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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第二章 -a trial-
21/53

心に秘めたモノ。

 山中にカラスの鳴き声が幾重にも重なって響き渡り、またこだまが返る。

 時折、とまり木の枝を争う羽音があちらこちらで聞こえる。

街へ餌を求め降りたカラスの群れが、次から次へと戻って来る空は、夕焼け色に染まり、南よりの東の空には、もうじき満ちるだろう月が、淡泊な白色から、夜闇に輝く黄金色へと色を変えながら、空の高い所へと昇っていく。

 西の空には、沈む太陽に寄り添うように、宵の明星が光っている。

「……さて、どうする?」

葉の落ちた紅葉の木に背を預け、ルードが口を開いた。

 闇が深まるごとに、輝きを増す紅い瞳で、眼下の学園を眺め、暗い中でも良く目立つ白いのが、学園上空をぐるぐると、もう何時間も飛び回っているのをため息混じりに苦笑する。

 十二月。真冬の山中で、暗闇に火を灯して目立つ訳にもいかず、暖のかけらもない、肌が焼き切れそうな冷たい空気が、彼のセリフを白く染める。

 一方で、ルードから借りたマントを羽織ってもまだ寒いと、竜姫はルードにしがみつく勢いでくっつき、少しでも暖を取ろうと必死になりながら、恨めしげに、眼下の白を睨む。

「――あんな調子じゃ、当分学園には戻れないわね……。かといって、この寒さで、一晩山の中で過ごせば、明日の朝には凍死してそうだし……。」

 言いながら、竜姫はチラリと見ているだけで寒くなるような薄着で涼しい顔をするルードを見、フカフカの毛皮をまとい、こちらも寒そうな顔を見せない久遠を見ながら呟く。

「……このまま凍え死ぬのは私だけみたいだけど……ね……。」

「おいおい、やめてくれよ。お前に死なれちゃ俺が困るんだからな。……寒いならもっとくっつけよ。あぁ、そうだ。久遠を抱けば暖かいんじゃねぇか?」

言いながら、ルードは久遠を手招く。

 ルードは、抱え込むようにしっかり抱きすくめた竜姫ごと、貸していたマントで自分の体を包んだ。

「ちょ、ちょっと何を!」

さすがに慌てて逃げようとする竜姫に、

「……こうした方が、少しは暖かいだろう?」

心外だとでも言いたげな表情でルードは言った。

「久遠も……、そう睨むなよ……、」

憮然とする久遠を手招き、

「仕方ないだろー、アイツのせいで学園内に戻れなくなっちまったんだ、他に行くアテもねーし……。俺は別に真っ裸でその辺転がってたって死にやしないが、コイツは放っといたら風邪引くどころの話じゃ済まねーだろー!?」

 きっちり手加減の加えられたコブラツイストを彼の頭に見舞いながら、ルードは言い訳がましく文句を言う。

「これでも一応責任は感じてんだよ……。竜姫が今こんななのは半分は血を吸った俺のせいだからな……。だが、残りの半分、つーか、今こんな所にいなきゃならない原因を作ったのはあそこの白い奴だ。」

