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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
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運命の、『わかれ』導(みち)。

 その気配に、誠人は身体が震え出すのを止めることができなかった。

 太陽は、すでに半分以上山の向こうへとその身を沈め、東の空にはちらほらと星が、瞬き始めている。

 山の中、陽の恵みは急速に途絶え、辺りの空気は急激に温度を下げている――が、この震えは、そんな寒さによるものではなかった。

 何もかもを圧倒して押し退け、我が物顔で全てを蹂躙していく。そんな、途方もない気配。

 目に見える形などありはしないものだというのに、感じる重たいプレッシャーは、昨日クラウスから向けられたもの等とは比ぶべくもない。

 押し潰されそうな程の質量を有したそれに、何の力も持たない誠人は、ただ震えているしかなかった。

 ……その、凄まじい気配を発している張本人が、竜姫を抱えてこちらへやって来る。後ろに九尾の狐を連れて。

 剣を探しに行った久遠に代わり、付き添いに残っていた稲穂が、彼から竜姫を受け取る。

 ――クラウスが言っていた、何としてでも倒したい『魔物』。空の上で、天使を相手に、人ならざる黒い翼を持ち、戦っていた彼。

 久遠は彼を『守護者』と()んだ。実際彼は竜姫を救った。

 誠人の前で彼は『狛犬』となり、今、社に仇なす敵として、あの天使を廃そうとしている。

 ……もし。今後彼の居る前で、竜姫に、三日前に彼女に投げつけた言葉を再び口にしようものなら――。……恐ろしすぎる。誠人は事態が落ち着き次第ただちに、あの日、竜姫に頼まれた任務を火急的速やかに、かつ確実に遂行することを心に決めた。

 が、晃希を含めた誰一人、この状況下で誠人に注意を向ける者はなく、

「稲穂様。竜姫をお願いします。」

と、纏う気配の質からは思いもかけない程の丁寧さで頭を下げる晃希に、誠人は目を丸くした。

 ……自ら血を与え、力を与えた小娘、と。クラウスは言った。その言葉通り、彼女は戦いに傷付いた彼に、迷いも躊躇ためらいもなく、己の血を差し出し、これほどの力を引き出させた。

 その彼女を見る彼の目は、彼を包む凶悪なほどの空気を一瞬忘れそうになるほど暖かく、優しい紅い瞳をしていた。

 あの日、自分から制服一式を奪っていった時に見たものとは、まるで別物。

 あれだけ顔の良い男にあんな顔をされたら、女性どころか男だってついホロッとほだされてしまいそうだ。

 ……野郎相手にドキドキ高鳴る自分の心臓に、誠人は、単なる気の迷いだと思いたかったが――。

「いや。これは、あれだ。吊り橋上の恋とか、そういうやつだ。」

 そう、きっとそうなのだ。本当はこの恐ろしいプレッシャーに胸が高鳴っているだけで。そう、従妹のキスシーンだとかを垣間見ちゃって、ちょっと落ち着かない気分なだけ。

 誠人は、そう自分に言い聞かせつつ、

「俺ですらまだなのに……。」

……と、少し焦点のズレた事柄に軽くショックも受けていた。

 だが、現実は、そんな平和な思考を許すほどの余裕は皆無だった。

 晃希が甘い表情を見せたのは、稲穂に竜姫を預けるまでのほんの僅かな間だけ。

 彼は、竜姫を稲穂に預けると、すぐさま踵を返し、空へと――戦いへと――翼を広げ、飛んでいく。

 久遠から自分の剣を、受け取って。そうして、再び誠人の手の及ばぬ場所へと向かう、その背を、竜姫は稲穂の腕の中から誇らしげな表情で見送る。

 稲穂も、若干苦笑しながらも、暖かな瞳で二人を交互に眺めやり、激しく複雑に表情を歪める久遠の腹を容赦なく蹴っ飛ばす。

 きゅーん、と、悲しげな呻きをあげ、金色の瞳を涙に潤ませる久遠。

「久遠。いい加減腹を決めな。……彼が、狛犬として成ったということは。――分かっているだろう?、多喜様の出した二つの条件を飲んだということだ。……姫も。もちろん、分かっているね?」

稲穂の問いに、竜姫は無言で頷いた。

「……それだけの決意を持って、彼はこの社に仕えるみちを――竜姫と共に生きる導を――選んだんだ。それを、つまらない嫉妬で砂をぶつけるような真似をして、踏みにじるような事は、この稲穂様が許さん。」

キッパリ言ってのける。

「わ、分かってるよぅ……。」

九本の尾っぽを股の間に挟み込みつつ、久遠が答えた。

 ……誠人には、会話の意味の半分も理解できない。

 空の上の戦いよりは近い場所で、手も届きそうなのに……。実際は、大分遠い。――おそらくそれは、長らくこの事実を直視せず、目を逸らしたまま、彼女を傷つけてきた分、開いた距離、なのだろう。

 誠人は、もうあらかた闇に染まった空を見上げた。……あの天使は。まだ。……気づいていないのだろう。気づかないままに……いや、気づこうともしないまま、醜態を晒している。

「……俺は……。ああはなりたくないな……。」

 きっと竜姫たちから見れば、今までの自分も、あれと五十歩百歩だったに違いない。

 ……誰も、理解者の居ないあの学園で。彼女が出会った彼。詳しい事情は分からないけれど。竜姫が彼に味方した理由が、ぼんやりながらにも、分かったような気がする。

「……あの天使を倒したら……。きっと次の敵は俺と……(ウチ)……なんだろうな……。」

 社を継ぐのは馬鹿なことだと言った自分と、ずっとそう思い続けてきた自分の母親。自分の常識を信じて疑わない者に、非常識な真実を認めさせること。

「……難しいな。」

 身に覚えがある分、余計にそう思う。でも、自分はもう、知ってしまったから。……知ってしまった以上は。

 元より責任感も強く、真面目な性格の誠人だ。生徒会長として得、積み重ねてきた信頼は伊達じゃない。

 知らない振りをして、放り出す事など、彼には出来なかった。

「……あの。」

 まだドキドキする心臓を、理性でねじ伏せ、誠人は前に立ち並ぶ彼らに声をかけた。

「あの、お願いが……あるんですけど……。」

その声に、三者三様の表情がこちらを振り返る。

「……ん、どうした?」

稲穂が尋ね返した。

「俺に、もっと詳しい事情を、教えていただけませんか……?」



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