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彼女は牡丹君は椿③  作者: 汪海妹
1/12

四日市

本作品は彼女は牡丹君は椿①②に続く作品で、②を読む前に③を読むとネタバレします。ネタバレ嫌な方は、②を先にお読みください。

最後までお楽しみいただけたら幸いです。

汪海妹


本作品の主な登場人物

メイン

 火野先生

 このはちゃん

サブ

 澤田さん(火野先生の担当編集者)

 将臣さん(このはちゃんのお兄ちゃん)

 せいちゃん

 なっちゃん

 千夏ちゃん(せいちゃんの娘4歳)

 太一君(せいちゃんの息子0歳)

 あかりさん(火野先生の奥さん回想にて)

 エメラルダ(猫)

 













四日市












清一













「ただいまー」

「おかえり、パパー」


ぱたぱたぱたと千夏が玄関まで駆けてくる。


「あれ?千夏ちゃん。もう遅いのに、なんでまだ寝てないの?」


9時過ぎてる。


「だって!」


ほっぺ膨らませた。おいおい、またけんかしたの?ママと君。娘を抱っこして部屋に入ると、リビングにおもちゃが散乱している。ああ、片づけ戦争だな、これ。


「ただいま」

「おかえり」


いすに座ったままでなつがこっち向く。千夏が、


「いーだ!」


なつは無表情で千夏をみている。この人、ほんとうは無表情のときが一番怖い。嵐の前の静けさだ。


「ね、パパ」


千夏が両手で僕の頬を挟んで、なつに向けてた顔を自分に向けさせる。


「ママと千夏とどっちが好き?」

「どっちも好きだよ」

「いちばん、にばん、つけたらどっち?」

「……」


女って一体、いつ女を始めるのか。生まれたと同時に始めるんだろうか?千夏を見ているとわからなくなる。


「今、答えられなかったら後でママのいないところで教えて」

「別に、全然、今、わたしの前で答えてもらってかまわないわよ。というか……」


いやだなぁ、この役回り。


「なんで、すぐに答えないの?せいちゃん」


普通の常識で考えたら、9割の奥さんは、娘をがっかりさせたくないから、娘が一番とご主人が答えても、本気で怒ることはないだろう。でも、たぶん、うちの奥さんは残りの1割に入る。僕は試したくない。


「ぎゃ~」

「あ、太一が泣いてる」


僕は千夏をそっとおろして、太一の寝ている部屋へ逃げた。


「太一、ただいま」


おむつかな?お父さんが交換してやろう。あっちの部屋へ戻りたくない。おむつ交換して、泣き止んだ。太一を抱っこする。男の子ってまだよくわかんないけど、女の子と全然違う。


「なぁ、速く大きくなってくれよ。女ばかり多い家は大変なんだよ」


その後、一通りすったもんだした後、千夏がやっと寝た。こんなんで、明日幼稚園の時間にちゃんと起きられるのだろうか。


「もう、ほんっと強情。誰に似たんだろ?」


この人、つっこんでほしくてぼけてるんだろうか、それとも、本当にわかってないのかな?どう考えても、夏美さんに似たとしか思えない。千夏は顔は僕に似てるけど、中身はなつに似ているとこが多い。でも、言わない。沈黙は金。結婚してからよくそう思う。

