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緋色の絆  作者: 彩世 幻夜
第一章 -an encounter-
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月夜の出来事

※この作品は、吸血鬼モノであり、また神や天使なども登場人物として出てきます。

※吸血シーンや宗教的表現、また、バトルシーンにおける多少の残虐表現が含まれます。

※恋愛を描いています。18禁表現はありませんが、軽めの性的描写があります。

※苦手な方はご遠慮下さい。



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 透き通る様な、白い肌。その白さと対極にある漆黒の、艶やかな髪。彫りの深い、完璧に整った顔立ち。切れ長の目に埋め込まれた瞳の色は、紅く、まるで大粒のルビーの様に輝いていて……。

「おい、起きろ。」

 ハリウッドの売れっ子イケメン俳優も、スタイル抜群のトップモデルも裸足で逃げ出しそうな、人間離れした感のある美を備えたその少年の口から、ドスを利かせた台詞が吐き出された。とろける様な、美声なのに。よくよく見てみれば、眉間にシワまで寄せていて。せっかくの美貌を台無しにしていた。

「おい、いい加減目を覚ましやがれ。」

 不機嫌そうな声で、彼は言った。その瞳は、やはり不機嫌を声色以上に物語っていて。思い切り、睨み付けられた。

 うすぼんやりしていた思考が次第にハッキリしてくる。ふと気付くと、全身に体温を感じる。……状況から考えて、体温の主はこの男だろう。どっかとあぐらをかいたその足の上に乗せられて、片腕一本で肩を抱かれ、もう一方の手が、ぺちぺちと頬をはたいている。

「……痛い。」

「目は覚めたか?」

 少年は、つかまれた己の腕と、開かれた目蓋の下から現れた瞳とを交互に眺めやり、ニヤリと笑った。

 その目は、据わっていた。それはもう、この年頃の少女にしては似つかわしくない程に。異端の瞳を真正面から睨み付ける彼女の落ち着き方は、今この状況下ではむしろ異常である。

「……アイツは?」

 少女は、少年の腕をつかんだまま、尋ねた。

「ああ、アイツなら……、ホラ、そこ。」

 少女の問いに、少年は(アゴ)をしゃくってみせた。彼の示した先で、かの人物は、怒り狂っていた。机と椅子が整然と並ぶだけの、そう広くもないこの場所で、彼は手当たり次第に机や椅子をひっくり返し、また破壊しながら、何かを探していた。物凄い形相で。

「うわ、なんてはた迷惑な事をっ、あのバカ天使っ。誰が怒られると思ってるのよ。」

と、それを見た少女は憤る。

「やっぱりお前、あれが視えてるんだ?」

「それはもう、嫌になるぐらい。」

「ふぅん。お前、何者だ?」

「……何って、この学園の中等部の生徒だけど?」

「そんな事は、お前のその制服を見れば分かる。だけどな、学園の関係者の誰一人、アレが視える奴はいないんだぞ。ましてや、俺の封印を解き放った上に、アイツの攻撃から逃れるなんて芸当ができる人間、めったにいるもんじゃないから、聞いてるんだ。」

 背後から飛んで来る、怒れる天使によって破壊された木製の机の破片を、ヒョイとよけながら、再び彼は尋ねた。

 彼がかわした破片が、ステンドグラスを割り、がしゃあん、と派手な音がして、ガラス片が飛び散った。薄暗い部屋の中、それは月明りを浴びてきらきら輝きながら降り注ぐ。冬の、冷たい夜風がびゅうと吹き込み、少年が身にまとう時代錯誤なマントが風にあおられひるがえる。無意識に、思わずぶるりと身震いしながら、少女は答えた。

「私は、巫女だから。」

「……巫女?」

 降り注ぐ、幾多の凶器から少女を庇いながら、少年は訝しげにその言の葉を口の中で転がした。――その意味を、味わうかの様に。

 しかし、少女は答えの意味を飲み込めていない少年の疑問符には答えぬまま、今一番にどうにかしなければならない事柄に話題を移した。

「どうするの、アレ。」

 月明り以外光源のない部屋の中、十字架に(はりつけ)にされたイエス・キリストの像の前で、光り輝く天使が一人。今にも火がついて燃え上がりそうな怒りのオーラをまとい、破壊活動を続けている。

