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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
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多喜

 祠は、久遠の言う通り、すぐに見つかった。決して豪華な造りではない。シンプルに、白木のみで造られた、小さな祠。

 サイズ的には……そう、小学校の校庭の片隅にポツンと置かれた百葉箱程。小さな御社の正面には、格子状の扉があり、目の隙間から、安置されたご神体が見えた。

「……来たね。さあ、扉をお開け。」

 祠の中から声が聞こえ、その声音に同調するように祠の内部でうすぼんやりとした光が明滅する。

 空ではクラウスを相手に攻防を繰り広げる竜姫達の姿が、木の枝と枝の間からちらちらと見え隠れしている。

 見たところ善戦しているようだが、……のんびりとはしていられない。ルードは声の指示に従い、格子の木枠にそっと指を掛け、手前へ引いた。

 キィ、と蝶番の軋む音。……扉の向こうにあったのは……一枚の鏡。

 それも……これは姿を映すのに使うような類いの品ではなく……古来から占術や呪術に使われていたもの。

 卑弥呼の時代、中国から渡ってきた『青銅の鏡』に良く似た造りのそれは、ルードの姿を鏡面に写し出すも、像がぼやけ、姿形ははっきりしない。

 ……が、ピカピカに磨き上げられた鏡面が、ポウッ、と、淡く光っている。何かの光を反射しているのではなく、確かに、鏡自身が光っている。

「久遠はともかく……稲穂のお眼鏡にかなうとは。大したもんだね、あんた。」

くっくっくっ、……と。こんな状況にもかかわらず、楽しげに笑いながら。鏡……いや、多喜は言った。

「で、うちで狛犬やりたいって事らしいけど。間違いないな?」

「……え、っと。狛犬……というのは? 俺は……番犬として――用心棒として――ここに置いて欲しくて……。」

 久遠や稲穂もそうだったが……。神と言うわりに、以外とくだけたしゃべり方をする。

 ……しかも、多喜の場合、相手は鏡だ。相手の表情を読めず、対応に戸惑いながらも、ルードは答えた。

「ん、ああ。日本の神社にはね、神を守護する役目を負う番犬が大抵、二匹、出雲から派遣されて来るんだよ。そいつを『狛犬』と呼ぶんだがね。アタシは元は大陸出身の神だし、稲穂も久遠も元々悪さばかりしてた妖だからねぇ、出雲のお偉い神さん達が狛犬を貸してくれないんだ。……まあ、うちのは皆、かたっくるしいのは苦手だから、今までそんなもの欲しいと思ったことなんかなかったんだが。……あの日だけはね、後悔したんだよ。」

「……竜姫の両親が亡くなった日、ですか?」

「……あの子には悪いことをした。あんな(むご)い死に方で親を失わせて……、辛い宿命を負わせてしまった。」

……表情こそ見えないが、声音に後悔の念が混じる。

「だからアタシはね、久遠に話を聞いた時点でお前を受け入れる決断をした。」

「! じゃあ……!?」

ドクンと、その言葉に心臓が反射的に反応する。

「……アタシの出す条件を全て呑むなら……いいだろう――我が主より預かりし豊生神宮――その狛犬の椅子をお前に預けよう。」

「! あ、ありがとうございます!!」

ルードは喜色満面、頭を深々下げた。

「待て。条件を呑むならと言っただろう。」

「……その、条件とは?」

「条件は二つ。……まず一つ。竜姫と契り、子を残す事。そして二つ目は……、アタシの魂を受け入れる事。」

言われて、ルードは思わず目を見開いた。

「……は?」

自分の耳を疑う。

……今、多喜は何と言った?

「貴方の魂を受け入れる……?」

 いや、それはいい。……いや良くないが。説明もなく、どういう意味なのか良く分からない……が。しかし。

 一つ目の条件。

 ……何と言った!?

