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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第三章 -obtain-
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クラウス、改め――。

 「…………。」

 服従の意を示すクラウス。それを見る晃希の表情に険が宿る。周りを囲む面々も、皆、腑に落ちない様子だ。

 竜姫は、シャリン、と手にした鈴が鳴るのを聞きながら、晃希の隣に立つ。

「……クラウス。ここにおわすは豊生神宮一の神、竜姫様。並びに二の神、稲穂様。そして三の神、久遠様だ。」

 晃希は、剣先をクラウスに向けたまま、

「そしてお前の主たるこの俺は、彼らとこの社を御守りする狛犬。この御三方は、俺が仕えるべき主。よって、我が眷族であるお前に命じる。本日この時より、お前もこの社の狛犬として、彼らに服従し、仕えよ。」

低く、感情を抑えた声音で告げる。

 晃希は、鋭い視線を緩めぬまま、剣先だけをクラウスから外し、自分も竜姫の前に片膝を折り、

「豊生神宮、一の狛犬、晃希。この者の主として、我が主たる神より彼の者に、二の狛犬たる証を賜りたく、乞い願うものであります。」

と、頭を垂れた。

 一歩。竜姫は晃希の前に出る。跪くクラウスを上から見下ろす格好で、

「…………。」

無言のまま、彼のつむじを眺めた。

 このまま、晃希の時と同じ様に、新たな名を与え、手にした鈴を首に掛ければ、儀式は終わり、彼は新たな肩書きを得ることになる。

 ……しかし、それは名というしゅと、鈴という呪具で彼の魂を縛るということ。

 新たな名を与えることで、魂を社に繋ぎ、鈴つきの首輪で自我をも縛る。

 晃希の様に、それを理解わかった上で納得し、自ら望んでの事であれば良いが……。

「……駄目。今のまま、クラウスを狛犬として社に迎えることは出来ない。」

 竜姫は、鈴をギュッと握りしめ、首を左右に振った。

「……だな。」

稲穂が頷き、

「……クラウス。お前、今何を思ってる? ……らしくなさすぎて気味が悪いぞ?」

と、久遠も半眼で言った。

「狛犬の契約は、永遠の枷だ。……二度と外せなくはないが、外すとなれば、それなりの代償は要る。アタシらに頭を下げたくないとか、その使命や立場が気に食わないとか、その程度の事ならともかく……。全てを――己の意思や命までをも――投げやりのままに無理矢理枷を嵌めれば、後で必ず反動が来る。」

渋い表情で稲穂が、

「……とは言え――、」

疲れきった表情をする晃希をチラリと見やり、

「このまま、晃希一人に手綱を任せきりにするのは……ちと酷だしな。」

腕を組み、考え込む。

 血を吸えば、晃希は回復するだろうが……昨日の今日だ。寝て起きて、栄養補給も済ませてだいぶ回復したとはいえ、またも晃希に血を与えるのはさすがに無理だ。幾らなんでも竜姫の身体が保たないだろう。

「今日はご丁寧にカウンセリングなんぞしてやる暇もないしな……。さて、どうしたものか――。」

 クラウスが暴れることを想定して築いた障壁。その結界が、外部の音をも遮断し、ただでさえ静かな部屋は、苦しいほどの無音が支配している。

 予想していたものとまるで違う空気に、気分が重たくなる。

 外は今日も良い天気で、冬の冷えて澄んだ空気に、青々とした空が眩しい。

 町は今日も賑やかに。休日な分、学校は静かだが、畑仕事に土日は関係ない。今日も朝早くから働く人々達が、昼も近くなり、畑から引き上げてくる。

 殆ど遊び感覚で親の仕事を手伝っていた男の子達は泥だらけのまま揃って遊びに出掛け、少女達は、友人らと連れ立って、駅前の商店を覗きに行く。高校生ともなれば、二駅先の街まで足を伸ばそうという者もいた。

