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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第三章 -obtain-
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誓いと約束と。

 「父さん……母さん……。」

 冬の日の出は遅い。盆地であれば、尚更に。

 ――朝の、五時。夏ならば気持ちの良い早朝となるのだが。辺りはまだ闇に包まれ、気温もひどく低い。山の頂となれば、余計に寒い。

 月も山の向こうへ沈み、星明かりだけが頼りの真っ暗な山の中を、馴れた足取りで登ってきた彼女は、言われて見なければ気付けないような、小さな石碑の前に座り、手を合わせた。

「父さん。母さん。ねぇ、新しい家族が増えたんだよ……。一人は……ちょっと……ううん、だいぶ……困った奴なんだけど……。晃希は……ね……」

「おい、何やってんだ?」

と、後ろから、少し怒っている風な声が飛んできた。

「あ……、晃希……。」

「部屋にいないと思ったらこんなところに……」

今朝、竜姫が彼の枕元に置いてきた、父の袴をしっかり着こなして。

「竜姫……お前さぁ、自分の今の体調、ちゃんと理解(わか)ってる?」

 呆れたようにため息をつきながら、竜姫の隣に立つ。と、足下の小さな石碑に気づいて、ハッとし、口をつぐんだ。

「それ……もしかして……?」

「ううん、ちゃんとしたお墓は、別にあるの。家のご先祖様から代々のが、社の裏手の奥の方にね……。」

 気遣わしげな目をする晃希に、竜姫は山の中腹を指差した。

「でも……。父さんも母さんも……もう、魂すら存在しない。彼岸に……戻って来ることもない……。」

 うっすら浮かんだ涙を気付かれない様、さりげなさを装い拭いながら。

「分かってるのよ……。だけど……」

 届かぬと知りながらも、祈り、語りかけたくなった時。山を登り。社も、町も。全てを見渡せるこの場所で。

「……そうだな。確かに、目に視えるカタチとしてはもう、戻っては来られないだろう。」

晃希は、その場にしゃがみ込み、

「でもな、知っているか?魂ってのはな、『魂』と『魄』の二つでできてる。『魄』は肉体(うつわ)を、『魂』は精神(こころ)をそれぞれ形作っている。」

受け継いだ記憶からの受け売り。

「うち、『魂』の方は……どんな魔物だろうと、『穢す』ことはできても、『消す』ことは出来ないんだ。俺はサハリエルの魂を取り込んだ。結果、俺はその力を自分の力とした……が、サハリエルの心は……記憶と共に……今も、ここにある。」

胸に手を当て、晃希は言った。

「魔物が、『食べる』為に求めるのは、『力』ある、己の力を増すことのできる『魄』だ。魂を喰らい、『力』である『魄』を取り込み己のものとしたとしても……『魂』はまだ生きている。片割れの『魄』を失い、魂魄としては不完全なカタチなために、霊体として具現したりはできないし、魔物に取り込まれたままでは輪廻にも戻れない。だが、『力』ある巫女であり、神の力をも有する竜姫の、心からの祈りならば、間違いなく、二人の精神(こころ)に届いている。」

冷えきった、竜姫の身体を抱き寄せる。

「……失われた『魄』を、俺の力で再生することは出来ない。でも、今の俺なら……魂を喰ったという魔物さえ見つければ、囚われた『魂』を引き剥がし、正常な輪廻へ戻してやることは可能だ。魂の傷を癒すのに時間はかかるだろうが……いずれは新たな転生ができるだろう。」

ぎゅっと、抱きしめて。

「お前の事だから……ずっと、泣くの我慢してきたんじゃないか?」

子供をあやすように、背中を軽く叩く。

「……当事者でもある稲穂様達の前じゃ、泣くに泣けなかったんだろう?」

 ……そう。多喜も稲穂も久遠も。後悔と自責の念にかられていた。

 もちろん、それに気付けない竜姫ではないし、そんな中、皆の気持ちも考えずに一人だけわんわん泣くなんてできる訳もない。

「久遠達の前じゃ泣けなくても、俺なら気にせず泣けるだろ?……俺は当事者じゃねえからな。それに、今を逃せばもう二度とこんな機会は巡ってこねーかもしれねーぜ。……なにしろ今日から実にユカイなのが加わる事になるからな……感傷に浸る暇さえきっと無くなるぜ?」