件の白いのを指差し、

「……なんであそこがバレたのかは分かんねーけど、過ぎた事をとやかく言っても始まんねーだろ?」

と、少し彼らしくないセリフを口にした。

「……、?」

無言のまま、見上げる竜姫の瞳から、ルードは照れたような顔をしながら、ふいっと視線を逸らし、

「……お前の、受け売りだけどな。」

ぽそっとこぼした。

「ルード……。」

「……で、だ。このままここでいつまでもこうしてる訳にはいかねーし……、一つ、俺から提案があるんだが……。」

ゴホンとわざとらしい咳払いで誤魔化しながら、チラチラと紅い瞳を動かし、竜姫と久遠の返答を伺うように盗み見る。

「……たった一日で、随分前向きな事が言える様になったじゃないか? この野郎。」

 ほのかに後悔の色を滲ませ、悔しそうな顔をしながらも、彼の変化を好感を持って受け入れ、せめてもの反撃とばかりに憎まれ口を叩く久遠。

「……あー、俺が思うに……だな、」

半眼で睨む久遠に、口元を引きつらせながらも、ルードは持論を展開した。

「……俺たちがこうしていつまでも気配を隠したままいれば、遅かれ早かれ奴がキレて、所構わず暴れ出す様な予感がするんだよ。」

「……確かに、ありえない話じゃないわね……。」

「当然そんな事になれば、あそこにいる連中は大変だ。……できる事なら奴をあそこから遠ざけたい。」

久遠は、静かに彼の言葉に耳を傾けながら、じっと、その紅い瞳をまるで見定めるかのよいに覗き込む。

「……俺を、豊生神宮へ連れてってくれ。」

「ええっ、今から!?」

驚く竜姫に、

「多喜と稲穂に会わせてくれ。」

と、ルードは真剣な表情で頼み込む。

「……俺が気配を晒せば、奴はすぐすっ飛んで来るだろうから、一刻も早くここを離れなきゃならない。でなけりゃここで大惨事が起こっちまうからな……。けど、今のままじゃ、奴とやり合ってもまた逃げなきゃならない。でもそれじゃあまた同じ事の繰り返しだろ?」

ルードの言葉に、久遠は竜姫と視線を交わし、それを認めるように頷いた。それを受け、ルードは、

「……こんな短期間のうちに何度も、奴と戦うのに必要なだけの量の血を吸っちまったら、お前の血が枯れちまう。次に戦うなら、今度は確実に奴の息の根を止めなきゃ意味がねえ。」

