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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
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繋がる気持ち

 「……、」

 聞いてたのか? ……等と尋ねるまでもなく。彼女の背中がそうだと言っている。

 ガサガサと、白く雪に覆われた枝葉を掻き分けながら。制服から着替えたばかりの紅白の巫女衣装が雪に濡れるのも気にせず、ほとんど道なき道、と表現すべき獣道を、竜姫は迷いなく突き進んでいく。山の上へと。

「ねぇルード、さっき稲穂に言ってた事……、本気なの?」

 紅白の衣に良く映える長い艶やかな髪が、葉についた雪を掠め、湿り気を帯び、艶やかさが更に増して見える。

 紅と白と黒と。

 同じ色使いでも、白と黒の割合の違いだけで、ルードとは大分印象が違う。

 眩しい太陽と。

 儚い月光と。

「ああ、そのつもりさ。……お許しが出れば、の話ではあるけどな。」

 山の中の木立の下は、葉の大部分が、足元に枯れ葉となって落ちているが、それでも、絡み合うように伸びた枝が、僅かながらも陽光を遮ってくれる。

「――なんで……?」

「ん?」

「だって、ルード。こないだはクラウスに復讐する為の力が欲しいって……、その為に、ここへ来たいんだって……、そう、言ってたじゃない……。なのに、何で?、……いつの間にそんな話になってたの?」

僅かに、肩を震わせながら、竜姫はルードに尋ねた。

「……生きたいと。生きていたいと、そう思えたから。……そう、思わせてくれたから……かな。」

「――?……っ、」

 確かに、この間まで、自分の命を軽んじている風であったルード。あのバカを倒した後の彼については、竜姫も気にはしていたが……。

 ふっ、と。後ろを振り返り、ルードの表情を見て。竜姫は言葉に詰まった。

 慈しむような笑顔。今まで、見せたことの無いような……どころか、しそうにもなかった表情を、竜姫に向けている。

 ……いわゆる『イケメン』というやつである彼のあの顔で、あんな表情をされて、平常心を保てる女性はそう多くは居ないだろう。ましてや彼に特別な想いを抱いていれば……。

「でっ、でも……!」

ぐらつきそうになる気持ちを、何とか立て直し、

「だったら何もここでじゃなくたって!!」

……しかし、言葉が感情的なものになるのまでは抑えきれず、竜姫は、叫ぶように言った。

「本当に生きたいと、そう思ったなら、他にも生き方はいくらでもあるはずでしょう?」

枝を避けた手に、必要以上の力がこもり、バキッと乾いた音と共に枝が折れた。

「血が要るならあげるよ、別に、それで見返り貰おうなんて思わない。」

手にした枝を、脇の茂みへ投げ捨てながら。竜姫は、もう一度ルードに向き直り。

「……それでも?」

そう、尋ねた。

「ああ。」

互いに、互いの瞳を見つめ合いながら。ルードは頷いた。

「俺は、魔物だ。意識はどうあれ、な。血を貰って力を抑えたところで、それは変わらない。年も取らないし、普通の人間に混じって普通の暮らしを……、なんて、俺には無理だ。」

そう言いながら、ルードはスッキリした表情をしている。

「だったら、居心地の良い場所で、自分のやりたい事して生きてく方がいいだろ?」

そんなルードを見ながら、竜姫は目を伏せた。

「……何にも、……、血をあげる以外、何もできないのに……、それなのに……?」

声を震わせ、竜姫は言った。

「昨日だって、ただ見ているだけしかできなくて……、そんなのはもう嫌だからって……あの日からずっと……そう思って……頑張ってきたつもりだったのに……結局っ……、せめてもの力になれればと思ってここへ連れてきたのに……、これじゃあ立場が逆じゃない!!」

 ずっと。

 ずっと、心の内にあった想い。力の及ばぬ悔しさに。しかし、ルードは、今にも泣き出しそうにすら見える彼女を、

「俺の決めた道だ。俺の気持ちに、竜姫の事情は関係ないだろう?」

あえて突き放す。

「まあ、実現するには関係なしとは到底言えるわけもないが。なぁ……本当に、そう思うのか、竜姫?」

 ……竜姫がルードに与えたものが、本当に血液だけ――その効力も含めて――だと。

 軽く怒りを含んだ瞳で睨みながら、ルードは尋ね返した。

「俺は、お前からもっとずっと大切なものを沢山、貰ったつもりでいたんだけど……、違ったのか?」……自分の力に、いまいち自信を持ちきれない。

それは、彼女のトラウマなのだろう。

けれど。

「竜姫っ、ルードッ、マズイよっ!!」

と、藪の中ガサガサと、枝が身体を引っ掻くのも構わず駆けてきた久遠が叫んだ。

 昨夜別れてそれきりだった久遠の、艶やかな金色の毛皮にいくつも、泥のついた足形がくっついているのを見て、竜姫はふい、と目を逸らし。ルードは疑問符の浮かぶ瞳を向ける。が、久遠はそんな平和な反応をみせる二人に、もどかしそうな表情をしながら、衝撃の一言を発した。

