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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
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ミカエルの審判

 のどかな田舎町――日本の――それも神社――。時刻は、五時を少し回った頃。これ程そぐわないシチュエーションも無いだろう。

 著名な宗教画家が見れば、モデルに対しあまりにミスマッチな背景に目眩を起こしたかもしれない。

 スポットライトのように天から降り注ぐ光の中、それより眩しい六枚の羽を有した天使が空から降りてくる。

 決して、柔らかくない光をまともに浴びるクラウスは、手足の指一つ動かせない身体をブルブル震わせ、光を失いつつある瞳を見開いた。

 ぱさり、と優雅な仕草でクラウスの前に立つその姿の神々しさたるや、クラウスなど月とスッポンにも及ばない。

 無条件に(ひざまづ)き、(ころべ)を垂れたくなる。

 晃希は、腹に力を込め、精神力の全てをつぎ込み、かの天使を正面から睨み付けた。

 「……我が名はミカエル。天の玉座の右に座するものである。」

 天使は名乗った。笑みを浮かべるでもなく、淡々とした表情で。無論、頭など下げはしない。

 「……何をしに来た。」

晃希の、低く問う声に、

「……この不甲斐ない天使を回収しに。」

表情同様、淡々とした声で天使は答えた。

 ……今まで散々、ギャンギャンうるさく吠えるクラウスと相対してきただけに、この応対の仕方に、「好感」でも「不快」でもない、何か物足りない印象を受けた。

 ……だが、相手は「宵の明星」なのだ。

 クラウスみたいな下っ端相手ならばともかく、もし「彼」を下手に怒らせれば、「創造主」との全面抗争になりかねない。

 ……しくじる訳には、いかなかった。晃希はすべての記憶を総動員して頭をフル回転させる。

 ――クラウスを回収……ということは、あれを引き取ってくれると言うことか……?

 と、

「――大天使クラウス。」

ミカエルは、あっさりこちらへ背を向け、クラウスに向き直った。一見、無防備な背が晒されているようだが……。

 「……あの明けの明星をぶん殴ったってだけはあるな、やっぱ。」

 晃希は、ヤケクソで笑みを浮かべながら、

 「……まるで隙がない。」

 半ば諦め混じりのため息と共に苦い表情でこぼした。

 「まさか……そんな雑用に、まさかわざわざあんな大物が出張ってくる訳がない。大天使相手なら……権天使か、良くて能天使あたりが遣わされて来るのが普通だろ……。」

 身体がジトッと汗ばんでくる。

 「六百年前、俺を『封印』しに来たのは……中級三隊の天使達……だ……。」

 今度は、確実に仕留める為に――。そう考えるのが妥当だろう……。

 だが……。

 「ミ……カエ……!」

 「大天使クラウス。貴方を堕天の罪により、このミカエルが粛正致します。」

 詰まった喉から絞り出すように、クラウスが呟くのを遮り、死刑宣告を告げた。

 ミカエルは、腰に携えた剣を――クラウスの神剣とそっくり同じ剣を――鞘から抜き放った。

 その無駄のない動作。刀身から溢れ出す神気の総量は、しかしそれとは別物。

 同じでありながら、まるで違う。それを目の前で見せつけられ、クラウスは己の器をようやく自覚した。

 ……もう、何もかも遅すぎたが。

 振り上げられた刀身から、創世の光が放たれる。光は、クラウスへと向けられる。

 ……光から創られ、光を糧とする天使。光の中、クラウスの傷はたちどころに癒され――は、しなかった。光は、癒しを与えるどころか逆に、クラウスの身体を灼き尽くしにかかった。……過ぎたる力は破滅の元である。