そう、確信を持って言った。

「……試験前の大事な時期に悪いとは思うんだが、どっちにしろ、あんな調子じゃ試験どころじゃないだろ?」

「別に試験なんかどうでもいいんだけど……。さすがに黙って失踪したら騒ぎになりそうで……。」

「なら、ここから術を飛ばして、一時的に竜姫に関する記憶を眠らせる。」

と、彼女の懸念に答えたルードに、

「……分かった。いいだろう。」

そう、先に頷いたのは、竜姫ではなく、久遠の方だった。

「正直この事態、ボクの手に余る。お前に覚悟があるならば、早いとこ姐さんの判断を仰ぐのが得策だろう。……ただし、お前が望む答えが姐さん達から返るとは限らんぞ。」

……まだ幼いながらに、己の感情を抑制した神の顔で、久遠は言った。

「……分かっているさ。俺だって、タダで力を貸して貰おうなんて都合の良い事は考えてねーし。」

牙を見せ、カラリと笑うルード。

「……なら、早く山を降りて街へ行かなくちゃ……、田舎の終電は早いのよ! 急がないと電車が終わっちゃう!」

神である久遠の判断だ。

巫女である竜姫はそれに従うべく、ポケットの財布の中を確認する。

「……ねぇ、ルード。今更な事聞いてもいい?」

ひい、ふう、みい。札の枚数を数えながら、ふと浮かんだ疑問。

「? 何だ?」

「ルードの姿って、常人の目にも視えるんだっけ?」

上から下までルードの格好を眺めながら、竜姫が尋ねる。

「そりゃ、目眩ましを使わなけりゃ、普通に見えるだろ。身体の元は普通に人間のものだ、吸血鬼になったからって、実体は変わらずある訳だからな。」

藪から棒に何を聞くのかと思えば、と、問いの意図に首を傾げるルードに、竜姫は肩を落とす。

「……なら、服屋にも寄った方がいいわね。その格好じゃ、変に目立つから……。」

ポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。

「四時半か……、急がないと、店も電車も終わっちゃう! ……久遠、先に行って多喜に、事情を簡単に説明しておいてくれない?」

凍えてかじかんだ身体。竜姫は、ルードの肩を借りて立ち上がる。

「まだ、動くにはキツいだろ? ……ほら、つかまれよ。抱えてってやるから――。」

寒さに紅く染まった手を取り、フラつく竜姫を支えるルード。

「街へ着いたら降ろしてよね? ……こんなの、街中でやったら目立ってしょうがないから……。」

手以上に紅く頬を染めた竜姫が念を押す。

「わーかったから、ほら急ぐんだろ?」

マントを竜姫の身体に巻き付けて、スカートの裾をカバーしつつ、あっという間の早業で彼女を抱え上げ、世に言う『お姫様抱っこ』スタイルにて横抱きに。

「ちょ、わざわざこんな抱き方しなくても! 荷物的に抱えてってくれても構わないんだけど!?」

さすがに慌てる竜姫。

「あのなー、山を降りるったって、フツーに歩って間に合う訳ないだろ? ちょっと荒っぽくなるが、全力で走って行けば一キロ三分で稼げる。……そんなスピードで跳んでく中、妙な抱き方してみろ、舌噛むのが早いか、どっかぶつかる方が早いか、はたまた凍えるのが先か――。だから、嫌でも何でもしばらくは黙って我慢してろ。」

と、ルードは彼女の訴えをキレイに流した上で、いつの間に取り出したのか、小さなガラスの小瓶を久遠に投げた。

「久遠、悪いが学園の風上に回って、中の粉を風に乗せて撒いてきてくれないか?」

小瓶の中にはキラキラ光る紅い砂粒が、瓶一杯に詰まっている。

投げられたそれを口に咥え、

「……これは?」

「魔法の粉薬だ。学園の連中の記憶を弄るためのな。……頼むから、今は薬の詳細に関しては聞かないでくれよ?」

「……人体に不都合がないなら、構わないが――。」

「それは心配ない。こないだ竜姫にやった、目眩ましの薬よりも軽いまじないだからな。副作用に多少個人差があるにしても、せいぜいが試験用の暗記に四苦八苦しやすくなる程度だ。特に問題は無いさ。」

と、自信を持って保証するルードを信じ、

「……ならボクは、そのまま神社へ戻る。ルード、竜姫を頼んだぞ。」

そう言い残して、独り山の斜面を駆けて行った。

「……戻るって。いくら妖の獣だとはいえ、走って帰れる距離なのか?」

彼の後ろ姿を見送りながらルードは怪訝な顔をする。

「……まあ、久遠は人に視えない分、直線距離を走って行けるからね。一キロ三分を保ったまま走り続けられるなら、ルードでも半日あれば着けるだろうけど……。ルードは人に視られちゃうから、下手に街中を駆けてく訳にはいかないでしょ……。」

「山を降りたらフツーにしてなきゃマズいってか?」

「そういう事。」

頷く竜姫に、

「……俺の中の常識は三百年前のフランスの下っ端農民の物なんだが。」

困った様子で打ち明ける。

「……正直、今のこの国の通貨の価値とか、社会の仕組みなんかサッパリだ。言葉だけはサハリエルのおかげで何とかなってるが、……文字に関しては読めるかどうか怪しいところで……。」

「その辺は私が何とかフォローするから、ルードはとにかくはぐれず私について来てくれればいいよ。」

だが竜姫とてこの調子では、ルードの助け無しには歩けまい。

「久々の外でしょう? ……まあ、最初は浦島太郎状態かもしれないけど……、一緒に行こうよ。一緒に歩こう?」

「……誰だ? 浦島太郎って。」

「ああ、日本の童話……昔話の中に出て来る主人公の名前だよ。苛められてたカメを助けたお礼に、海の中のお城……竜宮城に招かれるんだけどね。お城でもてなしを受けて、三日後、家へ戻ってみたら、地上では三百年経っていたっていう、そういうお話。」

「……なるほど、三百年の時を跳び越えちまった存在……か……。」

少し、寂しそうな表情をするルードに竜姫は囁いた。

「心配しなくても、独りで放っぽり出したりしないから。大丈夫、ちゃんと最後までつきあうから……。」

 身を包む暖かさを手放したくなくて。

 腕の中の温もりを失くしたくなくて。

 竜姫は秘めた想いを胸に。

 ルードは秘めた決意を胸に。迫る刻に追われるように、ルードは地面を蹴った――。



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