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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第一章 -an encounter-
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夢から醒めて

 ギリギリ、滑り込みセーフで朝食の乗った盆を受け取った竜姫は、ちょうど空いたばかりの窓際の席に座り、テーブルに置かれたポットから自分のコップに茶をなみなみ注ぎ淹れ、クロワッサンにベーコンエッグを無理やり挟んでぎゅうぎゅうと口へと押し込んだ。

「竜姫、行儀悪いよ?」

 呆れた様に、久遠が一応諌めるが、

「時間が無いの。人目を気にしてる余裕なんかないよ。」

と、竜姫が言った。……いや、正確には言おうとしたけれど、まるでハムスターの様に頬をパンパンに膨らませ、口一杯に詰め込まれたパンに邪魔されてモゴモゴと意味不明な音しか出せなかったため、お茶で口の中の物を胃へと流し込みながら、久遠の脳に直接語りかけたのだが……。

 「やあ、おはよう、神崎竜姫。」

 はぁ、と諦めた様にため息をついた久遠が座る、竜姫の正面の席の右隣りの椅子に、さりげなく腰掛けた男子生徒が、ごく自然に声を掛けた。人に声を掛けながら、他に連れがいるわけでもないのに、わざわざ真正面の席を避けて座る少年に違和感を覚え、久遠はその少年に視線を向けた。久遠の投げかけた視線は、じっとこちらを眺めていたらしい少年の視線とぶつかった。

「へえ、随分珍しいペットを飼ってるんだな。」

 朝日を背に、逆光の中、ニヤリと笑って、少年はとんでもない台詞を口にした。

「た、竜姫っ、」

 久遠はざっと顔色を青くしながら竜姫に注意を促した。が、その竜姫はといえば、ようやく空になった口をぽかんと開けたまま、心ここにあらずといった様子で少年を凝視している。彼女の反応に満足したのか、少年は竜姫の皿からリンゴを摘んで口に放り込み、にこやかな笑みを浮かべた。

「あ……あなた、どうして……?」

幾つもの疑問が、浮かんではシャボン玉の様にパチンとはじけて、言葉としてまとまらないまま、頭の中をぐるぐると巡り続ける。

 白い、肌。黒い、髪。彫りの深い、整った綺麗な顔。それらには見覚えが、あった。ただ、あの印象的な紅い瞳だけが、何故か今は黒色になっていたが、それでも、この目の前の、学園の高等部の制服に身を包んだ少年が、それなのだと、竜姫は確信していた。

 七時の鐘が鳴り響き、僅かに残っていた生徒達は慌てて食堂を出て行く。あと三十分後には各教室で朝のホームルームが始まる。それまでに教室へ入れなかった者は遅刻とみなされ、遅刻に正当な理由の無い者には罰として膨大な量の反省文と課題が待っているのだ。

 しかし、竜姫はそこから動けなかった。少年の瞳に魅入られた様に、彼の視線に囚われていた。まるで、そこだけ時間を切り取った様に周りの喧騒が一切遮断され、しんと静まり返り、ピンと張り詰めた空気が二人と一匹を取り巻いていて。グルル、と、久遠は低く唸り、少年を威嚇する。その、緊張した雰囲気の中、少年は、

「今日の放課後、昨日の礼拝堂へ来い。」

そう、尊大に言い放つと、あっさり席を立ち、食堂を後にした。

 一方、後に残された竜姫は、今更ながらに心臓がバクバクと異常な拍動を刻んでいる事に気付いた。こんな風に、動揺するなんて、ここしばらく無かったのに。

「竜姫、……今の奴、知ってるの?」

久遠が、不安げな瞳を竜姫に向けた。

「あいつから、竜姫の血の匂いがしたよ。昨夕、何があったの?」

重ねて問いかける久遠に答えぬまま、竜姫は無言で席を立った。

「竜姫?」

 困惑する久遠に、声を掛けてやる余裕は今の竜姫にはなく、半分以上残ったままの朝食を、半ば機械的に流しへと運び、残飯用のゴミ箱に捨てる。食器の汚れを軽く洗い流し、食器の返却口へ片付けてしまうと、早足に部屋へと向かう。本当は駆け出したいのを必死で堪えながら竜姫は、ついさっき、夢だと片付けた昨日の出来事を思い返していた。

 自分に与えられた三階の個室まで、階段を上がり、息を切らしながら廊下を歩く。部屋へと戻った竜姫はその瞬間、崩れ落ちた。

「竜姫っ!」

 慌てて駆け寄る久遠をぎゅっと抱き締め、竜姫は呟いた。

「久遠、ごめん。」

「え?」

竜姫の、謝罪の理由が分からず、久遠が聞き返す。

「厄介ごとが、また一つ、増えちゃったかもしれない……。」

珍しく、弱りきった声を出す竜姫に、久遠は、

「行くの、礼拝堂に。」

気遣う様に尋ねる。

「うん。行く。アイツには、聞きたい事が山程あるから。」

 それに、あれを何とかしないと、クラウスがまた暴れるだろう。行かない訳にはいかなかった。

 始業十分前の鐘の音が鳴るのを、どこか他人事の様に聞き流しながら、竜姫はため息をついた。

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