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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
24/53

ホントの魔性は……。

 上質な牛肉の細切れを、砂糖醤油で煮詰めたものを、ご飯の上いっぱいに敷き詰めた弁当は、旨そうな香りの湯気を立てている。

 しかし、一面茶色一色で覆われた弁当は、赤や黄色に彩られ、豪華な魚介が乗っかったルードの弁当と並べてみると、どうしても見劣りして見える気がする。

 何となく、ピリピリした雰囲気の竜姫を前に、ルードが困惑の表情を浮かべるのを見ながら、彼女は黙々と口を動かし、自分の食事を口に運ぶ。

 ルードは、割り箸を手にどうしたものかと困り切っていた。

 見よう見まねで握ってみるが、細かい米粒や柔らかいイクラなど、うまく掴んで口に運ぶというのはなかなかに、難しい作業であった。

 ……使い慣れない道具の、上手い使用法を尋ねようにも……、肝心の竜姫がこれでは……。

 ボックス向かいに腰掛けた、若い男の二人組が竜姫に向ける視線の種類を見ると、彼らに頼るのも、得策ではないようだ。

 そう広くもない座席に、肩を並べて座りながら、彼女の心の内が分からない。

「……なあ、さっきから何怒ってんだ?俺、何かマズいことでもしたか?」

せっかく美味しそうな弁当を前にしながら、もう何度目だろう、バッテンに交差した箸でやりにくそうに二、三粒乗せたイクラを、口目前で取り落とし、とうとうルードが口を開いた。

「……別に。それに、ルードの事を怒ってるんじゃないもん。」

ガツガツと、あまり上品とは言えない食べ方をしながら、竜姫は答えた。

「……じゃあ、何に腹立ててるんだよ。怒るの、良くないんだろ? 言っておくけど今は昨日みたいに邪気は吸ってやれないぞ ……まさかこんなところで制御を誤る訳にはいかねーからな。」

自分の弁当に視線を落とし、手掴みで食べたらやっぱりマズいだろうか等と考えながら、ルードは言った。

「……。」

 ……が、竜姫は押し黙ってしまった。

 正直なところ、ルードにも少しながら腹を立てていたのだ。……ただし、彼の責任の及ばぬ事柄で。

 ……そもそもは、こうもムカつくとは思っていなかった。……ようは単なるやきもちで、自分の想いを自覚したばかりとは言え、まだ出会って数日なのに、あの程度で腹を立ててしまう程に、彼を好きになっていた事に竜姫は驚いていた。

 だがしかし、これではまるで独占欲の強い嫉妬深い女に自分がなってしまったようで……。

「ねえ、君。隣りのカレとケンカでもしてるの? 良かったらこっちに来て、俺たちと遊ばない?」

 人畜無害な笑顔。今まで目には映っていても、視界になかった向かいの席に座る男達に、竜姫は初めて気付いたように顔を上げる。

「ほら、トランプあるよ?、お菓子も……、甘いの、甘くないの、色々あるよ。」

ポテチやチョコ、酒のつまみ的ないかくんやチーズたら等が入った袋を持ち上げ、誘う。

「君、名前は? 年はいくつ? どこまで行くの?」

馴々しく尋ねる男二人に、ルードはピクリと眉をひそめた。

「喉渇いてない?良かったら一緒に買いに行かない?奢ってあげるよ。」

男の一人が手を伸ばして竜姫の手を取り、

「いえ、結構ですので。お構いなく……。」

と、すげなく断るのを強引にその場から連れ出そうとする。

「いいじゃん、ついでに俺らとイイコトしようよ。」

そう言って立ち上がる男の顔には相変わらずニコニコ穏やかな笑みが貼り付けられている。

 しかし、金に染められた頭髪や、趣味の悪いGジャンと、似合っていない黒い革のズボンという服装からは、チンピラ風味が漂い、うさん臭さはてんこ盛り。

 ……竜姫は、こういう類いの人間に手を触れられる事が、こうも不快なものなのかと、文字通り肌で実感した。

 同時に、改めて思い知る。

 自分がどれだけルードを好きなのかを。そして、いつから彼を好きになっていたのかを。

「あの、困ります!」

 グイグイ手を引っ張られ、手にした弁当を取り落としてしまった竜姫は、高かった弁当の無残な残骸を痛恨の極みという表情で見下ろす。

「うげっ、汚ねー!、ズボンについちまったじゃねーか。おいコラ、テメー、どうしてくれんだ?」

 飛び散った米粒の、何粒かをズボンの裾にくっつけて、男はそれまでの笑みをかなぐり捨て、怒鳴り声をあげた。

「あーあ、高かったんだぜ?コレ。当然弁償してくれるんだよねえ?」

 脅し付けるように怒鳴る男の隣りで、もう一人の男がニタニタと嫌な感じのする笑みを浮かべ、竜姫に詰め寄る。

「! べ、弁償ですって? 冗談じゃないわ! こっちこそお弁当ダメにされたの弁償して欲しいくらいなのよ!?」

 普段の妖相手に感じるものとは、まるで別物の恐怖を感じながらも、いつもの習慣で、弱さを隠して立ち向かう竜姫。

 相手を睨みつけ、掴まれた腕を振りほどこうと抵抗する。しかし、男の力は強く、竜姫の力ではびくともしない。『力』を使えばどうとでもなるが、一般の常人相手に術を行使する事は禁じられている。