 奥様方は庭先や道端に固まり井戸端会議に花を咲かせ、男達は男達で、将棋を指したり雀卓を囲んだり。

 そうして、それぞれ思い思いの時間を過ごす。……ほのぼのとした、平和な時間を――。

 ……が、張られた結界の中は、どんよりと重たい雲に覆われ、今にも雨が降りそうな曇天で、どこかギスギスした時が流れている。

 もう少し。あとちょっとズレと軋みを修正できれば、上手く回っていきそうなのに……。

 竜姫は、歯痒い想いを噛みしめる。

「……クラウス。」

 立ち上がり、晃希はその名を呼んだ。

「今、お前が一番に望むものは何だ?」

問いかけに応じ、クラウスが顔を上げた。

「……死の、安寧を。」

その、変わらぬ蒼の瞳が写すのは、虚無。以前のような冷酷など微塵もない。ましてや威圧感や殺気など、かつてあったことすら疑いそうな程、何をも写してはいなかった。

「……逃げるのか?」

 晃希は、あえて挑戦的な調子で言った。以前のクラウスであれば、まず間違いなく乗ってきたであろう挑発に、しかしクラウスは、

「――我は元より出来損ないの天使。神にも見放され、堕ちて穢れた以上、もう、我に生きる意思はない。」

――と。

「目指すべきしるべさえも失った今、我が望むは我が片割れに倣い、消え去ること。」

そう、淡々と答えた。

 晃希は、大きくため息をつき――。

 拳骨を、握りしめた。

 バキッ、と不穏だが小気味の良い音が、室内にはじけ、晃希の怒号が轟く。

「この、自己中!自己満足野郎が!!」

ふざけるなッ、と。怒気もあらわに怒鳴り付ける。

「死にたい、だと? ……ふざけるのもマジ大概にしろ! その手でさんざん人を死に追いやって、多くの嘆きや悲しみ、怒りや憎しみを生み出してきたお前が、自分だけ消えて楽になろうってか? そんなのは、俺が認めねえぞ。」

 自分も、多くの命を奪ってきたが……その発端を作った一因は彼だ。

 が、罪を犯したのは自分自身。理由はどうあれ、実際己を御しきれなかった自分の責任。だから、自分の罪を彼のせいにして擦り付けるような真似をするつもりはない。

 しかし、彼自身が犯した罪すらも償わず、無責任にも死にたがるクラウスに、晃希は怒りを爆発させた。

「お前が消えたら、お前に傷つけられた者達――俺や……俺の家族……村の連中の無念はどうなる!? どこへ向ければ良い?」

 そう、たとえ命は費えても、魂は――精神ココロは――消えやしない。

 そして。負の念を抱えたままでは転生は叶わない。

 ましてや負の念を抱え込み過ぎれば魂は穢れ、堕とされるか……最悪、消滅することだって考えられる。

「……これは、お前の主としての命令だ。」

 剣先を、再びクラウスの喉元に突きつけ、言う。

「死ぬことは、許さない。生きろ。お前が死に追いやった者達全ての魂が、正常な輪廻に戻れるまで。罪を償い、彼らの闇を完全に、浄化できるまでは。」

 逆らうことを許さない。それは、絶対の命令。

「その時まで、お前はこの社で働くんだ。――狛犬として。」

 クラウスの内に取り込まれた血と、それに付随する魔力を操り、クラウスの空虚な精神ココロを縛る。

 が、多くの魔力をクラウスの側に持っていかれている今、それを操る力はかなり削がれている。縛る縄は太く頑丈だが、それを制するリードは酷く脆い。

 取り込まれた魔力は晃希のものだが、制する力でクラウスに押し負ければ、魔力ちからはそのままクラウスのものになる。

 魔物同士の契約など、力で制した者勝ちだ。一度でも晃希の下僕という枷から抜け、眷族という立場より解放されてしまえば、一巻の終わり。クラウスは制御を離れてしまうだろう。

