5.無理解
「アルツィさん。この国の騎士団ってどんなのですか?」
興味本位で聞いてみた小雪は、絶賛魔法の勉強中。今は魔法の中で“木”属性を扱えるように只管繰り返し使って身体に慣れさせるという特訓をしている。大分慣れてきたのか、地面から木々を生やしては葉っぱをムチや蔓のように組み合わせて架空の敵に攻撃をしつつアルツィに話しかけている。
「ううん……コユキ様のように魔法を使える訳では無いので、皆武術を磨いております。強く逞しい槍と、強く硬い盾を装備して、いつ外敵が来ても良いように日夜鍛錬に励んでおりますな」
へえー、感心の声を上げた小雪。集中が切れそうになったのか、葉の蔓が萎びて先端が消えて行ってしまっている。む、と眉を潜めたアルツィによって気付いた小雪は慌てて集中する。
その繰り返しをしている最中に「よっ」と片手を上げて樹から飛び降りてくる人影が。
「励んでるか?」
「リン!」
小雪は驚いて魔法の発動を解いてしまった。危ない真似をするな、コユキ様に万が一があればどうするとアルツィは怒るが、リンは何処吹く風。口笛まで吹く始末だ。
「あー吃驚した」
「悪い悪い。丁度通りかかったらお前らが見えたもんだから、つい、な」
「”つい”で驚かされてたまるか」
頬をかくリンに厳しい目を向けるアルツィ。胸を撫で下ろす小雪。「それでリン、」ギロリと睨み付けるアルツィに明後日の方角を見つめるリン。重たい溜息が吐き出される。
「一体何処に行こうとしていたんだ」
「……何処に行こうが俺の勝手だろ」
「外交卿だろう、書類はどうした。仕事は?」
「終わらせてきたさ。要領いいんでね」
リンを追いかけてきたらしい文官に、すすすと近付いて口喧嘩の意味を聞く小雪。今までも時々仕事を放ってふらりと何処かに消えてしまうことがあったそうだ。ナガレであったリンは何処かに消えては魔宝石の中石やクズ石を腕いっぱいに抱えて戻ってくる。
王スターリャと側近エーミールは最初こそナガレのリンが何処かの国のスパイではないかと疑いもしたそうだが、魔宝石の件があったからこそ信用した。そして“外交卿”という役職を与えたのだ。
「ならいいのだが……ならば何故正門から出て行かないのだ? 城下へは行くも戻るも自由だろう」
「……しゅ、趣味だよ」
言い訳ならもう少しマシなのがあったでしょ、という目でリンを見つめる小雪。アルツィもどうしたものかこれは、という目でリンを見る。文官の目も相まって流石に居心地が悪くなったのか「何だよ」とぶっきらぼうに言う。
「捕らえて執務室まで連れて行ってやろうか。ん?」
有難そうにアルツィを見た文官。げ、と顔を顰めたリンは、「分かったよ」と両手を上げ、アルツィが一瞬目を離した隙に樹にまた上った。今度は俵のように、小雪を抱えて。
「コユキ様!! リン貴様!!!」
「うるっせーんだよヘボ騎士! ばーかばーか!」
「リン子供みたいな煽り方やめなさいよ。下手くそみたい」
口をへの字に曲げて、慌てふためく兵を尻目に木々を伝って城の外へと出ていく。とんとん、と小雪一人抱えているとは思えない程身軽に樹と樹の間を伝っていくのが猿みたいで揺れながら若干眠くもなってくる。
木陰で陽の光が遮られたり、直射日光に当たったりと暫くすると、リンが枝の上に乗ったまま止まった。
「着いた?」
「ああ」
慎重に小雪を枝に下ろしたリン。眼下に見えるのはちょっと広めに作られた町だった。中央には噴水も見える。今は水は出ていないようだが。ひしめき合う家々からは人の気配は感じられない。
「今も住んでるの?」
「ああ。人はいるぜ。出てきてないだけだ」
ほらしっかり掴まっとけ、と軽々担ぎ上げたリン。「ちょ、ちょっと」担ぎ上げるのは止めてよ。と先程は驚いて直せなかった裾を直す。心底不思議そうな顔をしたリンは、まるで小雪がおかしいと言わんばかりに首を傾げる。
「何かダメか?」