「へー、人の服汚しといて、そんなコト言っちゃうんだ?」

「そういう悪いコにはおしおきしないとねえ……。」

下卑た笑いを浮かべる男達。

 コンパートメントに扉は無く、車両の中は廊下に響く音は全てのコンパートメントに筒抜けになる。

 目立てない事情を抱え、下手に大声を出す訳にもいかず、竜姫は男達のいやらしい手が自分の身体に触れようと伸ばされるのを黙って見ているしかなかった。

 悔しさと恐怖と屈辱と。

 それでも、竜姫は泣きもせずただ、男達を睨み続けていた。今にも指が、胸の頂に触れようかという、その瞬間まで。

 ……しかし、いよいよかというその時に。彼女の目は見開かれた。――大きく、丸く。黒い瞳のその先にあるものは……。

「ぐあっ!?」

「イテテテテッ!!」

 苦悶にしかめられた男達の顔ではなく。バスケットボールの様に男の頭を掴む、五本の指でもなく。……サングラスの奥に光る赤い瞳。

「竜姫。俺の弁当持って上へ上がってろ。」

ギリッ、と力のこもる手指の様子から見れば嘘みたいな笑顔を浮かべたルードの、真っ黒なサングラスをかけていても分かる、優しい瞳。

「クソッ、テメェ何をっ、」

 悪態をつきながら、彼らはギリギリと締め付けるルードの手から逃れようと、竜姫へ伸ばしていた手を自分の頭部へと、その行く先を変更させる。

 ルードは、その手が竜姫から離れるのを見届けた上で、

「竜姫。早く上へ。」

再度促した。

 竜姫は、何か言いたそうに口を開いた――彼が今何を考えているのか……、何をしようとしているのか……、尋ねようとした――、が、言葉にならない。

 代わりに彼女の口から飛び出たのは……。

「ルードのばか……。」

「……助けてやったのにバカ呼ばわりされるのは納得いかないが……、今は流しといてやるから、とっとと上へ行け。」

 束縛を解こうと悪戦苦闘するも、万力のごとき力で締め付ける指は、いくら足掻こうとも緩む事はなく、男達は苦し紛れにルードの手に、爪を立てた。

 伸ばしっ放しのだらしなく汚ならしい爪は、ルードの白く綺麗な肌に、一筋の赤を加えた。

一雫の赤い水滴が、手の甲から手首へ伝い、腕からポタリと床へと落ちる。

 ズブリとめり込んだ、黄色っぽい色の爪の先は、今は赤く――。

 ……それでも緩まぬ力と、動じる事のない瞳。

 竜姫は、ここ数日で緩みきった涙腺が、もう後戻りできない程に弱ってしまった意思に反して浮かんでくる涙を、せめて彼の前では零すまいと、無言のまま梯子に手を掛けた。

 手を掛け、足を掛け。まだベッドメイクもしていない、二階の寝台へと登る。金属パイプを溶接して作りつけた梯子は、竜姫の手をひんやり冷やす。

 四段ある梯子の、一番高い段に足を掛けると、天井はすぐそこで、屈まなければ頭をぶつけてしまいそうだ。

 ……そして。あまり上等とはいえない寝台を前に、はたと気付く。

 ――土足で寝台に上がるとは……。

 こんな状況とはいえ、それでも気になる事は気にしてしまう。寝台に取り付けられた転落防止の為にある、申し訳程度の手すりに掴まり、身体の向きを反転させつつ、寝台に腰を下ろす。

 そう高くもない場所に腰掛けて、足を下へ降ろすと足先はルードの目線よりも少し低い位にある。

 竜姫は急いで靴を脱ぎ、それを下へと落として、足を寝台の上へ引き上げる。

 どさっ、と、高いところから適当に放られた靴は、片方はひっくり返り、もう片方は向こうの座席の方まで転がって行った。

 ルードは、竜姫が寝台へ上がったのを確認した上で、初めて力を緩め、男達を拘束から開放した。

「お前ら、肉やら農作物やらを食えるまでにするのにどれだけの労力がかかってると思う? ……まあ、この弁当に使われてる食材が何なのか、よく分かってねー俺も、正確な所は分かんねーけど……、でも俺だって元は農民のはしくれだからな、こういう光景ってのは見てて面白くないんだよ。しかもそれが、自分の連れにくだらねーちょっかいかけた挙句につまんねーイチャモンつけられた結果とあっちゃ、尚更な。」