「……その前に、――頼む。奴に、首輪を。後の事は、俺が全ての責任を負う。だから……、」

 クラウスを見据え、振り返らぬままに、晃希は、背後に控える竜姫に懇願する。

「コイツに、新たな名を……。」

 空虚うつろなクラウス。だが、とどのつまりは生きる意味を見失っているだけなのだ。

「なら、そいつを与えてやれば良い……ってか。」

 後方で、稲穂がため息をつきながら、腕を組む。

「言うのは簡単だがしかし、苛酷なみちだ。それについては自業自得なんだろうが……。」

険しい表情の中でも、晃希を案じて問いかける。

「晃希。お前は、狛犬としての責任に加えて、二人分もの重荷を背負うことになる。……耐えきれるのか?」

――その、重みに。

 その問いに、晃希は、

「大丈夫。それ位、何て事ありませんよ、今の俺なら。」

と、とても自然で柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「俺には、生きる理由がある。コイツと違って、幾つも……。そう、沢山の理由が。」

 ピクリと、クラウスが身じろいだ。

「それに、俺は独りじゃない。その理由を知り、支えてくれる仲間も居る。――コイツとは違ってね。」

……ふるふると、肩が震え出す。

「何より、これからの未来に希望を沢山、見出す事ができる。……生きていくための糧となる、それを……ね。うん、まさにコイツとは違ってさ。」

喉元の刃から、クラウスの視線が外れる。

 キッと晃希を睨み付けるクラウスの空虚だった瞳に、小さいながらにも灯が揺れた。

 それを見留めた竜姫は、すかさず晃希の前に出た。

「クラウス。お前に新たな名を与える。」

晃希の術による拘束が緩まぬうちにと、忙しく鈴を首に掛けて言う。

清士せいじ。豊生神宮二の狛犬、清士。豊生神宮一の神としてお前に命じる。狛犬として、この社を守りなさい。一の狛犬、晃希と共に――。」

 名と、鈴が、『清士』の魂を束縛する。

 精神を縛る力より、遥かに強く、柔軟性にも富んだ呪縛に囚われる。

 僅かに揺らいだ灯が、次第に力強さを増していく。

「――清士。」

 新たな名で、晃希が配下となった彼の名を呼ぶ。

「お前はもう、天使ではない。堕天使でもない。……お前は、狛犬だ。」

 剣を鞘に納め、晃希は改めて竜姫の前に跪く。

「我が願い、お聞き届け下さり、ありがとうございます。」

 清士の瞳に揺らめく灯が不穏な気配を孕んでいる感じがして気になるが、一先ずはこれで儀式は済んだ。

 誰からともなく、安堵のため息が漏れる。

 ……だが、その場の誰もが分かっていた。取りあえず所定の場所に歯車を設置するだけしたものの、まだ上手く噛み合っていないことを。

 ――今のままでは耳障りな不協和音ばかりが響くだけ。早いとこ微調整してやらないと、いずれ歯車は崩壊する。周りをも、巻き込んで。

「さあ、まあ。取りあえずとは言え、一仕事済んだんだ。次の仕事にかかる前に、一休みしようや。」

 不安な予兆を断ち切るように、稲穂がパンパン手を叩いて皆の注意を引き、提案した。

 そろそろ誠人の両親も到着する頃だ。

「よし、決まりだ。久遠、しばらくコイツを見張っておけ。ついでにここも片付けておくといい。今日の夜は宴だ。支度をするのに邪魔だからな。」

 ポンと、久遠の背を叩いて稲穂が言う。

 ……その顔には満面の笑み。

「ああ、晃希と姫はしっかり身体を休めておけよ。」

 手伝いを申し出ようとした二人に爽やかに釘を刺し、

「お前はアタシにつき合え。」

と、誠人を呼んだ。

「頼んだ山菜やらが届く頃だ。荷物持ちを手伝え。」

 その顔は、やっぱり満面の笑み。

 ……彼女の指示に不平を漏らす者、は……誰も居なかった――。

 


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