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紅空の巫女  作者: ルーライト
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0.秘密会議

ムーンライトノベルズにて掲載中と同題名を、試験的にこちらに置くことにしました。なので内容は全く同じです。

 地球とは異なるこの世界には、幾つかの民族が暮らしていた。

 人口の四十パーセントが普通の人間。魔法も使えず、鋭い牙も爪も持たない者たち。民族名は人間族(ヒューム)

 人口の四十パーセントの人間に似た民族。体の造りが人間族と違い、頭には獣の耳を生やし、腰の尾てい骨の辺りから獣の尾を生やす。しかしそれ以外は人間と同じ造りをしている者たち。民族名は獣人族(アーニー)

 人口の十五パーセントしかいない民族。見た目こそ人間族に瓜二つなのだが、幾つかの特徴がある。ぎらりと光る尖った牙と、きゅうと細まった瞳孔が特徴的だ。自分の意志で翼を持つ龍になれるということもその一つ。人にも龍にもなれる、民族名を龍人族(ドラグニル)

 人口の五パーセントしかいない民族は、小人たちの集落。小さな体に似合う羽根を生やしている彼らの名は妖精族(フェア)

 その他にも幾つかの民族が暮らしているこの世界では、主に三つの大国に分かれている。


「ここ最近、アミル国が騒がしいですね」


 獣人族が多く暮らす国、アムリニア国。国土が広く、作物も多く育ち、一年を通して温暖な気候を持つ過ごしやすい国として有名だ。

 国主は犬人(いぬびと)のオール。まだ若く、他の国主たちに比べればはつらつとしているが、有事の際にはきりりとした頼れる主人である。

「我が国に攻めて来ない限りは、我ら龍人族は手出しはしない。短命な連中に構うほど我らは暇ではないのでな」

 龍人族が多く暮らす国、ドラグランジュ帝国。国土は一番広く、山間部や岩山、平野など多岐に渡る土を持っている。国主がいる主要都市は立地としては往来が難しいが天然の不落の要塞を持つ。天然の砂金や宝石の原石などが出土し、財力など力が強い。ドラグランジュが本気を出せば世界征服などあっという間だろうと言われるほどだ。

 国主はヤオ。王国内では龍王と謳われ、血狂龍王とかつて方々で呼ばれていたほど強く、今は妻と共に半隠居生活を送っていると聞く。

「本当に嘆かわしいことばかりですわ。いつまでも歴史を繰り返すばかりで、振り返らない方々……」

 元は人間族の国だったその国は、ヒュミニリーム国。かつては人間族だけしかいなかったその国に様々な異民族が移り住んだ。

 他の二国と比べると、海が近いからか海産物が主な収益となっている。サンゴや貝類などを加工したアクセサリーは世の女性たちに大人気だという。

 国主は兎人(うさぎびと)ミスティリカ。いつでも微笑みを浮かべるという彼女は、腹黒いという影の噂がある。

「歴史の記憶者たちはあの国を既に見放している。だから記録(レコード)が無いのだろうな。嘘ばかりを並べ立てた都合の良い幻想物語を書き立てる愚か者たちだ」

 歴史の記憶者、妖精族のことだ。小さな体で、それに似合った羽根を生やし、この世界の誰よりも長く生きる彼らのことを自然と”歴史の記憶者”と呼ぶようになったのだ。

 数が少なく独自のコミュニティを作っていることも要因の一つなのかもしれないが。

 共存し合って生きているこの世界でただ一つだけ、異端な国がある。

「短命であるが故、歴史に関して然程重要視していない……そういうことですよね」

「ええ。今時人間族だけの国など、滅びてしまいますわ」

 人間族だけの国。アミル国。

 かつてヒュミニリームに属していたある男が、異民族を嫌う排他的な思想の持ち主であった為ヒュミニリームを出奔。

 同じ思想の仲間と共に流れ着いた場所を開墾し国を作った。リーダーであったその男の名前をとってその国は”アミル”

「あの者たちは妖精族の生み出す魔宝石(ジュエリー)しか扱えません。我々のように魔力を宿している訳ではない。魔宝石の流通さえ妨げれば、いえ我々が徒党を組んで攻め滅ぼせば一夜とかからず更地に出来るでしょう」

