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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
36/53

新たに……

 「……っ、」

 ……ありえない、はずだ。こんなことが、あるはずはない。

 荒い、呼吸。が、それ以上に、クラウスの心は――。

 ……神から賜った、あのミカエルも使う剣を手にした自分が、まさか、こんな……。

 ――キィン。

「クソッ、」

まただ。……また、弾かれた。

 ……いくら魔剣を手にしているからといって。……例えそれが兄でもある堕天使サハリエルが愛用していた剣だとしても。

 こんな。……色々と小賢しい魔術を操るとはいえ、所詮ただの小娘なのに。この大天使クラウス様が全力を尽くして戦っているというのに。……何故、まだこの小娘はこうしてまだこの世に生きている?

 信じたくない、認めたくない。

 けれど、どんなに自分を誤魔化してみても、目の前にいるこの少女が今だ生きて剣を手に自分と互角の戦いを繰り広げている現実は。もう――。

「……っ、認める訳にいくかっ!!」

信じたいものと。信じたくないものと。

 その狭間でジレンマと戦いながら、クラウスは一人叫んだ。

 が、……荒い呼吸を繰り返しているのは何もクラウスだけではない。むしろ、何度も何度も宙への跳躍を繰り返している竜姫の消耗の方が余程深刻であった。

 ルードが貸してくれた魔剣と、それにこめられた魔力のおかげで善戦してはいるが、人間の範疇を越えた運動量の分の負荷は、それとは思えないほど僅かなものながらに、しかし、時を経る毎に確実に蓄積されている。