「子を……、残せって……。」

 魔物に堕ちる前は、十六の健全なオトコノコだったルードだ。……当然、それが何を意味しているのか、良く分かっている。

「……俺は魔物ですよ? ……まあ身体の生理的な面に関しては人間だった頃と変わりませんから……行為自体は可能ですけど……、生まれてくる子は……まず普通の人間ではないでしょう。……それに何より……、竜姫はまだ……」

言いながら、……何故だろう、心の奥底で、ルードのものではない、別の記憶がチクチクと痛む気がする。

「今すぐとは言ってないだろう。竜姫がその気になってからで構わない。」

多喜はあっさり言うが……。

「でも!! ……俺は!」

込み上げてくる、訳の分からない痛みに、心が乱される。

「分かっている。……その、魔物の血が欲しいんだよ。強い、力のある血がね。」

「!?」

「……どうしても、力ある巫女が要るんだよ。竜姫のために。」

「……竜姫の、ため?」

「あの子の伯母の話は聞いたろう? ……アタシの守護が途絶えた今、普通の男と契れば、生まれてくるのは常人のみだ。……龍神の子が、全ての能力を使いこなせるようになるまで、百年かかる。……その間、常人しか生まれなかったら? あの子の伯母のように、社など必要ないと……そう考える者が社を継いだら? ……ここが、廃社になってしまったら……あの子はどうなる? ……人でなくなったあの子は?」

 ……かつて人でありながら、人でなくなった者。

 今、この社を失えば、ルードは行き場を失う。居場所がないというのは、とても惨めで……寂しく、辛いことだ。

「……力はあるでしょう、俺の血を引けば、子供は半魔物ですから。ですが、『巫女』となれるような……、そういう力を持つとは限らない……どころか、世を荒らす化け物が生まれてくるかもしれない!!」

 ……叫びながら、ルードの脳裏に、覚えのない記憶がフラッシュバックする。……これは―――。

「……うっ、くっ、」

ルードは心に渦巻く息苦しさに耐えきれず、膝をついた。

「……、サハリ……エル、」

今まで落ち着いていた制御が、脆くも崩れ去ろうとする。

「……やめろっ、出てくるな……!!」

ルードの意識を押し退けて、表に出てこようとする、もう一人の自分を必死になって押さえつけようとするが――

「待て。そう無理に抑えるな。」

「……抑えなけりゃ、社どころかここらの人里が……っ!」

制され、ルードは苦しげに反論しようとするが――

「無理に抑えるから、暴走するんだよ。」

額に脂汗を浮かべる彼に、多喜は事も無げに言う。

「何もかも、自分の意思を力でねじ伏せられて……気分の良い者がいるかい? ……まあ、あんたの中の吸血鬼の意識とやらは自我がないようだから、そういうやり方でも通用するだろうけどね。その、サハリエルとやらは元は高位の天使で……今も力ある堕天使なんだろう? 当然、プライドなんかも高いだろうしねぇ。」

「だからって、こいつの思い通りに動くわけにはいかない!」

……もう、これ以上は。

「だから、そう本人に直接言いなさい。言って……必要なら闘いなさい。戦って、勝って。」

「……戦う? ……どうやって?」

「二つ目の条件を呑みなさい。……アタシの魂を受け入れ、力を得なさい。神の力を。……そしたらアタシが用意してやるよ。現実世界に影響の及ばない、バトルフィールドを。」

 ……事態は、差し迫っていた。もう、力の制御は限界寸前だ。血を貰うにも、竜姫は――。……クラウスも気になる。

 YesかNoかの二択。……迷っている暇はなかった。

「でも、……そんなことしたらあんたは? ……この社や竜姫や……久遠逹は?」

それでも。ルードは問わずにはいられなかった。

「アタシはもう死んでる。今のアタシにできることはもう、これだけなんだよ。遅かれ早かれ……ここにこうして居ることすらできなくなる。だったら……今、出来ることをするだけさ。……この社の、主神として。」

竜姫に。……一言、断りを入れたかったけど。

「……、なら。」

それが叶わない今。後でなじられることを覚悟で、ルードは答えた。

「二つ目の条件、呑みます。」

「良く言った。」

 鏡が、パリンとひとりでに割れ、輝きながら明滅を繰り返す光の玉が弾かれたようにこちらへ飛んできて……。ルードが必死に押さえる胸の中へと吸い込まれていった。

 ……その事実を飲み込むより早く、ルードの身体は一切の動きを止め――意識は己の内へと落ちていった――。

 尚も続く戦いが繰り広げられる上空ではなく、雪と枯れ葉ばかりの地面を見下ろしながら……。


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