表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅空の巫女  作者: ルーライト
3/19

2.憎しみ

小雪がこの国、アミルに来て数週間が経過した。暫く与えられた部屋からは出てはいけないと言われていて、その中でエーミールや数人のメイドなどと一緒に魔法について練習したりこの世界やこの国に関する講義を学んだりして日々を過ごしていたが、つい先ほどようやく部屋の外に出てもいいと言ってくれた。

 どうやら色々と守るための準備があって、それに時間がかかったのだと教えて貰った。毎朝メイドに起こされて、着替えをさせられて、衆人環視の元に食事をして――ちょっと一人の時間が欲しいな、なんて思っていたが、エーミールに紹介されたのは騎士総団長、つまりこの国の騎士たちの頂点の人が守ってくれるようで。


「いざという時に獣人族(アーニー)龍人族(ドラグニル)から姫巫女様をお守り出来るのは、この国ではこの男くらいのものです。これより姫巫女様専属の騎士としてついて貰います。アルツィ、姫巫女様がお怪我を召されるようなことがあれば貴様の首が飛ぶ。肝に銘じるんだな」


「畏まりましたエーミール様。姫巫女様、この国の騎士団長アルツィと申します。本日より御身をお守りする為にお仕えさせて頂きます」


「あ、あの、雨宮小雪です。小雪って呼んでください。首の後ろがむずむずするんですよ……」


 小雪の言い分に、アルツィはエーミールをちらりと見てから少しだけ黙り込み、「コユキ様」と呼んだ。最大限の譲歩だと流石の小雪も気付く。妥協も仕方なし、と項垂れて受け入れた。

 とにもかくにも久しぶりの外に浮かれて、歩きながらも隅々まで城の中を見た。通り過ぎる人は全員足を止めて脇に寄り、頭を下げて来る。下げ返していくと、アルツィがコソコソと耳元で「堂々となさって下さい」と囁いてきた。頭を下げることはどうやらいけないことらしい。聞けば、普段から下の者で関わりの無い者は上の者に話しかけてはいけないことになっているようだ。それにはお辞儀も含まれているようで。


「ちょっと何か、むず痒いっていうか……」


「下の者に頭を下げるということはあってはならないことです。何があっても上の者は上を向いていなければいけないのです」


「そう、ですね」


 そうこうしている内に、アルツィが案内役の城巡りツアーは中庭で終了となる。この国の講義で学んだ時に、中庭にある千年樹の伝説を聞いてから小雪は実は行きたくてたまらなかった。

 それは先代姫巫女が植えたとされるもので、この国のシンボルともなっているものだ。千年樹があるからこそ、他国は攻め込んでこない。彼らは心からそう信じている。そしてそれを自国の民に幾世代にもかけて教え込んでいる。この国で、千年樹がこの国の希望で象徴で、平和の証ではないと疑う者などいない。


「ふぁー……」


 思わず間抜けな声が小雪から漏れてしまったが許してほしい。ユグドラシルが存在していたらこんなに神聖なものなんだなと思えるくらいには荘厳さを漂わせていたのだから。

 実際に小雪は見たことが無いが、世界遺産の屋久島の屋久杉を間近で見たらきっとこんな感じなんだろうなと思う程パワースポットじみた場所だった。


「美しいですじゃろ。この国の至宝と言っても過言ではありませんですじゃ」


 かぱりと口を開けて上を見上げていると、後ろから声を掛けられた。アルツィは威嚇することなく頭を下げている。誰だろう、と内心首を傾げているとアルツィが答えを教えてくれた。


「長年城に仕えている庭師です。私が入城した頃から既に庭師長として城の景観維持に努めていました」


「ただ長く雇って下すっとるだけですじゃ。……姫巫女様や、この千年樹は先代姫巫女様がお植えになられたと知っておりますかな?」


 長く勤めている庭師長は小雪の視線を千年樹の方へ向けさせるように、自分から樹の方に目を向けた。つられて小雪もまた樹を見上げる。堂々たるその姿は、きっと誰もの目に焼き付けられてきたものなのだろう。静かに頷いた小雪を横目に、庭師長は昔を懐かしんでいるのか目を細める。


「文字通り千年前、先代様はここに樹の苗を植えられましての。直後に起こった戦争が無ければきっと先代様ご自身が慈しんで育てられたはずなんじゃ」


「せん、そう」


「左様。トカゲらの国が突如として攻め込んできよりましてな、その混乱から先代様は……。従者らが駆け付けた時には、一人の赤ん坊しかその場にはいなかったという話ですじゃ。周囲には血溜まりがあり、当時の者たちは先代様と王家の者は全てトカゲに食われてしまったのだと、だから唯一の王家の血を持つその赤ん坊を育て、国を再建なされたのじゃよ。この樹は苗木の頃より復興の証であり歴史を忘れてはならぬ戒めなのじゃ」


 ぶるり、小雪は身体を震わせた。お伽話でも、ドラゴンは鋭い爪と牙を持っていて、それに襲われたらきっとひとたまりも無いだろうことは容易に想像がつく。痛い、どころでは済まないだろう。一思いに殺してくれと縋りつく程にはきっと甚振られる。


「コユキ様にはそんなことはさせません。このアルツィ、命に代えてもお守り致します」


 大変心強い言葉を頂いて、ほっと肩を下したその時、頭上から第三者の声が降り注いできた。


「そんなでたらめな昔話、真面目に聞くと損するぜー!」


 何だ、と驚いて見上げ視線で声の主を探す。木々に隠れてよくは見えないが、上の方に誰かがいるらしい。


「こりゃっ! まぁたお前か。神聖な樹を痛める、降りてこんかい!」


「へえへえそいつぁ失礼致しましてっと……」


 バサッバサッ、葉を揺らして軽やかに降りてきたのは、黒の短髪に黒い目をした背の高い青年だった。庭師長は面識があるようだ。


「神聖な樹に上って枝を傷めたらどうするつもりじゃと、口を酸っぱくして何度も言っとるじゃろう! お主もこの国の民なら、樹に対する敬愛を覚えろ!」


「別に俺はナガレだ。こんな国捨てて別の国言ったっていいんだぜ。それか魔宝石(ジュエリー)の買い付け、やんなくったって俺困んねえよ?」


「そこまでだリン! 貴様、王への反逆罪とみなすぞ」


「やってみろよ頭でっかちなヘボ騎士如きが、一度でも手合わせで俺に勝ってから言いな」


 散々罵り合い、バチバチと火花を散らす。流石に頭上でやられてはたまらないと小雪は二人を取り成した。それでリンは不思議そうな顔で首を捻った。


「アンタ、この国の人間じゃねえな」


 新入りかと思った。そう告げるリンは、腹立たしそうにアルツィが「我が国をお救い下さる姫巫女様だ」と頭を垂れろと言わんばかりに手で指し示した。ただ当の青年――リンは何処か他人事だ。


「そっか。じゃあ今度手が、っつーか身体が? 空いてたら国の中案内してやるよ。こう見えて俺は各国を回ってるんだ。どんな賊が来ても追い払ってやるからよ」


 じゃあな! フレンドリーに頭をぽんぽん叩いて去っていく。嵐みたいな人だったなぁ、アルツィが無礼を非難している間、小雪はそう思っていた。庭師長と少し話して、そろそろアルツィが部屋に戻ろうと催促したのか二人は去っていく。


「あれが姫巫女、か」


 面白そうだと口の端をニイッと持ち上げて、今度こそリンも去っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