血の滲む手の甲をペロリと舌を出して舐める。

 それは、傷口の消毒というより、血で汚れた手の赤を舐め取ったような……。実際、血の赤が拭い去られた後には、血の出た跡どころか傷跡まで無くなっている。

 しかも、その仕草がやけになまめかしくて。

 男達は拘束を解かれたにもかかわらず、真っ暗な外ではなく、明るい車内を映す窓ガラスの中のルードの姿に、思わずゴクリと生唾を飲み、竦む足はその場に縫い止められたかの様に動かせない。

「……こういう、乱暴な手管は好きじゃないんだが、今は仕方が無い。やたらに術を使うのもヤバイし。お前らみたいな下衆にわざわざ丁寧に術なんかかけてやるってのも勿体ないからな。」

 ガシッと、竜姫のいる寝台側に立つ男の肩を掴んでくるりとこちらを向かせ、ルードは自分の膝を、彼の腹にめり込ませた。

「うぐっ、」

 息の詰まった苦しげな呻き声をあげながら、ルードに寄り掛かる様に倒れ込む男。

 相方に加えられた暴力に、もう一人が反応するより早く、ルードの右手の拳が男の鳩尾を突いた。

 がっくりと膝を折る男二人を軽々持ち上げ、ルードは、一人寝るのが精一杯の座席に、その身体を二人無理やり重ねて横たえた。

「……全く、マジで勿体ない事しやがって。」

 ルードは、その場で腰を落とし、男達を放り出したその手で、散らかった肉片や米粒を拾い集める。

「ルード、……ごめん、手伝う。」

 そう言って、降りて来ようとする竜姫に、ルードは半分も減っていない自分の弁当を彼女に押しつけ、

「ここはいいから、お前はこれでも食べてろ。」

と、そっぽを向いたまま言う。

「え、でも……これはルードの……。」

散々苦心した跡として、潰れたイクラが散乱した、すでに綺麗とは言えない状況の弁当。

「馬鹿野郎。お前まだ半分も食ってなかっただろ、自分の弁当。何度も言うが、お前は今貧血起こしてるんだぞ。キッチリ食って栄養補給して。とっとと回復して貰わなきゃ、俺が困るんだよ。」

箸を手渡しながら、ルードは言う。

「それと。この列車を降りる時までは、そこから降りてくるなよ。一応眠らせはしたが、いつ目を覚ますか分からないからな、こいつら。」

不機嫌そうな表情をするルード。

「でもルード、これが食べたかったんじゃないの?」

尋ねる竜姫。

「別に、今じゃなくたって、生きてる限りはまた食える機会はいくらでもあるだろう。……それに。その弁当、木の棒の使い方に慣れないと、食うのにえらく苦労するからな。まあ、あれだ。次の機会までに上達させておかないとな。」

「別に、無理して箸を使わなくても、スプーン使えばいいじゃない。」

「スプーン? そんな物、ついてなかったぞ。」

「そこの、窓の所のテーブルに置いた袋の中。」

指差す竜姫に言われて、ルードが袋の中を覗く。

「……プリン?」

「デザートにと思って、駅の売店で買って来たの。……ちょうどスプーンも貰えるし、一石二鳥だと思ったから。」

そうして戻って来てみれば、ルードは店員に口説かれていた。

「……なあ、お前が怒ってた理由って……、もしかして……、」

その言葉の続きを聞きたくなくて、竜姫は、彼の言葉を遮る様に、

「……ぷ、プリン、ルードも食べるでしょ?」

と、叫んだ。

「食べる。……が、ふーん、へー、」

 ニヤニヤと、さっきまでの不機嫌はどこへやら。

 ヒョイと寝台の手すりに片手をかけ、梯子も使わず軽々自分の身体を上へ引っ張り上げる。一瞬で、目線の距離を縮めたルードは、ずずいと竜姫を壁際へと追い詰める。思わず怯む竜姫。後ずさろうにも、こんな狭い座席では逃げ場などあるはずもない。

「る、ルード……?」

 シチュエーション的には先程と大差はない。

 ルードは、寝台のカーテンを引き、外界からこの空間だけを切り離した。

 薄い布地のカーテンが遮るのは視界のみ。それとてうっすら向こうの寝台が透けて見える。

だが、今ルードとこうして二人きりだという演出としては充分過ぎる程だった。

 一人寝るのがやっとの場所で。

 吐息が肌にかかるほど近くにある、綺麗過ぎる顔。

 ルードはプリンの包装を破り、スプーンで一掬いした分をもったいぶって口に運ぶ。相変わらず口元はにやついたまま。

 何も言えずに固まる竜姫に、ルードは、

「甘いな、これ。」

二口目を口に含み、それを飲み込まないままで、竜姫と唇を重ね合わせた。

「……んっ、」

口移しに、ルードは竜姫の口にプリンを押し込む。口を塞がれて、どうしようもなく、竜姫はそれを飲み込んだ。

 口に残る甘い味。こうして舌と舌とが触れ合っていても、嫌だとは思わない。

 昨夜とは違い、プリンを押しつけるという使命だけを果たして、早々に離れた温もりは、何故か竜姫に寂しさを覚えさせた――。



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