 ……そもそも昨日の一件で体調は戦闘など無茶どころでは済まないレベルだったはずの所を、この武器で穴埋めしている状況なのだ。

 幸いというか……。武器――魔剣――の力は穴を埋めてもまだ余りあっていた為、ここまで普段以上に動く事ができた。

 ……だけど。

「……そろそろ……キツくなってきた……。」

 跳躍が次第に重たくなってくる。……稲穂の攻撃を避けて高く飛ぶクラウスに、跳躍が次第に届かなくなり始めた。

 稲穂が風を操り、宙に留まりやすいよう援護してくれてはいるが……。

 その、稲穂の表情も――……一見しただけでは分からない程度ながらも――苦々しいものへと変わりつつあった。

 ちらっと後方を見やれば、誠人はぐったりと木の幹に寄りかかったままほとんど動かない。

 側についている久遠の様子からするに、そう心配はいらなそうだが、久遠を戦闘に呼び戻すには……無理が、あった。

「……さすがに、そろそろ……やーばい……ね……、」

 グッと、手にした剣の柄を一層強く握りしめながら、竜姫は剣の主が戻るその時を信じ、精一杯の力を足へ籠め、宙へと跳ぶ。

「クラウスっ、今のうちに覚悟しておきなさいよっ!」

上空の天使に向かって叫びながら。

「ルードが、戻ってくる前にね!!」

 後ろから、稲穂の風が追い風となって、竜姫の背を押し、身体を空へと押し上げる。……しかし、その速度は明らかに落ちていた。

「覚悟しろはこちらの台詞だ!!」

竜姫の身体が、クラウスのいる高さまで届くより早く、今度こそとばかりに天使は、バチバチと火花の散る雷を手に握り、高く掲げた。

「!?」

まだ上昇を続けている最中の竜姫に、避ける術はない。

 雷撃に向かっていく格好で、落ちてくる雷を、魔剣の刃で受け止める。途端、バチバチバチッ、と派手なスパーク音と共に、目を灼く様な光が、弾けた。

 ……こちらへ向かって来る攻撃へ突っ込んだ分の重みが、竜姫へとのし掛かる。

 まだまだ成長途中の少女の華奢な身体。……到底、耐えきれるはずもなく。弾き返され、まるで爆風に吹き飛ばされでもしたかのように、地へと叩き返された。

「姫っ!!」

 物凄いスピードで地面へと墜ちていく竜姫に、稲穂は宙空から青い顔で叫んだ。あんな勢いで地面へ叩きつけられては、命の保証はない。

 が、今この状況では、何をしようと稲穂に彼女を救うことは不可能で。……ましてや後方待機中の久遠など当てにならない。

「姫っ、姫!!」

 墜ちていく竜姫の姿が、一瞬の時を何十倍にも引き延ばしたスローモーションの様に見える。もどかしく腕を伸ばすが、……届くはずもなく。

 悪夢のような絶望が、稲穂の脳裏に過る。

「……っ、」

 ここ何代かの中で飛び抜けた霊視能力を持って生まれ、この自分相手に物怖じもせずニコニコ笑って後をついてきたかつての幼子は、稲穂のお気に入りだった。

「竜姫っ!! 誰かっ……、」

こんな時、人は神に祈るのだろう。助けてくれ、と。

 だが。……自分が、神なのに。こんなに必死に手を伸ばしても、届かない。もどかしくて、もどかしくて。

「竜姫っ!」

 ……だから。そう、竜姫の名を呼ぶ声が耳に届いたとき、稲穂は、彼に、心底感謝した。

 黒い翼を広げ、竜姫の元へと矢のようにけ、地面へ激突する寸前で見事に彼女を抱き止めた、彼に――。

「……悪い、待たせたな。……大丈夫だったか?」

 艶めく黒い翼。あの空の上の天使と色違いのそれで、ルードは竜姫を姫抱きにしたまま、静かに地面へと降り立った。

「……ルード、……それ………は?」

 後を追うように地面へ降りた稲穂が、腹いせにかまいたちの三連撃を空へと放ちながら、こちらへと駆け寄って来るのを横目に見ながら、竜姫は彼の背の翼へ手を伸ばした。

「……手触りがある……、って事は……?」

羽を弄くられて少しくすぐったそうな表情をしながらも、ルードはその問いには答えず、

「……伝えなきゃならないことがある。」

竜姫と、稲穂に言った。

「……久遠は?」

「……あっちで誠人君についてて貰ってる。」

そう言って竜姫の指した方をちらりと見やり、ルードは、

「話がある。」

と、竜姫を抱えたままスタスタとそちらへ歩き出した。

「ちょ、ちょっと……、クラウスは!?」

 ……ルードの表情を見れば、重大な話なのだろう事は察しできる。

 だがクラウスは、その大事な話し合いの間中、黙って待っててくれるような親切な相手ではない。しかし、

「……大丈夫。」

ルードは落ち着き払っている。

「見てな。」

 そう言って、笑う。そして、ルードは口を開き、竜姫には意味不明な発音の言葉をつらつら並べ出した。

「……何を……?」

 その瞳は、煌々と、紅く光り――。その、言の葉を紡ぎ終えた途端、上空の天使が、ピタリと動かなくなる。

「え……、何?、今、何をしたの……?」

 すぐさま上空から、天使の憤りの叫びと、数々の罵詈雑言が降ってきた。……が、当のクラウス自身は、空の上でピタリと縫い止められたようにその場から動かない。

「……ちょっと魔術をお見舞いしてやった。あんまり長くは保たないけど、まあ、話をする間くらいは足止めできるだろ。」

言いながら、少し早足に久遠の元へ歩み寄った。稲穂も、後に続く。

「……ルード――。」

久遠は彼の名を呟きながら、スックと立ち上がり、その赤い瞳を見上げた。ルードは、竜姫を降ろしながら、久遠の傍らに横たわる青年に視線を向ける。