 晃希はそう言って、竜姫の顔を自らの胸に抱え込んだ。

 晃希の優しい言葉に、竜姫の涙腺から堰を切ったようにボロボロと涙がこぼれ落ち、喉から嗚咽が漏れ出した。

「千年……永いよな……。どんなに長く生きたって百年そこそこの人間にとっちゃ、六百年だって『永遠』みたいなもんだったが……その倍以上だぜ?」

服が涙と鼻水に濡れるのも気にせず、晃希は静かに語り続ける。

「……確かに今の竜姫は神でもあり、巫女でもある。でも、神としてまだ覚醒しきっていない以上、神としてお前ができることは殆どない。……だからつい、あせっちまう……。」

 ピクリと一瞬、身体を強張らせた竜姫に気付きながら、晃希は、優しく、優しく竜姫に言って聞かせる。

「……多喜が言ってたぜ?龍の子が一人前になるのは覚醒して後、百年も経ってからなんだって。いいか、神としての寿命は千年だ。でもな、竜姫。人間の、巫女・神崎竜姫の寿命は長くても百年なんだ。人間として、普通に楽しく人生満喫できる時間は、寿命に比べて遥かに短い。」

自分は、たった十六年しか満喫できなかったけど。

「今しか出来ないこと、沢山あるはずだろ? ……まず、俺がいれば、お前はこの社へ戻ってこれるはずだ。」

「む、無理だよう……。そ、そりゃあ、もう社を『襲われる』心配はないけど……、」

だが、伯母達を説得できなければ……

「……ああ、それならもう手は打ってあるぜ? まあ、実際手を回したのは俺じゃなく、そいつだけどな……。」

晃希は、背後の木立を指していった。

「!」

 ……久々の実家(いえ)だと油断したとはいえ――。

 暗闇の影から現れた誠人の姿に、気配にまるで気付けなかった竜姫は、驚いた表情を彼に向けた――。



 昨夜、疲れきった竜姫が眠ってしまった後で、ポスポスと襖を叩く音がして。

「……えーと、晃希……だっけ?……いるんだろ?」

と、ポソポソと潜めた声が廊下から聞こえてくる。

 晃希は晃希で疲れてはいたが、大量に飲んだ血と、夜という時間帯のせいも手伝って、なかなか寝付けずにいた。

 むくりと、面倒臭そうに起き上がり、竜姫を起こさぬよう、そろそろ襖を開けてみると、そこには寝間着姿の誠人が立っていて。

「……ちょっと、頼みたいことが……あるんだけど……少し、いいかな……?」

と、晃希を外へと連れ出した。

 借り物の、中年男性向けの寝間着は、現役高校生の彼には余り似合ってはいなかったが……。部屋のタンスから拝借してきた上着――これもダサめで似合ってない――を羽織り、家の裏の木立へ彼を連れ込んだ。

「……おい、いいのか? せっかく竜姫が気を遣ったってのに、俺なんかとこんな場所に二人だけなんて……。」

 こうして並んで歩くと、随分と背の差があるのがあからさまに分かって余りいい気はしないのだが……。

 晃希は、誠人の後頭部を不機嫌に睨み上げながら言った。

「……さっき、うちの母親に電話をした。明日・明後日は上手い具合に土日で休みだからね。ちょっと泊まり掛けのつもりでここへ来るよう言った。」

「待て。あんたの親って確か……。」

「そうだ。竜姫ちゃんがこの社を継ぐことを猛反対している。」

誠人は、内心ビクビクし通しなのを押し隠し、社の守護者たる彼に言った。

「力を、貸して欲しい――。」


 驚く竜姫に、

「……昨夜、父さんも連れて、ここへ来るよう言った。今日の夕方までには到着するだろう。」

制服をキッチリ着込んだ彼は言った。

「……一応、説得してみて。駄目だったら……。彼に、協力してくれるよう、頼んだ。今回の一件で、俺も色々考えさせられたし、反省もした。……こないだの言葉は撤回する。何も知りもしないで酷い事を言った。……悪かった……。」

