に」
はいっとお店の人にカード渡しちゃった。
「えーと、お支払い回数は?」
「一括で」
かっこいいね。わたしもいつか真似してみたいわ。こういう金払いのよさ。
暎
「何で僕に呼ばれたか分かります?」
「……」
会社の人が来ないような場所選んで、カフェに呼びだした。
「このサイトに火野先生と野中さんの写真あげたのも、彼女の家の入口の写真あげたのもあなただよね。この家の写真はさすがにサイトの管理者に言って削除してもらいましたけど」
「わたしがやったって証拠でもあるんですか?」
「あのね、警察沙汰とか、裁判とか、公にするつもりないの。そういうとこには出さないって約束で、管理者からIPアドレスもらって調べました。僕、そのくらいの伝手持ってるのね」
僕は腕時計を見た。
「あのね、結論から言うと、君をはずすときついんだってさ。だから永久追放はしない」
目の前の人がほっとする。
「ただ、二回目はないから。ほんとにできるって知らせて肝に銘じてほしいわけ。だから、一週間は行ってもらうから。もし、もう一度こんなことあったら、本当に送られる左遷先に」
睨んできた。
「野中さんの何がそんなに気に入らなかったの?一応聞いたげる」
「……あの子は」
「はい」
「どっちも持ってるから許せなかった」
「どっちもって?」
「恋人がいるのは別にいい。若いしかわいいし。でも、仕事は許せなかった。たいして能力もないし、経験もないのに、最近いろいろ任されるようになって」
「うん」
「あんな子に任せるなんて、会社が間違ってる」
不細工だな。この女の人。顔がというより生き様が。
「あのさ、君と野中さんみたいな話ってさ、あっちにもこっちにもあるありふれたことだと思うわけ」
「はい」
「だからね、2人だけでやってほしいのよ。会社を巻き込まないで」
「……」
「限定的な影響だけどさ。やっとメディア嫌いの火野先生担ぎ出して、小説と映画の裏話聞かせてもりあげたのにさ。コアなファンがいるようなサイトで水さすようなことしないでよ。地味に売り上げに影響出るんです、こういうの」
「……」
「あなた、野中さんなんて仕事できないって言ってるってことは、自分って仕事できるって思ってるってことだよね。でも、僕は認められないな。会社の売り上げに影響与えるような手段をとっちゃう人は。君、どっから給料もらってるのよ」
僕が一方的に話す形になっちゃってるね。
「反論はないの?」
「わたし、会社辞めます」
出たよ。今更辞めてどうするの?ほんと自分勝手だね、この人。
「辞めてどうするの?」
困ります、それは、とでも言ってほしいのか。
「……」
「あなたの上司がいなくなると困ると言っている。それは仕事を評価されてるってことだと思う」
この子の頭の中にはきっと、今、自分が主役の悲劇のお話が進行中なんです。
「君にはちゃんと評価されてるって思えなかったみたいだけど、周りとかちゃんと見えてないんじゃない?君がここに残って、また、野中さんいじめたりしたらめんどくさいじゃない。普通だったら、つまんない部署に飛ばして、そこで、君が辞表を出せばこっちだって楽なわけでしょ?でも、君の上司はめんどくさくても君に残ってほしいんだよ。それは評価されてるってことでしょ?」
「わたしなんて、いてもいなくても同じです」
「そう思ってるのは周りじゃなくて、自分自身でしょ?」
もう一回、腕時計見た。
「もうそろそろ、行きます。僕も忙しいんだ」
立ち上がった。
「あ、そうそう、野中さんいじめるときは、みんなの目に見えないところでさ、ま、ほどほどにしてあげてね」
ちょっと驚いて、僕を見た。
「澤田さんって、野中さんの味方じゃないんですか?」
はははははと笑った。
「あの子、最近調子にのってるから。ちょっといじめるくらいなら寧ろ賛成です。あ、でも、あんまりやりすぎると火野先生の機嫌損ねちゃうからさ、ほんと、ほどほどにね」
じゃあ、と言って、会計の伝票取って歩き出す。
人っていじめろと言われると、返って、いじめなくなる魔法にかかることが多いって知ってます?最もほんとにいじめたがってる人には無効なんだけどね。
ただ、僕、今のことばは嘘じゃない。ちょっとぐらいはいじめてやってくださいよ。あの人たち、最近幸せそうなのが鼻につくんだよね。ふふふ。
このは
「おはようございます」
「あ、矢野さん。戻って来たんですね。もう、忙しいのにこんな時期に他部門のヘルプなんて」
「野中さん?」
目、丸くされた。
「やっぱり、似合いません?」
あんまり褒められない。この髪型。先生の坊主に匹敵するくらい、わたし今いけてないのかもしれない。やっぱり。
「びっくりした」
「自分でも失敗したと思ってて鋭意伸ばし中です」
ぷっと矢野さんが笑った。
「がんばっても髪なんて速く伸びないって」
「そうですよね」
へへへと笑った。でも、若芽とか、海苔とか、やたら食べさせてくる人もいるんですけど。そんなんで速く伸びるなんて聞いたこともない。
「野中さん、会議の時間だよ」
部長に呼ばれた。
***
「それで、何だったっけ?」
部長の上の人も来ている。お金のからむ話になると出てくるボス的なキャラだ。
「販売サイトから入っていける。横にのびる形で、実際に販売されている作家さんに、まぁ、会えるようなページを作りたいんです。読んでいる人から聞いてみたい質問とか普段から集めておいて、取捨選択した後に、回答してもらいます」