「ヤバイよ、アイツか来てる!!」

アイツ、の一言に、ルードと竜姫は瞬時に互いの瞳を見交わし、そして久遠の瞳を見た。

「……ルード。」

「……俺じゃない。さっき一瞬だけ力の制御を緩めはしたが、あんな遠くで俺の気配を察知できるほどじゃなかったはずだ。」

「……連れがいるんだよ。」

「連れ……、って……?」

「アイツ、誠人を連れてる。」

「ええ!?」

「もうあと五分も余裕はない! ルード。多喜様の祠はもうすぐそこだ。このままこの道を登って行けばすぐに分かるだろう。行け、行って多喜様の御墨付きを貰ってこい。それまで、僕と稲穂姐さんと……竜姫で奴を抑える!」

二人の瞳を交互に見ながら。

「……分かった。頼む。」

ルードは即座に答えた。そして。

「竜姫。」

揺れる竜姫の瞳を力強く見つめながら、ルードは言った。

「俺が、お前から貰った一番大切なものは、血なんかじゃない。」

ザクザクと、足元の雪を踏みしめながら、ルードは竜姫へと歩みより――

「俺が貰った一番大切なものは……」

――そっと唇を寄せ……、

「……この気持ちだよ。」

そして、重ね合わせる。

「!」

「ああっ!!」

ほんの一瞬のキス。久遠は九本の尾を膨らませ、口をパカンと開けて叫んだ。

「こらっ、お前っ、何を!」

しかし。

「……何よ、いっつも自分ばっかり不意打ちで……、ずるいっ!」

と、竜姫はルードの襟元を掴んで締め上げる。

 間近に迫るルードの綺麗に整った顔に怯みそうになりながらも。竜姫は自分からルードの唇に口付けた。

「……それを言うなら、私だって……」

 驚いたように紅い瞳を丸くするルード。顎が外れんばかりに口をパックリ開け、言葉も無い久遠。

「……これは、両想いと解釈していいのか?」

結ばれた、紅い絆。

「……たぶんね。」

「たぶんって……。なあ、竜姫。お前、もうちょい自分を信じろ。その心も、魂も、力も。どれ一つとして、俺や、あのバカ天使や……他の誰にだって劣ってやしないんだから。身体は……まだ人間なんだ、魔物と比べちゃ限界があって当然だろ?足りない分は、俺が補ってやる。頼れ、……お前は一人で頑張ってる訳じゃないだろ?」

 ルードは、そっと抱き締めて言う。ドクンと、力強く脈打つこの心音は果たしてどちらのものか。

枝と枝の間から見える青い空に、白い翼を背負った天使が、見える。

「これを、持っていけ。」

ルードが差し出したのは――

「剣?」

あの時、クラウスとの斬り合いに使っていたそれで。

「……まだ、体調は万全じゃないだろ?」

まだ白っぽい竜姫の頬を撫でた後で。その手を刃の前にかざして、

「これに……、俺の魔力を……」

鋭い刃で己の掌を貫き、鈍色に光る刀身を血で紅く染め抜いた。

 たっぷり注がれた血は、しかし地面に落ちることなく、まるで剣に飲み込まれるように刀身から消えていく。

 ……だが。消えたのは、あくまで色だけで。溢れた血から感じた魔力の気配は消えること無く刀身を覆い尽くしている。

「持ってみて。」

渡されて、竜姫は重たそうな剣を受け取り――

「……っ、え、何これ……?」

柄の先から刃先まで重厚に造られた剣が、箸より軽いなんて。竜姫は試しにブンブン振り回してみる。

 ……体育の授業で振ったテニスラケットよりよっぽど手に馴染む。

「こういうタイプの剣だと……、フェンシングが似合うんじゃない?私、日本風の剣道の心得しかないんだけど……?」

 ……剣から感じる力は本物だ。だが、使い手の腕がヘボくては……、宝の持ち腐れと言うか……。

「信じろ。」

だが、ルードは一言そう言って、竜姫の肩を叩いた。

「俺と、お前自身を。」

自信に満ち溢れた笑顔で、ルードは、

「すぐに行くから。」

と。颯爽と駆け出して行った。これから竜姫が案内するはずだった道を、山の上にある多喜の祠へと。

 竜姫は剣の柄をグッと握りしめ――歯を食い縛る。空を見上げれば、もうすぐそこに災厄が迫っている。

 やるべき事が。巫女として。そして、ルードを慕う一人の人間として、やるべき事が、ある。できることがある。力がある。――ならば。

 キッと、空を見上げて。竜姫は地面を蹴った。



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