僕はテレビをつけた。


「あ、おい、なつ。こっち来て見なよ」

「え、なに?」

「火野蒼生(そうせい)、覚えてる?映画製作発表の会見に出たんだよ」

「ええっと、誰だっけ?」


小説はあまり読まない人なので、忘れちゃったみたい。


「このはちゃんが好きなのかもってお前、言ってたじゃん」


一気に彼女が目を見張る。


「え?どの人?」


ものすごい真剣。テレビに食い入るように見てる。


「着物着てる人」

「え?何言ってるの?今、奥さん死んだって言ってなかった?」

「火野蒼生の奥さんってずっと病気だったんだって。それで、亡くなって、その実話を基に書かれたのが今回の小説だって」

「へぇ~」


僕の説明聞きながら、まだ食い入るように見てる。画面が切り替わって火野蒼生が映らなくなった。


「なんか……」

「何?」

「独特の雰囲気のある人だね」

「まぁ、小説とか書く人ってみんなそうなんじゃないの?自分の世界観持ってるわけだからさ」

「ふーん」


なつは身を乗り出すのをやめて、ソファで僕の隣に座った。


「このはちゃんって、やっぱりこの人のこと好きだったの?」

「なんかね」

「うん」

「よくわかんないの」


ちょっとだけ寂しそうな顔をした。


「なんか、好きな人とか、つきあってる人の話、避けてるような気がして。このはちゃん。それに、東京行っちゃってから限られた時間しか会えてないしさ」

「うん」

「そういう話、全然分からない。こっちも聞けなくって。ただ」

「ただ?」

「もし、好きな人がいても、話せない話なのかなぁって思ってた。この、火野蒼生だっけ、この人は奥さんいる人だからさ、不倫してるのかなぁってどこかで思ってて。だから、尚更聞けないよね。好きな人とかいないの?って」


女の人同士ってそんな気使うんだ。


「元気かなぁ?」

「こっち来ちゃってから、ますます会えなくなっちゃったね」

「今年の正月は、俺たちも仙台帰れなかったしな」


***


去年の春に仙台から四日市へ異動になった。10月に無事二人目の子が生まれた。男の子だった。女の子にはなつの字を一字使ったので、男の子には僕の字を一字使おうってことになって、清一の清を使っていろいろ考えたんだけど、なんか二人ともぴんとこなくって、一を使って太一になった。


