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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第三章 -obtain-
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別れ、そして――。

 晃希は、愕然と正寛を見上げた。――無論、あっさりOKが出るなどとは思ってはいなかったが……。それこそ、一発殴られるくらいの事は覚悟していたのだが。……まさか、こうもはっきりNOが突きつけられるとは思わなかった。

 傷ついた瞳を伏せ、きつく手を握りしめる晃希に、正寛は、

「私は、見ていたよ。あの、化け物の中で……君の、闘いを。本来なら手こずるはずのないような妖一匹相手に追い詰められていたのを――。」

そう、静かに、諭すように言う。

「でもっ、お父さん、それはっ。ここ三日、立て続けにイレギュラーな闘いがあったからで……、晃希一人のせいじゃないっ――、」

竜姫が、悔しげに俯く晃希を庇うように言うのを、しかし晃希は、

「……竜姫、いい。」

と、遮った。

「――確かに俺が甘かったんだ。例えどんな事情があろうと、ああも毎度毎度ピンチに陥るなんて、俺の戦略ミス以外の何物でもない。」

だが、正寛は、

「いいや、私が言っているのはそんな事じゃない。」

そう言って、晃希の瞳のその奥までしっかり捕まえる――そんな強い視線で彼を見た。

「どうも君は、辛い事も、苦しい事も皆、自分一人で背負いこんで、それを周りには悟らせない様に振る舞う癖があるようだからね。それも、事が重大になればなるほど、周囲に助けを求めたがらなくなる……。違うかい?」

正寛の問いに、晃希は首を左右に振る。

「君の事情は、この、彼が教えてくれたよ。……今まで、辛かったろう?」

 正寛は徐に、晃希へ手を伸ばし、まるで自分の息子であるかのようにわしゃわしゃと遠慮なく髪を乱させながら、彼の頭を撫でた。

「それでも君は、自分や、過去の罪から逃げずにそれと向き合う事を選択した。それはとても勇気ある、素晴らしい選択だ。だが、それは今まで以上に辛く、苦しい道でもあるだろう。」

晃希は、もう一度首を左右に振った。

「いえ、それは、当然の罰ですから。」

「確かに、それはそうかも知れない。でもね、それを全部一人で背負おうとするのは、違う。」

正寛は言った。

「君は、この社の狛犬になったんだろう? と、いうことは、竜姫達の部下ってことだ。いいかい? 部下の不始末ってのは、上司の責任だ。例えそれが、過去のものであってもね。君がこの社の一員になったのならば、君の罪は、皆で購うべきものだ。無論、稲穂様達もそれを承知で君を受け入れたはずだ。」

後ろで、優花が微笑み、頷いた。

「そうね。貴方も、聞いたでしょう? 稲穂様だって、昔は手のつけられない暴れん坊の女番長だったんだから。当然、辺りの村人の恨みつらみも沢山買っていたのよ? 当時の家のご先祖様も、多喜様も、それを承知でうちの社に彼女を迎え入れたの。」

トクン、と、晃希の胸の奥で音がした。

そう、そうだ。竜姫に聞いた話。そもそもが、多喜だって、人々に害を為していた時期が、確かにあったのだ。

「でも今は、もう、家には欠かせない、大切な神様の一人よ。」

 ――……焦るな、晃希。大丈夫だ、お前は一人じゃない。

 よみがえる、稲穂の言葉。

「そう、君はもう一人じゃない。君がどんなに重い罪を背負っているのだとしても、皆で分け合えば、随分とそれは軽くなるはずだ。……でもね。」

正寛は、晃希の反応に頷きながら言葉を継ぐ。

「君はもう、充分過ぎる程に分かっているだろうけど、神も、万能な存在じゃない。君の心の中を、――君の考えている事を、言葉なしに全てを悟るなんてことは不可能だ。」

晃希は、無言のまま頷いた。

「チームプレーに、何より大事なのはコミュニケーションだ。互いを分かり合えなければ、力を合わせるなんで不可能だからね。――分かるだろう?」

晃希は、頷く。この人が、何を言いたいのか、分かった気がして。

「君たちの行く道は、酷く辛く、険しいものだ。――今のままではきっと、お互い、相手の為の力になるどころか、かえって負担になってしまうだろう。それではこの先、いつかきっと、やっていけなくなる時が来る。だから、今のままでは、娘を君に預ける訳にはいかない。」

晃希は、伏せていた目を上げ、正寛と視線を重ね合わせた。

「――すいません。もう一度、やり直させて下さい。」

そう言って、晃希はくるりと後ろを向く。晃希は、背後に佇んでいた竜姫の手を取り、正寛の前へ立つ。

「お願いです。俺と竜姫が共に、これからの生涯を歩んでいく事をお許しください。」

ぺこりと頭を下げ、晃希は言った。竜姫は、顔を再び赤らめながらも、

「お願い、お父さん。私には晃希が必要なの。」

晃希に倣い、頭を下げた。

そんな二人を、正寛は暖かな笑みを浮かべながら見下ろして、

「うん。」

満足げにうなずいた。

「分かっているよ。彼以外に、竜姫を預けられるひとなんかいないだろうって事はね。……だからこそ、彼の悪い癖だけは、どうしても直して貰わなきゃならなかった。」

人の良い笑みを浮かべながら話す、正寛の顔が、一瞬、揺らいで視えた。

「……っ! お父……さん?」

ハッとして、竜姫が後ろを振り返ると、

「……残念。そろそろタイムリミットみたい。」

苦笑を浮かべる優花の姿も、徐々に薄らぎ、それに反比例するように、稲穂の気配が強まっていく。

「お母さんっ!」

「本当に、晃希君には感謝しなくちゃね。こうして、最後に竜姫ともう一度会って、話をすることができて……、本当に良かった。」

「ああ。これで、安心して逝ける。」

「お父さんっ!」

「くれぐれも、娘をよろしく頼むよ、晃希君。」

最期に、そう言ってほほ笑み、正寛の顔が、完全にかき消え、清士のものへと戻る。

「ふふっ、竜姫、いい捕まえたじゃない。さすが私の娘よね。――仲良く、幸せにね。」

竜姫の耳元で囁き、

「じゃあね。」

軽く、――とても最後とは思えない程にあっさりとそう言って、優花もまた、消えていく。

「あっ、」

思わず手を伸ばす――その手を、優花は優しく握りしめながら――正寛の後を追う様に、旅立って行った。


「……逝ったか。これで、安らかに眠れるだろう。」

 優花に身体を貸していた稲穂が、ポツリと呟いた。同じく、正寛に身体を貸していた清士は、何故かそっぽを向いたまま、渋い表情をしている。

「……さすが竜姫の御両親だな。」

 わっ、と泣き崩れた竜姫に、晃希は静かに語りかけた。

「さて。これでさしあたっての懸案事項は全て片付いた。今夜は御馳走だ。ぱぁっと飲んで食って騒いで、宴を楽しもう。」

 わあわあと大泣きする竜姫の肩をポンと軽く叩き、稲穂が豪快に笑う。

「さて。アタシらは準備をしに行こう。ほれ、久遠、行くぞ。ああ、晃希。お前は責任もって、竜姫を泣き止ませてから来いよ。」

 少し、意地の悪げな笑みを楽しそうに浮かべて、稲穂は久遠の首根っこを掴み、スタスタと、道場への最短距離である道なき道を軽い足取りで登って行く。

「おい、清士。お前も来い。」

 呼ばれた清士は、翼を広げ、空へと舞い上がる。

 後には、ただ、晃希と竜姫のみ。完全な静けさを取り戻した山の中で、二人きりで――。



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