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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
23/53

始まりの歌

 ……都心で、十両編成やそれ以上に長い列車ばかりを普段目にして、その景色に慣れている者にとって、こういう田舎を走る列車がたった一両、トコトコ走って行く風景を見つけると、何となく新鮮に感じてしまう。

 ……これまで、乗り物と言えば馬車しかなく、それとて貴族の乗り物であって、自分には無縁な物であったルードにしてみれば、新鮮どころか初物である。

 ローカル線にありがちなボックス席に、向かい合わせに座った彼は、まるで幼子のように、両手を窓に貼り付け、食い入るように窓の外の景色を眺めている。

 あの後――……タクシーから降りた後で――、ショッピングセンターの多目的トイレにルードを押し込み、竜姫は、彼と自分用の服を一式、適当に選んで買い込んだ。

 ……取りあえず、彼の分の着替えを渡し、とにかくまずは着替えてもらう。

 紺のGパンと、黒いパーカーに、紺のダッフルコート。着替えに苦労する類いのものではないから、……まあ大丈夫だろう。

 ――待つ事数分。

 出て来た彼の姿を上から下まで眺め……、

「ルード、コートのボタンが掛け違いになってる……。」

竜姫は、後ろ襟に埋もれたパーカーのフードと併せて、彼の着替えの仕上げを整える。

「あと、これ。人が多くいる所ではこれをかけて。……綺麗だけど、やっぱりその紅い瞳は目立つから……。」

竜姫は、サングラスを渡して言った。

「じゃあ、ここで少し待ってて。すぐ着替えるから。」

ルードに荷物を預けて、今度は竜姫が、今しがたルードが出て来たトイレとへ入って行った。

「……おー。」

 今まで着ていた衣服を詰めたビニール袋を手に、ルードは少し疲れたように返事をした。

 外の寒さが嘘のように暖かな店内。

 吸血鬼の身体は、気温の変化に鈍くなっていて、寒かろうが暑かろうが、生命活動に支障をきたす事はありえない。

 ……それでも、ついさっきまで、肌を切り裂くような冷たい風を押し退けて跳んでいた彼の耳は紅く染まっていた。

 それが今は。真新しい、暖かく着心地の良い衣服を身にまとい、そよとも風の吹かない暖かな室内にいて。

 ……軽快な音楽が、BGMとしてスピーカーから流れて来る。知らない曲。もちろん歌っている歌手も分からない。

 けれど、そのメロディが妙に耳に残って離れない。きっと、これは。この曲は……始まりの曲。根拠なんてない。歌詞だって半分以上聞き流している。

 たた、リズムとメロディだけが、ルードの心に浸透していく。でも、それが心を踊らせ、また次の一歩を踏み出すための力を引き出してくれる。

「ルード、お待たせ!」

制服を脱ぎ、Pコートに黒のパンツを合わせた竜姫が、トイレから出て来た。

「……なあ、この曲、何ていう曲なのか知ってるか?」

「え、このBGM? ……うーん、確か“RED”っていう名前のバンドの『緋色の絆』って曲だったと思うけど……。ごめん、私、芸能関係詳しくないから、もしかしたら違うかもしれない。」

「緋色の、絆……。」

 曲のタイトルを、舌の上で転がし、ルードは黙り込んでしまった。

 ――それから。二人は駅へと向かった。幸いにも、列車はそう待たずに来た。一両しかない車内はそこそこ空いていた。

 左右に五列並んだ座席はボックス席になっており、八対あるうちの六席までが先客で埋まっていた。

 手近な席を選んで座るまで、ブツブツと、曲のタイトルを繰り返し呟いていたルード。

 しかし、電車が動きだし、ホームから滑り出すと、完全に闇に染まった窓に張り付いて動かなくなった。

 ……気持ちは分かるのだが。見た目、高校生位の彼が、こうも真剣に窓の外ばかり見ているというのもおかしな光景だ。

 しかも、端から見れば、街を離れ、山間を縫って走る列車の外は、この暗闇の中、たまに過ぎて行く信号の明かり位しか見る物などないのだ。

 彼の持つ瞳は、夜闇に特化したものだから、きっと彼には自分達には見えないものも、鮮明に見えているのだろうが……。

「ルード、楽しい?」

チラチラと奇異の視線が集まるのを感じながらも、竜姫はそれを無視して尋ねた。

「そうだな……。さっきから、木しかねぇ……。景色としては単調でつまんねーんだけど……。やっぱりこのスピード感はたまんねーな。」

嬉しそうにルードは言う。

「頑張れば俺だって、この程度のスピードで走る事はできるけど……。」

時代が違っても、やはり男の子って、こういうものなのかしらん……?