「……あ、……あの……、」

紅い瞳と目の合った誠人がどんな言葉を繋げば良いのか分からないまま泳ぐ瞳に、ルードは、

「……? 竜姫、コイツ常人なんだよな ……なのに……視えてるのか?」

少し困った風に訊いた。

「……あの天使のせいで死にかけたからねぇ。コイツも一応神崎の血縁だ。火事場の馬鹿力的なアレで奥底に眠ってた血が覚醒したらしい。」

稲穂が、ため息混じりに答える。

「……稲穂様……、……俺の話、察しはついてるんでしょう? ……コイツの前で喋っても?」

「……むしろ聞かせてやれ。」

問いの答えは稲穂ではなく、久遠から返った。

 稲穂も、その言葉に頷くのを見たルードは、改めて竜姫と正面から向き直り、その足元に跪いた。

 稲穂は、すぐさま竜姫のすぐ後ろ――右ナナメ後ろ――に立ち位置を変え、久遠はさらにその左後ろへついた。

「我が名は、ルードヴィヒ・アンセルム。」

 ルードは、立ち並ぶ彼らを見上げ、そう名乗りをあげた。

「先代一の神多喜様より、狛犬の任を賜り、私、ルードヴィヒ・アンセルムは、本日この時より、その任を承りたく存じますゆえに。」

 小難しい言い回しもごく自然に、流暢な日本語を紡いでいく。

「当代一の神、竜姫様。二の神、稲穂様。三の神、久遠様に。絶対の忠誠を捧げ、隷属を誓い申し上げる。」

 ……それは。契約の儀。

 稲穂が、懐から鈴を取り出し、竜姫に渡す。竜姫は、右手の鈴と、左手の剣とを持ち変えながら、ルードの前へ立った。

「……ルードヴィヒ、アンセルム。貴方に、新たな名を授けましょう。」

全ての感情を内へ押し込んで、巫女の表情を浮かべて竜姫は言った。

「……晃希こうき。」

告げられた名に、彼は眩しげな表情をした。

「豊生神宮、狛犬、晃希。」

鈴に通された紐を、彼の首にかけてやりながら、竜姫は、新たな彼の名を呼ぶ。

「豊生神宮、一の神、竜姫の名において命じます。狛犬として、社を守りなさい。」

手にした剣を彼に渡し、そして、命じる。

「晃希。あの、不届き者を片付けて来なさい!」

「御意。」

 『晃希』は一度頭を下げ、すぐさま立ち上がって踵を返した。タタッとニ、三歩軽く駆けた所でバサリと背の翼を一杯に広げて空へと羽ばたく。黒い翼はルードの身体をフワリと宙へ持ち上げ、そのまま上空のクラウスの元へと誘う。

「……晃希、か。良い名じゃないか。」

稲穂が、竜姫の肩をポンと軽く叩きながら言う。

「『久遠』に『晃希』……、良いネーミングセンスをしてる。」

その横で、

「希望の光……。名前はカッコいいけどさ、……アイツにはちょっと勿体無い……、うっ、」

と、久遠がぼやくのを蹴りつけて黙らせる。

「多喜は……。」

少し沈んだ風な竜姫に、

「……私らは神だが。それでも、きっと感謝しながら逝ったんだろう。運命というやつに。」

稲穂は、彼女の肩を抱きながら空を見上げ、眩しげに目を細めながら、彼の背を眺めた。

「アタシも……。感謝しきりだよ。」

その言葉に、

「……色々色々、気に食わないことだらけだけど。」

久遠が少し寂しそうに呟いた。

「でも……、そうだね。そういう意味での感謝は……ボクもしてるよ……。」

渋々ながらにも、そう認めて。

「……悔しいけどね。」

久遠は苦笑しながら言う。

「……初めて会ったとき、彼、『人間だった頃の名』としてルードと、そう名乗ったけど……。二度目に会ったとき、『ルードヴィヒは死んだんだ』って言ってた。『自分に名はない』って……。」

過去の名を捨て、新たな名に。これは、儀式。昔から決まったしきたりなのだが。

「でも……、良かったのかな……?」

竜姫は自問する。

「やっと、自分に戻れたって……、『ルードヴィヒ』だって思える……そう言ってた矢先にこんな……。」

 迷う竜姫に、稲穂は容赦なく拳骨を見舞った。ゴンッ、という痛そうな音に、殴られたわけでもない久遠までもが身を竦める。

「あの子は、自分の過去を悔いながらも、きちんとそれと向き合い、受け止めていたじゃないか。言ってただろう?『生きたい』んだと。……彼なら、新たな名で再出発出来ることを喜ぶだろう。見ただろ?……嬉しそうな表情をしてたじゃないか。」

……痛みに――。目を潤ませる竜姫に、

「……それをお前がそんな表情をしていたら、彼は心から新たな名を受け入れられなくなるよ。……新たな門出だ。笑って、思いきり祝福してやりな。」

稲穂は言った。

「あれが片付いたら……。鹿か猪でも狩ってきてやる。宴を催そう。……多喜様の追悼と。新たな家人の歓迎パーティーを兼ねてな。そうだ、舎弟共に言いつけてキノコやら山菜やらを届けさせよう。……時季には少し遅いが、まあ探せばまだあるだろ。」

……稲穂は、この辺り一帯の野性動物の『スケ番』でもある。

「……アンタにも、相伴にあずからせてやろう。」

目の前の展開について来られていない様子の誠人は、

「は……、あ、」

と、曖昧な返事を返しながら、チラチラ盗み見るかのように竜姫を見る。

「……誠人君、巻き込んでおいて悪いんだけど、詳しい状況説明はもう少し待って?」

そう。あの、戦いが、終わるまで……。

 誠人の視線に気付いた竜姫はそう言って、空にいる彼に視線を投げた。


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