巫女の宿命[2]
「……生まれたばかりの神龍は、無垢な存在――というか、自我すらまだ存在しない、本当にただの力の塊でしかないの。……だから、多喜の判断で、私の魂を水輝の魂と同化させた。……巫女である私の中ならば、私自身が邪心に囚われさえしなければ、その魂は清浄に保たれるから……。」
ドクドクと、激しく脈打つ心臓。その鼓動の速さとは対称的に、手から伝わる竜姫の鼓動は穏やかに脈を刻んでいる。
「……だが、神とはいえ、そんなものと魂を同化させて、……竜姫自身の魂は――、」
竜姫の鼓動を伝える右手。ルードは左手で、自分の心臓あたりを掻きむしる様に、服を握り締める。
「魂を同化させた以上、今私の魂は水輝のものよ。……だけど、水輝にまだ自我生まれてなかったから、意識は完全に私のもの。私が肉体を持ち、魂を保護している間は――私が死ぬまでは――私は人として、巫女として、生きられる……。」
……生きている間は人でいられる――。……では、その命尽きた後は……?
ざわりと、体内の血が騒ぎ出す。
ルードの瞳に写る疑問に、竜姫は答える。
「……私が死んで、魂だけの存在となったとき、この魂は初めて神として覚醒するの……私の――人の記憶を有したまま――龍神として目覚め、千年の時を豊穣の神として土地を守り生きる……。それまで、私はこの魂が邪気で汚れぬよう守り抜くのが、私の巫女としての役目であり、神の魂を抱く者としての宿命。」
するりと握ったルードの手を放し、預けていた体重を自らで支える。
暖かだったルードの右肩から体温が遠のく。少し涼しくなった右半身に、僅かながらに寂しさを感じる。
「……それは……人の意識を保ったまま……千年もの長い時を神として過ごす……、そういうこと、か……?」
「……そうだけど、これは多喜と稲穂と久遠しか知らない事。身内に彼らを視る事のできる者は私と母しかいなかったから……。不自然な死に方をした両親を、事故死したように偽装したのは私。伯母は、『神』の存在を信じない人だったし……。」
竜姫は語りながら、驚いていた。雨の降る日はいつも、ひどく動揺して、あの日の悪夢に苛まれるのに……。今、竜姫の心は静かなままに、あの日を振り返る。
「父は一人っ子で、私を引き取る親戚はいなかったから、母方の伯母が私を引き取る事になった……。伯母は、敬虔なキリスト教信者の伯父と結婚して、自分も熱心な信者になっていたわ……。伯母は、田舎の神社を継ぐのを嫌がって家を出た人だから……、私が神社を継ぐのも反対している……。この学園に放り込んだのも、私を改心させるためよ。」
深く。深く、ため息をつく。
「でも、最初は私もこれ幸いだと思ったの……。しばらくは社を離れる必要があったから。私は久遠を護衛に連れて、……多喜の護衛に稲穂を残して、学園へやって来て……。そして、アイツに――クラウスに――出会った。」
その瞬間を思い出してしまったのだろう、竜姫は眉間にシワを寄せ、腕を組む。
「キリストの『神』は、己以外を『神』だとは認めない。元妖怪の久遠なんかはもちろん、れっきとした神龍である水輝だって、ここでは魔の象徴ともされるドラゴンとして認識されてしまう。当然、クラウスは私達を悪魔だと言って切りかかって来たわ……、顔を合わせる度にね……。」
真剣に疲れ切った表情に怒りを重ねて、竜姫は頭上のキリスト像を睨み付ける。
「私は巫女で、水輝は神龍。稲穂も久遠も、うちの大事な御神体よ。……だからこそ、私はキリストの教えに頷く訳にはいかない。……だけど、神の力を振るうには人間の肉体や心は弱過ぎる。まだまだ修行は必要だけど、それも、私たちの存在を否定する力が強くあるこの場では、現状を維持するのが精一杯。……でも、アイツさえいなくなればその力も大半は消えてなくなる。あと二年、ここで修行して、力をつければ……、多喜の元へ戻り、稲穂や久遠と力を合わせて、何とかやっていけるから……。」
それまで静かに聞いていたルードは複雑な表情で竜姫を見た。
「……。」