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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第一章 -an encounter-
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あかいきずあと。

 「……話がある。」

 夜も更け、草木も眠る丑三つ時。真っ暗な礼拝堂を訪れた彼は、屋根の上に寝転がる人物に声を掛けた。

「……おう、こんな時間に何の用だ?」

手振りで登って来る様促し、ルードは面倒臭そうに起き上がった。

「いいのか? 外を出歩いて。アイツに見つかっちまうかも知れないってのに。」

ピョンピョンと、体重を感じさせない身軽な動作で木々の枝を伝い、屋根へと上がった久遠は、

「……その危険をおかしてでも、お前に確認しておきたい事があった。」

闇の中、紅と金に光る瞳が交差する。

「……あー、もしかして、竜姫にした事怒ってんのか? ……心配すんな、他意はねーから。あれは単に邪気を喰った、それだけの意味しかねーよ。」

慌てて弁解するルードに、

「……もちろん、その件についても色々言いたい事はあるが……、今回はそれとは別件だ。」

と、顔には今にも張り倒してやりたいと書かれた文字を貼り付けながらも、声だけは平静を装う久遠が言った。

「? じゃあ一体何の用だ?」

尋ねるルードに、

「お前が竜姫に望んだ契約の、詳細を確認しに来たんだ。」

久遠は、

「お前はクラウスを……あの天使を倒すのだと言ったな?」

と、逆に問い返した。

「お前の言う『倒す』は、『殺す』と同意儀だろう? ……奴を殺した後はどうなる?」

尖った耳を絶えず動かし、辺りの気配に細心の注意を払いながら、久遠は重ねて問い掛ける。

「お前の事情は聞いている。ボクとしても、奴は色々厄介な相手だ。どうにかできるなら、どうにかしたいというのが本音だ。……だが、奴を殺して、目的を遂げた後、お前はどうするつもりなんだ?」

「? どうするも何も……、竜姫に任せるつもりなんだが? ……殺すも封印するも好きにしろ、ってな。」

ぽりぽりと頭をかきながら、軽く流すルードに、

「……危ういな。」

久遠は冷たく言った。

「さっき、お前から感じた邪気は、そこらをうろつく有象無象の妖怪や怨霊を束にしてもまだ足りない程だった。それだけの邪気を制しているのは脆弱なお前の意識だけなのだろう?」

久遠の言葉に、

「脆弱って……、まあ否定はできねーけど……、」

ルードは悔しげに呟く。

「……そうである以上、お前、クラウスを殺した後で、自分を失くしてしまいかねないぞ?」

久遠の指摘に、ルードは眉間にシワを寄せる。

「……そもそも、その意識、一度悪魔に魂ごと喰われているんだろう? ……ならば、その意識を保つ強い想いを失ったが最後、お前の意識は飲み込まれるぞ。」

ルードは、こちらを見つめる金の瞳から、フイッと目を逸らし、拳を握り締めた。

「……そうなれば、あれだけの邪気が制御もされないまま暴れ回る事になる。言っておくが、あんな邪気、ボク達の手に負えるものじゃない。」

久遠は、突き放す様に、とどめの一言を放つ。

「お前の今後の身の振り方が定まらぬ限り、ボクも姐さんも、あの契約に頷く事は無いぞ。」

「……ついこないだまで、それと、後はいつ狂うかしか考える事のなかった俺には、難しい要求だな……」

皮肉な笑みを浮かべながらも、ルードは頭を抱える。

「……時間はまだある。良く考えるといい。」

久遠は、空を見上げて言う。

「相談には乗ってやる。助けが必要なら手を貸してやる。」

言葉を発する度、息が白く夜空に消えて行く。

「……そりゃ、どうも。しかし、どういう風の吹き回しだい? ……てっきりあいつに近付くな――とでも言いに来たんだと思っていたのに……。」

皮肉を多分に含んだセリフ。

久遠は久遠で、牙を見せて妖しい笑みを返す。

「……お前に竜姫の血が必要な様に、今の竜姫にはお前の存在が必要な様だからな。」

けっ、と、行儀悪く吐き捨てる。

「……は? どういう事だ、それは?」

面食らうルードに、

「ふん、それ位自分で考えろっ、何でそんな事をお前に懇切丁寧に説明してやらなきゃならない? ……このボクがっ!」

すねた子供の様に噛み付き、

「竜姫が小さい頃からずっと、……ずっと一緒にいたのはボク。遊びの相手も修行の練習相手も、ボクだったんだ……。竜姫の両親が他界した今、彼女の事を一番分かっているのもボク……、だと、思っていたんだけど……。」

久遠は、少し寂しそうに呟いた。

「今回の事に関しては怒ってもいるが、……感謝もしている。しゃくではあるが、お前のおかげで助かった。」

「……俺も、ある意味似た様な立場にいるから……な……、」

ルードは、気怠そうな様子で、大の字に寝転がり、目の前に広がる広大な夜空に浮かぶ、たくさんの星に手を伸ばした。

「俺は、悪魔の記憶を持っている。創世の歴史だとか、この世の理なんかも、この頭の中を探せば出て来る。」

掌の指と指の間から、星空を透かして見ながら、彼は、

「……だがそれは、元常人の俺にとっては手に余るモノだ。……この世の全てが分かるなんて、あまり愉快なもんじゃない。……正直、気が狂いそうになる。」

 遥か彼方に浮かぶ、ちっぽけな星々。澄んだ空気の中、つかめそうな星屑を、ルードは両手を空に掲げ、いっぱいに広げた掌を力一杯握り締めた。

「……魔物の力は、常人だった俺には手に余るものだった。当然、制御どころの話じゃない。結果として俺は、多くの命を手にかけた。後悔を抱えたまま封印され、俺は、力に飲み込まれまいと、狂うまいと踏み止どまるのが精一杯だった……。」

くうをつかんだだけの拳を静かに降ろし、目蓋を閉じる。

「狂いそうになる中、たった一人。孤独の中、苦しみをぶちまける相手もいなくて……。それが、延々と続くんだぜ? そりゃあ辛いなんて生易しいもんじゃない。……まあ、俺に殺された人達の気持ちを想えば、当然の罰なのかも知れないが……。」

ルードは、自嘲する様に笑い、

「……あんな想いを、俺はあいつにさせたくなかった。……ただ、それだけの話だ。」

そう、話を締め括った。

「……さあ、そろそろ戻れよ。……クラウスは今、新しい方の礼拝堂で居眠り中だ。今なら奴に見つからずに帰れるぜ?」

……どうやら、話過ぎたと思ったらしい。追い払うかの様に、久遠に告げる。

「……一つ、礼代わりに忠告してやるよ。この世の神は、何も聖人ばかりじゃない。同時に、この世の魔物も、悪党ばかりじゃない。――それだけは忘れるな。」

久遠は、揺れる紅い瞳に振り向き、それだけ言い残すと、あっさり屋根から飛び下り、木々の茂みに光る金の毛皮を隠して林の中へとあっという間に姿を消した。

「……そういや、アイツ……見るからに妖怪……なんだよな……。……何で神なんかやってるんだ?」

ふと浮かんだ疑問を呟き、ルードは一人考え込む。――木々も凍る寒空の下、夜が明けるまで、ずっと……。


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