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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第一章 -an encounter-
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アカのキズナ。

 辛くはないのか?

 ……そんな事は聞かなくたって分かっている。

 当たり前だ。辛いに決まっている。いや、辛いと言うよりは先の分からない不安と恐怖に苛まれるのだろう。

 そして。昨日、感情の吐露をあれだけ恐れた訳。

 それに対して、強引な口付けに怒りながらも“感謝する”と言った、久遠の言葉の意味。

「……重いな。背負っているものが俺なんかよりよっぽど……。」

ルードは下を向き、ポツリと呟くのを聞いて、竜姫は、

「そうかな?」

と、軽く突き放す。

「確かにね、私もルードの昔の話を聞いた時、自分の過去と重ねた。身近な人を目の前で殺されて、人外の存在と魂を同化させた……。でも、私は両親を失っただけだもの。村一つ一度に失くしたルードと比べるには適さないでしょう? ……魂の同化にしたって、私の場合、今の時点で困る事は特にないけど、ルードはずっと苦しんで来たんでしょう?」

労る様な竜姫の言葉に、ルードも瞳を和らげる。

「だいたい、似ているのは境遇だけ。そもそも状況が違い過ぎるもの。どっちが大変かなんて分かるもんじゃないわよ。」

やけにさっぱりと言い放ち、竜姫は立ち上がる。

「ルードの話に同情しなかった、って言えば嘘になるけどさ。私、傷の舐め合いだとか、泣き言言って暗くなるだけとか、嫌いなんだよね。」

強気な笑みを浮かべ、竜姫は言う。

「……そうだな。ぐだぐだ文句ばっか言ってみたところで何が変わる訳でもないし。俺も、考えなきゃな……。」

腹も膨れ、心もスッキリ晴れた。

 ぐうっ、と腕を上げ、背を反らせて伸びをする。

 一晩中ごろごろしていた身体に、心地良い刺激が優しく広がっていく。

「……ところで、今更なんだが、竜姫、お前授業はいいのか?」

「……朝のHRで、さっきルードがのしたあの先生に呼び出し食らったのよ。……無視する訳にもいかないから一応出向いて行ったけど……ルードが出て来るまで延々とつまらないお説教ばかり。もしルードがいなかったから、きっとまだあそこで怒られてたんじゃないかな、私。……だからさ、二時間目が終わった頃に、タイミング見計らった上で教室へ戻るよ。」

「……そうか。なら良いが、もしサボったとか言われて困る様なら送って行くぞ?」

「大丈夫だよ、どうせ二時間目は自習だから。いつもなら神学の時間だけど、試験週間中は自習時間になるんだってさ。だから、大丈夫。心配してくれてありがとね? ……それに昨日の事も……。」

 最後、礼を言いながら、微妙に視線を泳がせた竜姫は、ふとある一点を見つめたまま固まった。紅くなるでもなく、不自然に固まった彼女の様子を不審に思い、ルードも視線の先を追って見る。

 その視線の先にあるのは、天井にはまった天窓。何の変哲もない天窓のその先に、青く広がる空。雲一つない、青く澄んだ空に浮かぶ、一つの白い点。

「!! しまった! 見つかったか!? だが、何故!?」

立ち上がり、ガキッ、と牙を鳴らして、ルードが吠える。

「理由なんか今はどうでもいいわ! それよりルード、今、戦える?」

「……正直、厳しいな、」

さんさんと照り付ける陽光を渋い顔で睨み付け、彼は言う。その手は不安げに胸に添えられている。

「……血が要るなら、奴が突っ込んで来る前に、早く飲んで!!」

 叫ぶ一方で、神言を唱える竜姫を見ながら、ルードは一瞬、ためらい、迷いの瞳を彼女に向けた。

 ふっと、竜姫の前に突如久遠が現れた。

「久遠……?」

一瞬前まで何も無かった空間に突然出現した彼に驚くルード。

「……非常事態だから、召喚術で久遠を喚んだの。でもルード、言ったでしょう? ここでは私達の力は制限される上、私達の力は戦闘向きじゃないの。今、本気で頼れるのはあんたの力だけ。……その力を振るうのに必要なら、遠慮なんか要らない。今なら久遠も居るから、もし私が気絶しても、何とかしてくれるわ。」

刻一刻と、点から丸へ、丸から影へと大きくなる窓の外の白を睨みながら、竜姫は促す。「……分かった――。」

 真っ直ぐ、恐れのない瞳を向ける彼女の強い視線の矢に迷う心を射抜かれて、ルードはそう答えるしかなかった。

 竜姫の甘い血の味は、吸血鬼の本能に深く刻まれ、内に宿した獣は常にその味を欲して飢えている。

 だが、欲望のままに血を啜れば、彼女の命に関わる。

 獣は、そんな事は気にしてなどくれないが、自制せねば困った事になるのだからと加減してきたが、それでも。

 ……毎日、血を吸っているのだ。僅かずつとはいえ、彼女の身体には十分負担になっているはずだ。

 そして、今日の分の吸血はついさっき済ませたばかりだ。

 ……この上、量を吸えばどうなるか。竜姫自身が一番良く分かっているはずなのに。それでも彼女は言うのだ。

「ルード、早く!」

早く、血を吸えと。この、不安定極まりない魔物に向かって叫ぶのだ。

 あの日もそうだった。初めて出会った日。あの時も、得体の知れない自分に言ったのだ。

 ――協力する、と。

 何故だろう。この緊迫した状況の中で、自然と笑みがこぼれるのは……。

 どうしてだろう。こんな真っ昼間、お日様元気な晴れの日に、礼拝堂の中でという最悪なシチュエーションで、こうも負ける気がしないのは……。

 命の居場所がある事が、こんなにも世界を変えてしまうとは。

 ……体の奥底から湧き上がって来る喜びが、ルードの身体を奮わせる。

 竜姫は、これまでに見た事のない、紅の輝きに魅せられ、眼中からクラウスが消えていくのにも気付けない程、彼の瞳を見つめる。

 生気に満ち溢れ、キラキラ輝く瞳は、この世のどんな宝石も敵わない程に美しく、キュッと絞まった暗い瞳孔が、鋭い視線を彼女の視線に重ね、互いの意思を確かめ合う。

 一歩、ルードが竜姫へ歩み寄り、重ねた視線を首筋へと落とす。

 もう、のんびりしている暇は無い。ルードはためらう事なく、牙を埋める。

 そっと目を閉じ、ルードに身を任せる。人肌の暖かさに包まれるこの瞬間が、実は嫌いじゃない事は、もうしばらくは内緒だ。

 二人の繋がりを、不快な破壊音が遮るその瞬間まで、ほんの僅かな時間。緋色の絆が、――その、最初の一本が――二人の間で確かに結ばれた。

 互いに支え合うための、大切な繋がりが――。


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