「これで、父親から一字取ったっていうのは、どうなんだろう?」


なつがいう。


「聞いた相手もコメントに困るだろうから、僕たちの間だけの話にしとこうか」

「いや、そのあえて困ってる様子をみてみたいな」

「いたずら好きだね」


ふふふとなつが笑う。ほんとにやるよね。きっとこの人は。

太一がちっちゃいから仙台に帰るのが不便で、お正月もこっちになった。そしたら、茜ちゃんがわざわざ来てくれた。


「ええ?なんかせいちゃんにもお姉ちゃんにもあんまり似てないような」


抱っこしながら言う。


「本当にお姉ちゃんとせいちゃんの子なの?」

「あのね、茜。隔世遺伝っていうのがあるからさ。必ずしも父親か母親に似るわけでもないんだって」

「あのさ、冗談なのはわかってるんだけど、そういう会話は姉妹だけでやってよ」


2人できょとんとこっちを向く。


「今の会話のどこが旦那に聞かせちゃいけないところだったんだろう?」

「それに別にわたし冗談なんか言ってないよね」

「いや、二人ともわからないなら別にいいよ。もう」


たしかに太一は僕にもなつにもあんま似ていない気がしてた。赤ちゃんの顔って、よく変わるから、まぁ、これから似てくるのかなって思ってたけど。


「ねえ、茜。あんた今何歳なったっけ?」

「なんで?25歳だけど。」

「もう、そろそろ結婚とか考えたら」


茜ちゃんは大笑いした。


「今時、20代で結婚なんて早いって。自分がさっさと結婚したからって妹にまで勧めないでよ」


茜ちゃんは仙台で美容師してる。


「彼氏とかいないの?」

「ああ、いたけど、クリスマスの後に別れた」


最近だな。おい。なんか、でも彼氏と別れたばっかりにしては、


「なんで、そんなにこう、失恋したてなのに元気なわけ?」


なつが僕の聞きたかったこと聞いてる。


「あのね、お姉ちゃん」


茜ちゃんがばっちりメイクした顔でなつを見る。


「気持ちはとっくに冷めてたけど、クリスマス一人だと不便だから、ひっぱってただけ。もともとそんな好きな人じゃなかったし。最初だけちょっとよかったかなぁ?」


2人で絶句した。


「あ、茜おばちゃんだぁ」


千夏が昼寝から起きてくる。これでまた女の占有率があがった。息苦しい。太一連れて散歩にでも行こうかな。そんな正月だった。


***


テレビで会見を見たのがまだ暑くなる前だったと思う。その後、夏が始まりだしたころ、噂のこのはちゃんから久しぶりに連絡が入ったらしい。


「なんか、京都に旅行で来るんだって。帰りに太一の顔見に寄ってくれるってさ」

「旅行って友達と?」

「たぶん」

「じゃ、四日市にも友達と来るの?」

「それはないでしょ。別に言ってなかったし。帰り別行動でうち寄ってくれるんじゃない?」


***


小さい子供がいて、レストランとかで会うと騒ぎだしたとき不便なので、ピクニックがてら公園で会うことにして待ち合わせる。待ち合わせの場所に家族で向かう。


「なっちゃーん」


にこにこ手を振るこのはちゃん。なんか雰囲気ががらって変わってる。着てる服が全然違うんだと気が付く。高そうな服、それに……


「嘘」


なつが横でつぶやく。一人じゃなかった。横に男の人がいて……。二人でぽかんとする。


「あの、ごめん。なんか、なんて説明したらいいか、今まで話してなかったし、だから、会ってから話そうと思って……」

「どうも、初めまして」


帽子取って、眼鏡外して、お辞儀された。あれ?この人、どこかで見た?


「もしかして、火野蒼生先生ですか?」


あれ?という顔でこのはちゃんと顔を見合わせた。


「わかりますか?そんなに、顔とか出してないんですけど」

「この前、会見されていたのを拝見しましたので」


それに、このはちゃんと縁ある人かもと思って見てたので、覚えてた。


「あ、蒼生さん。こちらがわたしの友達のご主人で」

「中條清一です。妻の夏美と、娘の千夏と」

「そして、太一君だよね」


このはちゃんがベビーカーの中を覗いて微笑んだ。


「初めまして。お母さんの友達の野中このはです」


***


「すみません。フツーの物しか用意してなくて。その、このはちゃんだけだと思ってたものですから……」


みんなでレジャーシートの上に座って、お弁当広げる。なつが恐縮している。


「ごめん。ほんと、先に言えばよかったんだけど」


着てる服もお化粧の感じも、なんか前と全然違うんだけど、口を開けばやっぱりこのはちゃんだった。


「あの、2人って……」


僕が話し出すより前に千夏が話し出す。


「ね、おじちゃん誰?おばちゃんはママの友達でしょ?」


急に火野先生に話しかけてしまう。先生はきょとんとした後、口を開いて、


「おばちゃんのお友達」


このはちゃんに遮られた。先生がその返答に一瞬むっとして彼女を見た。


「ふうん」


千夏は紙パックのオレンジジュースを一口のんだ。


「彼氏じゃないんだ」


大人一同ぎょっとする。千夏、4歳。どこで覚えたその言葉。


「千夏、一体どこで彼氏なんて言葉覚えたの?」


僕は聞く。


「だって、幼稚園の先生だって彼氏いるもん。ももちゃんのママがあれは先生の彼氏だよって教えてくれた」


ももちゃんのママ、教えなくてもいいことを。


「このはちゃんは彼氏いないの?」


また、直球。聞きにくいことを、この娘は……


「うーんと、いないけど……」


気のせいか、また横で火野先生がむっとしている気がするんだけど。


「もうそろそろできるかな?」

「そうか、やったね」


千夏がにかっと笑った。


「女の人はね、彼氏がいると幸せなんだよ」

「そうなんだ」

「あのね」


急に千夏は立ち上がってこのはちゃんに近寄る。そして耳元で話す。


「秘密なんだけど」


うん、でもみんなに聞こえてるよ。そのボリュームだと。


「千夏のママにも彼氏がいるんだよ」

「そうなの?それは誰?」


千夏のやつ、ここでしばらく黙って引っ張った。おいおい、ほんとに誰かいるんじゃないだろうな。


「お父さん」


そして、思い切りはじけるように笑った。


「え~!そうなの?」


このはちゃんが笑って、みんなも笑った。彼氏と夫は違うし、それは秘密ではないんだけどな。何言ってるんだ、千夏のやつ。


「だからね、お母さんは幸せな女の人なの」


その後、嬉しそうにそう言って笑った。これにはじんときた。いつもけんかばっかりしているくせに、千夏はなつが幸せだと言って喜んでいる。どうしてこんなに小さいのに、子供って親の幸せを思ってくれるんだろう。どこかで習ったわけでもないのに。