 オールの声に、ミスティリカも同意するように頷く。

 この世界に生きる者たちは、人間族を除いて体内に魔力を宿している。その魔力の属性と魔力量は生まれた時から決まっているのだ。

 魔宝石は人それぞれ宿す属性とは違う属性を扱えるように、流通している。

 人間族の者は体内に魔力を宿していないので魔宝石を扱い生活の全てを補っている。

「攻め滅ぼされることを余程望んでいるようだ。少し前にも、愚かにも我がドラグランジュに攻め込んで来ていたというのに……全て喰い尽くしてやったがな」

 ぎらりと光る牙。ぬろりと涎がその牙を濡らしている。きゅう、と瞳孔が細くなって少しだけ高ぶっているようにも見える。

「小さいとはいえアミルは国。その意味を彼らは分かっていないのでしょうかねえ」

 小国のアミルは、その建国理由から他国との交流は断絶している。別の国から来た魔宝石の買い付け人、そのような名目を繕い、実質的にはスパイのようなことをして情報収集をしているようだ。

 くくくっ、喉で笑い愉快そうにするヤオ。さらりと黒髪が揺れて端正な顔が歪んでいる。切れ長の柘榴の瞳がその愉快さを表していた。

「ヤオさん、また前みたいに前線に立つの止めて下さいね? 何度巻き込まれそうになったことか……」

「オールに同感ですわ。それに、敵味方無しに攻撃するのも止めて下さりません? こちらの兵たちの戦意が喪失して困りますの」

「知らぬ」

 ミスティリカとオールの言葉に、口元を大袖で隠し嗤う。

(わたし)はただ、楽しみたいだけだ。このような定例会議に何の意味を見出すのかは知らぬが、我に釘を刺すのなら止めておけ? 藪を突いて龍を起こしては、困るのはお前たちだろう」

 すらりとした長い手足を長袍が包む。立ち上がったヤオは少し気だるげに歩いて行った。

「ヤオさん、どちらへ?」

「そろそろお茶の時間だ。我の妻が待ち草臥れる前にお暇させてもらうぞ」

 冷たい眼差しとは真逆の柔らかな微笑が口元を彩る。芸術品と見紛う程の美しさ。

 ミスティリカとオールはお互いを見合わせて誰となくため息を吐いた。彼、ヤオの妻に対する溺愛は今に始まったことではない。

 噂ではあるが元は人間族のその女性を、龍人族の秘技により同族にし手元に置いているのだと聞き及んでいる。ヤオにはその女性との子が何人もいて、第一王子が右腕に、第二王子などが各国に散らばってスパイをさせているのだと言い出す下世話な奴らさえいる。

 事実、ミスティリカのところにヤオの第一王女が留学をしているのだから、そのような思惑があるのではないかと思ってしまうのは仕方のないことだとは思うが。

 会議場の窓枠に足をかけたヤオは勢いよく踏み出す。オールが追いかけて外を見れば、既に彼方へと紅い姿が消えていく。

「ああ……」

「もういませんか?」

「既にお帰りになられてしまった」

「ご息女のことも話したかったのですが……」

 普段はピンと立つオールの犬耳とミスティリカの兎耳も、ヤオの行動にへにょりと垂れ下がっている。ヤオの傲慢さはその強さ故と分かっている。彼が本気を出せば全てを支配するか焼け野原にすることなど簡単なのだ。

 互いを見て苦笑し合う。

「ではミスティリカさん。今日はお開きにしましょうか」

「ええ。オール殿、龍王ヤオはいつ牙を剝くとも知れぬお方……探りを入れる時はどうか慎重に。慎重過ぎていけないことなどないのだから」

「ええ気を付けます」

 ミスティリカが去り、オールは自らの席にもたれ掛かる。大国ドラグランジュのヤオが何を考えているのかはさっぱり分からない。だからといって安易にスパイを派遣すればあっという間に噛み砕かれてしまうだろう。

 彼は妻をとても溺愛していて囲いたがるようだ。

「ドラグランジュのアスクルに、踏み込み過ぎないように言っておいて下さい。ヒュミニリームの方も」

「かしこまりました」

 ドラグランジュもヒュミニリームも、アミルのように一つの民族がいる訳では無く、龍人族や獣人族も沢山いる。

 紛れ込んでいても不自然では無い。しかしスパイとして潜り込ませているといつの間にか噛み砕かれていて、定例会議でヤオに釘を刺されたり皮肉を言われたりする。

 ハァ、とオールのため息が静かな会議場に大きく響いた。

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