「それで売上が伸びるの?」
ごくん。そこですよね、やっぱり。
「狙おうと思ってる作家さんリストです」
5、6人の資料並べる。
「さっぱりわからない」
この人、もちろん本読む人だけど、ラノベはさすがに読まないそうだ。でも、それでいいの?趣味とかじゃなくって、仕事なんだからさ、わたしたちは。
こほん。気分切り替えていこう。
「全部、今、少し売れかけてきた所で、まだメジャーじゃない人たちです」
「なんで、みんなが知ってる人にしないの?」
「依頼料が高いのもありますけど……」
ちょっと引っ張る。この人、ちゃんと聞いてるか確認しながら話さないと、右から左に話し聞き流して、NG出す人だから。わたし今んとこ、信用ないし。
「メジャーな人の話は、ほかんとこでも読めるし、聞けるんです」
お、こっち見た。目が起きた。今まで寝てたよね。
「いわゆるうちにしかない価値か」
「はい。こういうやり方でも作れます」
「でも、メジャーな人ほど売り上げに来ないだろう?」
「一旦予算かけたら、できるだけ短いタームで回収したいですが、今回のこの考えはもっと先のこと考えてますから」
「ややこしい言い方しないで」
くそ、ばれてるな。煙に巻こうと思ったのに。
「つまりすぐに儲かる話じゃないです」
「またかよ」
「売上よりまず安定したアクセス数の確保。固定客が欲しい。まだメジャーじゃない段階から読むような読者って、ヘビーな読者だと思うんです。そういう人がこまめにアクセスするサイトにしたいんです」
「そういう人だって年取ってくると、ラノベは読まなくなるよね。大部分が」
そう、大人になると時間がなくなって本を読まなくなる人が多いです。
「うちのサイトの別の小説を読んでもらいたい。ただ一番の理想は」
「理想?」
「作家が若者向けの小説から始まって、自分が大人になるにつれて、大人向けの作品にスライドしていって、読者も読み続ける。作家と読者が一緒に年を取って成長してく」
少ないけれど、徐々にジャンルにこだわらない作家になっていく人はいる。
ボスキャラは大笑いした。おじさん、つば飛んでるって。
「あなた、なんだっけ?野中さん。名前覚えました。変な人」
「はぁ、ありがとうございます」
褒められている気はしませんが。
「あなたの考えがいいのか悪いのかよくわからないけれど、予算できるだけ抑えて、いくらかかるか教えて。金かからないならやってみようよ」
文芸みたいな分野にいるからこそ、こういうコスト感覚しっかりした人が上にいくんだろうな。じゃないと会社なんて簡単につぶれるって。
「でもさ、そんなことしたら自分の仕事増えるでしょ?なんでそんなことすんの?」
「今まで読んだことなかったんですけど、ライトノベル書いている作家さんたちも一生懸命生きてるんだなぁって伝わってきて、反対に読んでいる子たちも一生懸命生きてるのが、レビュー見てると伝わってくるので、間に立つものとしてそういう出会いの手伝いをしたくて」
「ふうん」
ひげの生えたおじさん。うーん、うちの業界ってわりと自由だね。
「わたしは本との出会いが人の人生を左右することもあると思ってるので」
人生の先輩のおじさんたちがこんなわたしの青い発言を少し微笑んで聞いてくれた。なんか恥ずかしくて、汗かいた。
「じゃ、予算、よろしくね。それじゃ、林さん、また今度」
そう言って去っていく。部長が軽くぽんぽんと肩たたいてくれた。
「あ、ごめんなさい。昨今だとこういうのってセクハラになるの?」
「えーと」
なんて答えようか。
「わたしは気にしないので問題じゃないですけど、女の人によっては気にするかもしれないので、気を付けられた方が……」
「はい」
「身の安全を保つためには」
時代も変化しているので。
***
夜、残業していると先生から電話かかってきた。
「あのね、用事あって出かけるからさ。鍵持ってきた。今、君の会社の一階にいるんだけど」
エレベータ―で降りて、そっとホール見渡す、そんなに人いないみたい。大丈夫かな。
「蒼生さん」
「ああ」
なんか、変な感じ。こんなとこで会うと。
「これ、もう一個作んないとね」
IDカードと鍵受け取る。
「遅くなります?」
「うん、たぶん。君は?」
「あとちょっとで帰ります。30分くらい」
「そう。じゃあ」
そういって軽く手を振って出てった。
わたしのマンションの入り口がネットにあげられてしまって、澤田さんからはもうあそこに住むのはやめなさいと言われてた。わたしの代わりに森さん入れるって。同じ会社の人が住んでるけど、以前あがってた写真とは別人で、だからデマだったと思わせるって。ほとぼり冷めた頃に荷物取りに行く約束。だから住むところがなくなってしまった。
成り行きで先生の家に転がり込んでいる。鍵作るって言ってたから、そのまま先生の家に住めばいいって思ってるんだと思うけど……。
一緒に住むのが嫌なんじゃない。
ただ、自分たちで決めて前に進むんじゃなくて、成り行きでこうなった。このままなんとなく結婚なんてことになるかもしれない。まあ、お母さんは反対しているけど、周りがうるさいし。でも、なんとなくでそうなってうまくいく自信がわたしにはない。
他の人ならともかく先生とは、流されてなんとなくでうまくいく気がしない。