パシャパシャ


「あ、もう、先生。また、いつのまに」

「ん?だめ?」


火野先生がいつのまにか、高そうなカメラ持って写真撮ってた。


「なんかみんないい顔で笑ってたから、つい」

「見せて。見せて」


千夏が先生に寄ってく。


「おい、千夏見るだけ。カメラに触るなよ」

「うわぁ」

「他にもいっぱい写真あるよ。見る?」


先生がにこにこしてる。


「ちょっと、待って」


このはちゃんが慌てる。


「なんで?だめなの?君の友達のご一家でしょ?」

「見せられないようなの、入ってないですか?」

「それはこっちのメモリーだよ」


なんか二人でやってる。


「でも、混ざってるかも。ちょっと貸してください」


このはちゃんがカメラ受け取ってなんかやってる。


「まだぁ?」

「うん、ごめんね。ちょっと待ってね」


先生が答える。

やっとお許しが出て、千夏が先生に写真を見せてもらう。


「うわぁ、すごい。きれい、このはちゃん」


このはちゃんがそばで恥ずかしそうにもじもじしている。


「ねぇ、パパとママにも見せちゃだめ?」


先生がにこにこしながら、


「いいの?」


とこのはちゃんに聞いている。しぶしぶうなずいた。二人で見せてもらった。火野先生のとった写真。


「すごい」


なつがつぶやく。


「素人の人が撮った写真じゃないですね。これ」


先生がにこにこしながら言う。


「今一番はまってる趣味です」

「写真のカルチャースクールみたいなのにも通ってるんだよ」


このはちゃんが言う。


それは火野先生が撮った恋人の写真だった。緑の自然の中で美しい色とりどりの服を着て、様々な表情を見せるこのはちゃん。本当に僕たちが知っている彼女とは別人で、ただ、すごくきれいだった。

こんな写真見せられて、二人ってつきあってるのって聞いたら、本当に無粋だね。


「ね、おじちゃん。千夏のことも撮って」


先生は僕を見た。


「かまわないですか?」

「ああ、あの、先生がよければ」


千夏……。と思いながら、僕が答える。


「じゃあ、靴はいて、立って撮ろうか」


ちょっと離れたところで、おしゃべりしながらぱしゃぱしゃやっている。


「なんか」


なつがふとつぶやく。


「初めて会ってこういうのも失礼かもしれないけど」

「うん」


このはちゃんが応じる。


「不思議な人だね」

「うん、というか、変な人だよね」


なつがこのはちゃんを見る。


「変な人とは言ってないよ」


このはちゃんがふふふと笑う。


「パパー!」


千夏に呼ばれた。


「一緒に撮ろう。お写真」


娘と写真を撮るためにというよりは、女友達を二人にしてあげるために、僕は靴を履いた。













このは













先輩が千夏ちゃんを抱っこしたり、肩車したりしながら写真撮ってる。本当にあんな風にしていると小説家じゃなくて、カメラマンだな、先生。


「びっくりした。このはちゃん」


なっちゃんを見る。


「ごめん。言ってなくって。あ、でも、つきあい始めたのは最近なんだよ」

「テレビで見たよ。奥さんが亡くなったって」

「え?」

「前に、言ってたでしょ?火野先生の話。だから、覚えてたんだよ」

「そうなの?」

「うん」

「なんとなく、聞けなかったよ。好きな人はいるような感じだったけど。ここ何年か」

「え~」

「でも、ずっと片思いだったからさ。うまくいくなんてこれっぽっちも思ったことなかったの。だから、誰にも言えなくて」

「ずっとなんか大変そうに見えたけど、今は幸せなんだね。よかった」


2人で笑った。久しぶりにわだかまりない笑顔をできたと思う。なっちゃんと。


「ねぇ、今度はパパとママで撮って」


千夏ちゃんがバラ色の頬でかけこんでくる。


「おい、千夏」

「よかったらどうぞ。ご夫婦で」


その後、わたしは見てしまった。


「そんな他人みたいに座らないでくださいよ」


ベンチで並んで腰かけた二人。


「手、つなぐとか、肩抱くとか」

「え~」


となっちゃんが言って、でも、先輩はそっと笑った後に片手でなっちゃんの腰を抱いてもう一方の手でなっちゃんの手を握って膝の上に置いた。それだけでなっちゃんの表情がお母さんの表情から女の人の表情になって、お父さんの表情が男の人の表情になった。魔法みたいに。