「ダメ! 体重、気にしてるんだから……」
最後の方はリンは聞き取れなかったのか「は?」と聞き返したが小雪が何でもないと怒りながら首を横に振った。
「そうか。俺のお父様がよくお母様を抱えてお庭を散策なされていたから喜ぶのかと」
「リンのお父さんもお母さんも知らないけど、リンのお父さんは少なくともお母さんを俵担ぎにはしてなかったでしょうね」
もういい、と担がれたまま町に早く行こうと急かす。女心が複雑なのが分からないのか、リンは「変な奴」と首を捻りながら町まで下りていく。
町は石で出来ていて、岩を加工した跡が幾つもあった。近付けば人の気配は感じられるが、様子を伺っているのか出て来ようとはしない。噴水のある広場の方は、以前は恐らく商店街のようなものだったのだろう、店のようなものが通り一面に暖簾を出していた。しかしそれも破れて砂まみれになっていた。
昔は賑わっていたはずの広場でさえ、風雨に晒された影響かあちこちひび割れたり崩れていたりとその面影は無い。水が出ていない噴水の中を覗くと、円形の隅の方には砂や埃、大量の枯れ葉などが積み上がっている。
「……これが、城下町なの。リン」
「ああ。この国で唯一の、国民が住む町だぜ」
これではまるで、ゴーストタウンだ。と零す小雪にリンは、小さく鼻で嗤う。
「国民全員に魔宝石が行き渡っていないから引きこもってるんだ。飯も一日干からびたパンとかそのくらいだから、無駄に動き回って余計な腹を空かせないようにな」
見てみろ、と噴水の中央を指さすリン。水が噴き出る部分には小さな凹みがあった。そして青い欠片がキラキラしている。
「千年経っても輝きは失われず、か。あそこにあったのは清流石、水の魔宝石だ。あそこで水を出していたんだ」
小雪は思い描く。かつて、あの場所から清流石で水を出した頃のことを。綺麗な石造りの噴水は、その場所にいる人々に涼を与えていただろう。夏場は冷たくて子供たちの憩いの場だったかもしれない。
清流石にはもう魔力は無い。今現在のは各家庭に配る分だけで精いっぱいで、娯楽などには回せないらしい。とはいえ、かつての輝きは失われないまま、過去の遺産としてそこに残されている。
「ねえ、私の力で水を出せない? ここを綺麗にして、水を出したら活気づくと思うの」
「……無駄だな。コユキが城に戻ればそれは消える。それに水を出して何になる。コユキが言ったろ、自分で、ここはゴーストタウンだって、なぁ。生きるので精いっぱいなんだから誰も見向きしねえよ」
「でも……。それじゃあ、国民の為に今やれることをするね」
「は?」
何する気だ、とリンの声を聞かなかったふりをして、噴水に手をかざす。魔力は無いとはいえ元は清流石は水の魔法を有していた。水の流れを土に行き渡らせるイメージで、木の魔法を発動させる。
「大樹出現!」
めきばきばら……様々な音をさせながら、石造りの噴水は無残に破壊され、噴水を巻き込む形で立派な大樹が生えてきた。ぽとりと小さな影が落ちて何かとリンが拾えば、真っ赤に熟れた果実――林檎。
上を見れば、異常な数が生っていた。思わずあんぐりと口を開けたリンだったが辺りを見渡してみれば、大きな音に住民たちが窺ってきていた。小雪が城に戻れば消えてしまう泡沫だというのに小雪はこれを作り出した。自分が何をしているのか分かっていないのかと詰問する。
「分かってるよ。だからこうしてるんじゃない!」
「いいや分かってねえな。お前が城に戻ればこれは消える。与えた果実も全て消える、全てな。食ったら消えねえだろうけど、貯蔵することは出来ねえんだ。それに毎日下りてきてこれを作り出す気か? お前には他にやるべきことがあるだろうが?」
「国の問題を解決出来なくて、国同士の問題を解決出来るとは思えないよ!! 少なくとも今やるべきことでこれが最善なんだよ!!!」
カッと完全に沸騰しかけたリンの耳に、子供の足音が聞こえてきた。