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紅空の巫女  作者: ルーライト
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4.眠り姫

「お帰りなさいませ陛下」


「お帰りなさいませ」


 大きな岩山をくり抜いて作られたドラグランジュ城。会議から戻った龍王ヤオは、その巨大な体躯より少し小さめな城門前に降り立つ。地面に足をつけた先から人型に戻ると、風で乱れた服を整えた。


「父上、お帰りなさいませ」


 深々と頭を下げる赤髪白目の長身の男、ヤオを父と呼んだ男の名はエン。ドラグランジュ帝国第一皇子。次期皇帝としてヤオの不在時に政を行っている。

 ヤオはエンに頷くと、城門から城の内部に入る。


「茶にする」


「既に支度は済んでおります」


 歩きながらエンの言葉に耳を傾ける。後ろを歩く大臣たちは父子の会話を聞きながら着いて歩く。ヤオは城の最上層を目指しているのか足取りに迷いは無い。最上層より一つ下の階の階段で、大臣たちは深々とお辞儀をして留まり、階段を上るのはヤオとエンのみ。

 向かう先にあるのは大扉。そしてそこを守る屈強な近衛兵二人。ヤオが大扉の前に立つと一人の兵が聖の魔宝石(ジュエリー)白磁石(ホワイトムーン)を右目に掲げて魔宝石越しに王を見る。次いでもう一人の兵が闇の魔宝石、漆黒石(ブラックガーネット)を左目に掲げた。

 偽り無く本物の龍王だと認めた近衛兵たちは大扉を開く。「大変失礼致しました陛下」「どうぞお通り下さいませ」ヤオ自身が命じたことなので特に腹が立つことは無い。彼らはこの中にいる者を守る為にここにいる。

 広い私室の中で一際目立つ天蓋付きベッドに近付いた。閉じられていたレースカーテンを片方開くと、全身白い女性が鳩尾の付近で手を組み眠っていた。その手に寄り添うよう親指側に置かれているのは白い薔薇。そして身体を縁取るように置かれている色とりどりの花。傍に置かれている椅子に腰かけたヤオは組まれた手を包み込むように握る。


「戻ったぞユェ。我が后」


 待ちくたびれてしまったな、と愛おし気に名を転がして慈しむように頬を撫でた。傍で茶を用意をしていたエンは、自らの母の変わり果てた姿を見て目を反らした。エンは長男で第一子、弟妹の面倒をよく見ていたし、子を愛する母のことがエンも大好きだった。弟妹に遠慮して率先して甘えることは無かったのだが、下の子が早々と眠ってしまった夜は母が淹れてくれたホットハニーミルクを飲みながら父と母を独り占めしていた。

 母は家族を愛していた。愛し過ぎていた。


「父上」


「お前たちの母は末弟が戻らない限りは目は覚まさない。マドワシノハナとは、そういうものだ」


 エンの末弟は今現在行方不明だ。もう数百年も前から。そして母が眠りについたのもそのくらいから。母が好んで作ったという白い薔薇、ホワイトシュガーに紛れて咲いていたというマドワシノハナ。

 詳しい話はエンは知らないが、マドワシノハナに魅入られた母は虚無(ゆめ)の中にいるのだという。


「薬がユグドルにあると言いましたよ、父上」


「レタスウク・カムパネルラは招かれなければ辿り着けない。今のお前にはユグドルまでは行けないだろう」


 歯噛みしたエン。もう何万と議論して、実際に行ってみて辿り着けないと判断されたことだ。それでもエンは、母を眠りから覚ます方法を探している。もう一度、母の声を、瞳を見たいが為。

 退室していく長男を見送ったヤオは、眠る前の妻を脳裏に蘇らせた。華が咲く度種を植えたヤオは、種を育てながら子を慈しむ妻を、陰に日向に夫を支え癒してくれた妻を、狂おしい程に愛している。微笑みながら、愛されることの喜びを噛み締めながら、夫の名を転がす妻。妻として、母として、后として振舞いながら付いてきてくれた妻をヤオは誇りに思っていた。

 末子(まつご)がいない、とヤオに捨てられる恐怖と子を失った悲しみで震えながら大粒の涙を零す姿でさえも、ヤオは欲情した。それ程までに深い愛情を抱いている。


「ユェ」


 囁くように呟いたヤオは、妻の身体を抱き起こして抱えた。エンが用意してくれた茶を少し布で湿らせ唇を濡らす。


「旨いか。我らが民が心を込めて作り上げた逸品だ。ユェ、お前はいつもここの茶が旨い、あの茶が旨いと(わたし)に勧めてくれたな。もう一度お前の声が聴きたい。末子に会いたいあまり虚無に堕ちた妾の愛しい后。家族を愛する、可愛い娘」


 その切れ長の柘榴から、一筋の涙が零れ落ちた。家族を愛している后は、ずっと、もがいている。

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