誠人は頭を下げた。

「……こうして、現実を目の前に突き付けられるまで、俺はそれに気付けなかった。多分それは、うちの家族も同じことだろう。本当なら、言葉で説明して、それで納得して貰えたらそれが一番良いんだけど……。恐らくはきっと難しいだろう。」

俯いたままの誠人に代わり、晃希が続ける。

「だから、その時は俺が、力を使う――。」



『――あの日、俺の記憶を弄った様に、俺の両親の心を……』


「俺が、術で記憶を書き換える。……もちろん、この件に関するところだけだがな。」

「……でも……誠人君、ホントに……いいの?」

 竜姫が恐る恐る尋ねる。いくら『だけ』と言ったって、自分の肉親の記憶を弄られるなんて……。

「今、俺が竜姫ちゃんにしてあげられる事はこれだけだからね。俺には、彼のように君を守る力はないし、稲穂様達みたいに君を支えることも出来ない。社会的な権力もない。ナイナイ尽くしな状況は竜姫ちゃん以上だよ。」

 それに。もし、今自分が彼女と同じ境遇で、同じ立場に立たされたとして。その想いを推し量ろうとして感じた恐怖は……できれば二度と感じたくない――、そんな、不確かな想像でさえこれ程なのだ。

 それを、しっかり受け止め必死に歩く彼女の邪魔をしたくはなかったし、邪魔をする両親の姿も見たくはなかった。

「もう、竜姫ちゃんのためってよりは俺のためみたいなもんさ……。」

そう言って、誠人は苦笑いを浮かべた。


 山の向こうから、朝日が顔を出す。太陽の光に、闇が、一気に塗り替えられていく。

 眩しいほどの光に、辺りの山の緑が息を吹き返したように、黒から色とりどりの緑に色を変え、途端に小鳥が眠りから覚め、騒がしく鳴き始める。


「……さあ、もう行こうぜ。それより先に、もっと厄介な仕事を済ませておかなきゃならんからな。」

 晃希の台詞に、うっ、と表情をひきつらせた竜姫はがっくり肩を落としつつも、観念したように立ち上がった。

「……朝御飯にしましょう。今日のハードスケジュールにも耐えうるよう、思いっきり高カロリーなメニューにして。ガッツリいくわよ!!」

半ばヤケッパチに叫びながら、先頭切って山を駆け降りていく。

「コラッ、走るなッ!!」

 晃希はたしなめるように叫んでから、一人石碑に向き直り、一礼しながら、小さく彼女の両親へ、挨拶の言葉を向けた。

「……竜姫を。この世に産み出してくれたこと。心から感謝します。俺は。……俺は。生涯かけて、彼女を愛し、守る。そして。貴殿方を見付けたその時は……責任持って、輪廻の輪へ御還し致します。どうか、その時まで――」

「晃希ー? 何してるのー?」

「ん、ああ、悪い。今行く!!」

晃希は、竜姫に叫び返し、石碑に背を向けた。

「俺が、彼女を守ること。認め、許していただきたい……。」

 力はあれど、(えにし)の薄い自分の想いが、果たして届いているのかどうか……。

 けれど。

「必ず、見付けて、助けますから……。」

 晃希は呟き、心に誓った。彼らだって、恩人なのだから……。未来を(ひら)く力がこの手にある限り。救える力がある限りは。

「安らかな……眠りを――。」

 その為に。

 晃希は、竜姫に気付かれない様、ピイと控えめな口笛を吹いた。

 誘われるように飛んできたカラスの耳に何事かを呟き、空へ放った――。


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