ワクワクしながら目を輝かせるその姿は、秋葉原のオタクに通じるモノが見え隠れする。

「ルード、もうすぐ乗換え駅だから……。」

竜姫は、しきりに携帯の時計を気にしながら言った。

「次の駅で、寝台車の切符を買わないと……。」

財布の中身を確かめ、

「あと、夕飯のお弁当も……。」

今はまだ沢山いる野口英世が、明日の朝には二人にまで減る事は確実で。

 乗換えに使える時間もかなり厳しい。

 ターミナル駅の、一番端のホームに到着した列車から、竜姫はルードを引きずる勢いで飛び出し、一番向こうのホームまで続く、長い連絡通路へ上がる階段へ足をかけようとした所でルードに止められた。

「待て、そこまで急がなきゃ間に合わないのか? こんなの駆け上がったらお前、倒れるぞ? 今のお前は、軽度じゃ済まない貧血を起こしてるんだからな? ……竜姫、その自覚はあるか?」

図星をバッチリ射抜いた問いに、竜姫が表情を曇らせる。

「……でも、あと五分以内に切符とお弁当買って、あっちの一番遠い所に停まってる電車に乗らなきゃいけないのよ? 乗り遅れたら、今日はもう野宿するしかないの。絶対、乗り遅れる訳にはいかないわ!」

瞳だけは強く、階段の先を見上げながら。しかし、その内心とは裏腹に、言う事を聞いてくれない自分の身体に、悔しそうな表情をしながら訴える。

「何だよ、お前の隣りに今誰が居るのか忘れたのか?」

必死な竜姫に対し、ルードはあっけらかんと答えた。

「……え!?」

ポカンとする竜姫を、ルードはひょいっ、と抱き上げる。人目のなかったさっきでさえ恥ずかしかったのに。ルードは照れもせず、公衆の面前で軽々と竜姫を抱き上げた。

「る、るるる、ルウドぉぉぉ!?」

「ほら、これなら速いだろ?」

顔を真っ赤に染めて慌てる竜姫を面白そうに見下ろしながら、ルードは、

「心配しなくても、正体を疑われるような事はしねーよ。」

と、本来二、三歩で済ませられるものを、一段一段律義に踏み締めて駆け上がる。

 一歩進むごとに周囲の視線が次から次へと刺さるのも気にせずに、だ。

 サングラスで、あの一番印象的な瞳は隠されているのだが、それでも彼の美形オーラは老若男女問わず皆の興味を引きつける。

 そんな彼にお姫様抱っこなんかされている竜姫には、容赦ない嫉妬の視線が痛いくらいに注がれるのだ。

 それはもう、恥ずかしいなんて次元はとうに通り越している。

「竜姫、切符ってのはどこへ行けば買えるんだ?」

人々が、それぞれ目的のホームへと急ぎ行き交う連絡通路を半分程進んだ、中央改札付近で立ち止まり、ルードは辺りを見回しながら言った。

ここまで来るのに、竜姫の携帯の時計は一度もその表示を変えることはなかった。

「ルード、取りあえず降ろして? このままじゃ切符なんか買えないよ……。」

改札前に並ぶ弁当屋の前へ彼を誘導し、

「待ってて。切符買ってくるから、ルードはここで食べたいお弁当を選んでいて。」

 さっそくショーウィンドウの中に陳列された色とりどりの弁当に目が釘付けになる彼にそう言い残し、竜姫は、改札横のみどりの窓口へと入っていった。

 一人残されたルードは、サングラスの奥で光る紅い瞳をキラキラ輝かせた。

 グラサン越しで少し色あせて映る視界に飛び込んでくる、色彩にあふれ、きれいに盛り付けられた旨そうな弁当の数々。

「すげー、何だか良く分かんねーけど……こりゃ何なんだ? 赤くて小さいツブツブ……。綺麗……だけど、見方を変えるとちょっとグロテスクっぽくも見える……。」

興味津津にショーウィンドウを覗き込むルードに、売り子の女性が声を掛けた。

「そちらのお弁当、当駅の一番人気なんですよ。日本海で採れた海の幸をふんだんに使った、海鮮丼になっておりまして……、」

店員の説明に、

「あー、そっか。これ魚なのか……。俺、海とは無縁な場所で育ったもんで、こういうの良く分かんないんで……。コレ、この赤いツブツブのやつって何なんですか?」

と、見本を指差し尋ねる。

「そちらはイクラになりますね。他にウニ、カニ、エビ等が入っております。」

「……名前聞いても分かんねーや……、」

……悪魔、サハリエルの記憶を探ればほぼ確実に、情報は出て来るだろうが……、自分で得た訳でもない記憶などあっても面白くはない。

「……となると、やっぱ食べてみたくなるんだよなぁ。」

むむっ、と、弁当と睨めっこしながら考え込むルードに、店員は、

「……お客様、ご旅行ですか? 私、この辺詳しいんですけど、もし良かったらご案内しましょうか? もう、あと五分で仕事あがりなんですけど……。」

「あ、結構です! 急いでいるんで!」

上目遣いにかわいさアピールしつつ、下手に出て、下心満載のバイト店員の口上に、無理やり割って入りながら、竜姫が口を挟んだ。

ジロリとその女性店員を睨み付けながら、

「私、牛肉弁当で。ルードは? どれ食べるの?」

と、問い掛ける竜姫の声音は、妙にドスの利いた迫力あるもので……。

「あ、……の、コレ……。」

しきりに勧められた海鮮丼を指差しつつ、ルードは無意識に唾を飲み込んだ。

「……じゃあそれを、一つずつよろしく。急いでるから、早くね?」

笑う竜姫の目は、決して笑ってなくて。

 ルードは彼女に会って初めて、本気で彼女を怖いと、そう思っていた。


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