「二人っていつ出会ったんですか?」

「小学生のころだよね」

「ああ、幼馴染ってやつですか。初めて会った時、お互いどう思ったんですか?」

「覚えてない」


先輩


「ああ、なんか暗そうな子だなって。」


なっちゃん。ひどいなと言って先輩が苦笑している。


「じゃあ、いつ初めて好きだって思ったんですか?」

「え~!」


なっちゃんが笑いながら照れてる。


「僕に言わないでいいですから、ご主人にだけ教えてあげて。ご主人も奥さんに」


2人が笑いながら、お互いの耳にそっと話しかける。大人のひそひそ話。

そして、見てしまった。二人だけの時に見せる二人の甘やかな顔を。なっちゃんはとても女らしくて、先輩はかっこよかった。友達だから二人とはずいぶん何度も会ってるけど、見たことない表情。見てるこっちが赤くなってしまうような。二人だけの秘密の。


そして、なぜか先生は二人を見ているわたしの横顔を最後に一枚撮った。また、不意打ち。


「なんで、また!」

「だってかわいい顔してたから」

「もう山ほど撮ったじゃないですか」


先生は笑ってなにも言わない。


「今度は君と友達で撮ったら?」


今度は座らずに木の下に二人で並んで立つ。


「二人はいつから友達なの?」

「高校一年生でーす」


2人でかぶった。はははと二人で笑う。


「このはさんってどんな高校生だったの?」

「おさげしてて、女の子らしかったな」

「ふうん。見たかったな」


ふふふと二人で笑う。


「その時、彼氏いた?」


二人で顔を見合わせる。


「わたしはいなかったけど……」

「ああ、なっちゃん。だめだめ」


話そうとするなっちゃんにしがみつく。二人でしばらく笑い転げる。


「どんな人だったの?」

「秘密でーす」


また、声がかぶった。


「まるで、今でも高校生みたいだな」


見ていた先輩に言われた。


「ママー」


千夏ちゃんが駆け寄ってくる。今度は女3人で撮ってもらう。


***


「またね」

「うん。またね」


しばらく過ごしてから、お別れを言う。


「写真後で送ります。東京から」


先生が言う。


「結婚式には呼んでくださいね」


なっちゃんが言う。


「なっちゃん、それは気が早いよ!」


若干青くなった。先生はただ笑ってた。

バイバイを言い合いながら、お互いにお互いの方向を向いて歩きだす。


***


なんとなく何も話さずにしばらく歩く。

なっちゃんは悪気なかったんだろうけど、奥さん亡くしたばかりの人に結婚はないよね。


「君に言われて仕方なくと思ってたけど……」


歩きながら、先生が話し出す。


「意外と楽しかったな。あの、千夏ちゃんが、かわいいね」

「そうですね」

「子供って、今まであんまり考えたことなかったけど」

「はい」

「いいものだね。自分が子供だった頃ってもう覚えていないけど、そばに子供がいると思い出せるね。あんなに」

「あんなに?」

「人って幼い頃は純粋なんだね」


そう言って笑った。


「そうですね」


奥さんが亡くなってからすぐに、つきあい始めたこと、最近時々気になっていた。でも、きっとあの時誰かがそばにいないと、先生、ダメだったと思う、本人は認めないけど。だからあかりさんには悪いけどやっぱり許してもらおう。

荷物持ってないほうの手をつないだ。


「そういえば」

「はい」

「君にはもう一回やられたな」

「何をですか?」

「また、友達って言われた」

「……」

「彼氏として紹介するに値しないの?僕」

「いや、だって、幼稚園児相手だったから、友達のほうがいいかと」

「最近の幼稚園児は、彼氏って知ってるみたいじゃないですか」

「いや、それは千夏ちゃんが特別なんだと思いますよ」


ふうん。と言って黙った。


「先生って意外と……」

「何?」

「いや、何でもないです」


根に持つタイプですね。と言おうと思ったけど、止めておいた。


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