 「グッ、ア、アアアアァァァァッ!!!」

 クラウスの絶叫が辺りにこだまする。クラウスの身体が白く白く光り輝き、あまりの眩しさに直視できなくなる。

 一人、ミカエルだけが淡々と、その姿を見届ける。クラウスの身体が真実光と化し、夜空に溶けて、消えていくのを。

 ……カタチを失くしたクラウスの胸から、矢がこぼれ落ちた。矢尻を下に落下し、地面に突き刺さる。

 晃希は、眩む目を手で庇いながら、かつての仇敵が余りにあっけなく消される様を、複雑な思いで見つめていた。

 ……どうにもすっきりしない感情が、心の中にしこりを残す。けれど今は、感傷に浸っていられる状況ではなかった。

 クラウスの、最後の一欠片まで見送ったミカエルが、改めてこちらへ振り返り、刃を向けた。

「……やっぱり本命は俺の命か?」

 ダラダラ冷や汗が全身を伝い、心臓は激しく鼓動する。それを、無理矢理内に押し込め、理性と勇気と精神力をかき集めて蓋をして。

 晃希は、何食わぬ表情を取り繕って言った。

「……目的は、俺だけか?」

クラウスは、自分だけでなく、久遠や竜姫までをも殺そうとしていた。

「確かにあんたらの教義からすれば邪道なんだろうが……ここは、日本だ。」

ここでは、彼らこそが神なのだ。

「……俺はともかく、彼らは自分達の庭を荒らしに来た余所者を排除しただけだ。」

 晃希は、竜姫達を庇おうと言い繕ってみるが、まるで微動だにしない彼の表情から何かを読み取るのは不可能だった。

 晃希は、無駄と知りつつも、ギリギリとつい剣を握る手に力が籠ってしまう。

「……神に従わぬ人の子の罪を裁くは我の仕事にあらず。最期の審判にて、神の定めし運命を授けることが我に与えられし使命。」

ミカエルは言った。

「……我に与えられしもう一つの使命は大天使の指導者。よって、神の命も果たせず罪を犯した天使の粛正を行った。が、我に、堕天使討伐の命は下されてはいない。我が兄を除いては……な。」

「なら……見逃してくれんのか?」

「……お前が、神の創りし人の子に害を為さん限りは。……だが、既に犯した罪は重い。それに伴う罰は受けて貰うが……命までは()らん。もちろん次に少しでも間違いを起こしたなら、天は即刻、お前を消し去る決定を下すであろう。」

晃希は呆気に取られ、思わず剣を下ろした。

 “「正義」と「慈愛」の天使”の称号もまた、伊達ではないということか……。

「お前に、天より罰を与えよう……。」

ミカエルは、スッと手をかざし、天から降ってきた一つの光の珠を受け止め、言った。

「! それは……!?」

晃希は、それを見て目を見張った。そこにあるのは……

「これは、大天使クラウスの御霊。」

そう、悪魔の眼を持つ晃希には言われるまでもなく分かっていた。

「……!? 今ッ、消されたはずじゃ……!?」

確かに、クラウスの霊体が光となって消えるのをこの瞳で見たのに……?

「ええ、クラウスは一度光となって天へ還りました。……しかし、神のご意向で再び掬い上げられたのです。」

「……まさか、罰とは……、」

「一度浄化されたとはいえ、このまま天へ迎え入れることはできません。」

「……俺に、それを……引き取れ……と……?」

晃希は、目眩がするのを必死に堪えながら訊いた。

「……扱いについて、天は関与致しません。お好きにお使いなさい。」

今まで一切動かなかった表情に、「天使の微笑」を浮かべたミカエルが言う。

「な……!? な……!! な……、」

 二の句の継げない晃希に、ミカエルはクラウスの魂を爪弾いた。光の珠は放物線を描いて晃希の手元へ落ちる。

 ミカエルは、有無を言わせぬ「天使の微笑」を浮かべたまま、その場からフッと消えた。

 ……天へ、戻ったのだ。

 晃希は、押し付けられたそれを見下ろしながら、

「マジかよ……、」

竜姫達にどう説明したものかと、頭を抱えた。


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