紅く光る導火線
「……くそっ、あいつら一体どこへ行った!」
あの日、あの神に背く魔物を連れた魔女の小娘が、封印していた恐るべき魔物を開放してしまってからというものの、何故か両者共々姿が見えず、……どころか気配すらないというのはどういうことなのかと、クラウスは苛々と男子寮の廊下を右往左往していた。
一度見つけた気配を追ったが、どうやらまやかしだったらしい。
一日中、その気配のする男子学生を見張り、しっぽを出させようと色々画策したにもかかわらず、彼は思わしい反応を見せなかったのだ。
いや、しかし、怪しい事には違いないのだ。何しろ、あの学生、彼の部屋を捜索すべく侵入したら、常人には見えないはずの自分の気配に気付いて飛び起き、なんとこちらを見て叫び出したのだから。……そのせいで騒ぎになってしまい、さすがに大衆の前で斬り殺す訳にはいかず、その時は一度断念した。
しかし、食堂で見掛けた際には邪悪な魔導の術が発動する気配があった。……現場を押さえられさえすれば、その場で成敗してくれたものを、あの一瞬の後には魔導の気配は消えてしまい、追跡も不可能になってしまった。
だが、それ以来、彼の部屋への侵入がかなわなくなった。
日々の所業や生活態度を見れば、素晴らしい優等生のものなのだから、あの気配はまやかしだとも考えたが、しかし、怪しい点が少し多過ぎる。
クラウスは、あきらめる事なく、男子寮の捜索を続けていた。
と、誰とも知れない人間の部屋を飽きもせずにせっせと捜索していたクラウスは、窓の外に一人の男を見つけた。
まだ二時間目が始まったばかりのこの時間、高等部の昇降口の前をフラフラと足元のおぼつかない男性教師が一人、当てもなく歩いて行くのが見える。
……どうも様子がおかしい。そう感じたクラウスは、するりと壁をすり抜けて男の前に降り立った。
……しかし、常人の彼は、目の前に降りて来た存在に気付く事なく、空ろな目をしたまま歩き続ける。
「……これは邪眼にやられたか……、愚か者めが……。」
クラウスは、冷ややかに彼を見下した。
「悪魔の使う邪眼……これは、あの魔物の仕業だな。全く、常人とはいえ、神に背く魔物の邪な術にたやすくはまるなど、情けない……。邪眼など、強く心を持てば簡単に跳ね返せる術。愚かな……。」
汚い物でも触るかのように渋い顔で、乱れた髪ごと頭を片手で掴む。ボールでも、掴み上げるように鷲掴みにする。
「ぐうっ、」
力加減のなされない圧力に、彼は痛みのあまり呻き声をあげ、口の端から一度乾いたよだれが再びおちる。
クラウスの、五本の指からバチバチと静電気のように雷が放たれ、男の脳を灼く。
「ぐ、ぐわあああ!!」
男は唾を泡にして吹き出しながら、凄まじい悲鳴をあげる。聞くに耐えないと、しかめた顔を、ピクリと歪ませたクラウスは突然、男の頭を投げ捨てた。
「……そうか……あの男……、魔女の小娘の血縁だったのか……、しかもあの小娘、あいつと結んでいたとは……。という事は目眩ましの術で惑わされていたのか、私も……。! とすれば奴の潜伏先は……!!」
プスプスと、頭から白い煙が上がる男を放っぽりだしたまま、白い翼を広げて舞い上がった。
寮舎を飛び越え、眼下に広がるのは緑の林。
T字の寮舎の向こうにポツンと佇む建物が一つ。頭に十字架を掲げるその屋根の下。
「……ようやく見つけた。灯台下暗しとはまさにこのこと。私とした事が……だが、今度こそ仕留めてやる……。」
ニヤリと、天使らしくない凶悪な笑みを浮かべ、クラウスは静かに降りて行った――。