「今はまだ、さっき張った結界があるからアイツの目に私達は映らないけど、もう、限界。じきに結界は解けてしまう。そうなったらあっという間に見つかっちゃう。」

「それは困る。今見つかったら俺もアウトだ。もう一回、新しく張り直せないのか、その『ケッカイ』とかいうやつ。」

「無理。さっきので力を使い果たしちゃったから。」

「何だよ、使えねぇなぁ。」

ぼやいた少年に、少女は無言のまま、彼の鳩尾(みぞおち)に己の(ひじ)を見舞った。抗議の視線を向ける彼に、少女は、

「使えないとは何よ、失礼な。仕方ないでしょう、私は、この国の神に仕える巫女なんだから。相性が悪いのよ、アイツや、この場所とは。」

気に食わないと言わんばかりの視線を、彼の背後に投げかけた。

「つまりは、この場は俺が何とかするしかない、と。そういう事かな?」

 少年が首だけ捻って己の背後を見やると、

「どうにかできるの?」

少女は期待を込めて尋ねた。

「まあ、ね。君の協力が、得られればの話だけど。」

「協力って、何。さっきも言ったけど、今日は私、もう力は使えないからね。」

「君の力なんか、必要ないさ。俺の力さえ戻れば、ここからトンズラする位、訳無いし。」

「貴方の、……力?」

「あれ、言ってなかったっけ。俺、吸血鬼なんだよね、一応。」

 少年はにっこりと微笑んで言った。それはもう、満面の笑みを、その美しく整った顔に貼り付けて。

 しかも、まるでタイミングを図っていたかの様に雲間に隠れていた月が姿を現し、割れたガラスの隙間からその月光が、スポットライトの様に彼の顔面を照らし出す。

 世間の女性達が揃って腰砕けになりそうな、その甘い笑みに、少女は動揺すら見せぬまま、彼の言葉の意味をじっくりと噛み締めていた。

「私を、殺すの?」

 その瞳に、恐怖の色は見えない。

「殺しはしないさ。ちょっと血を貰うだけだよ。」

 そう言って、つかまれたままの腕を動かし、ブラウスのボタンを一つ、二つと外していき、肩に回した手でうなじにかかる長い黒髪を掻き分け、首筋を露にする。闇の中、怪しげな光を放つ紅い瞳を見上げながら、

「それで、本当に逃げられるの?」

そう問いかける少女に、少年は牙を覗かせながらニヤリと笑んで見せた。その笑みを、肯定と受け取った彼女は、

「……分かった。他に手はないし、時間も無い。ここから、……アイツから逃げられるなら、……私は、貴方に協力する。」

と、吸血鬼だと言ったその少年に告げた。覚悟を決め、目を閉じた少女に、少年は、

「ホント、面白いな。お前、名前は?」

尋ねながらさりげく唇を喉元に寄せる。

神崎(かんざき)竜姫(たつき)。ところで、人に名を尋ねるならまず自分から名乗るのが礼儀じゃない?」

 一度は閉じた目を開け、間近に迫った彼の瞳を軽く睨みながら、竜姫は言った。少年は、楽しげな目で彼女を見下ろし、耳元で囁く様に告げた。

「――ルードヴィヒ・アンセルム。昔、まだ人間だった頃の俺の名だ。」

 吐息を肌に感じながら、竜姫は彼の皮肉を含んだ声音とその言い回しに怪訝な顔をする。その意味を、尋ねようと開いた口から言葉が発せられるその前に、吸血鬼の牙が、肌へと食い込み、鋭い痛みと共に穿たれた傷口へと深く埋め込まれた。

 食い破られた血管からこんこんとあふれ出す温かな血液を、じゅるじゅると耳障りな音を立てて吸い上げては喉を鳴らして飲み込み胃へと送り込んでいく。

 血液が、奪われていく。それに伴い体温までもが奪われていく様な感覚。急激な冷えを全身に感じる。さらに引きずられる様に、意識までもが遠のき始めた。グニャリと視界が歪み、暗転する。竜姫は、吸血鬼の腕の中で、再び意識を手放した。

 血で汚れた口元を、袖口で拭いながら、狂喜の笑みを彼が浮かべて見せたのは、それからすぐの事だった。竜姫を腕に抱いたままのっそりと立ち上がり、まだ暴れている天使を振り返ると、フッ、と笑って見せたが、天使は気付かない。

「今度は、お前が堕ちる番だ。」

 吸血鬼は、天使に向けてそう、呟いたが、天使はやはり気付かない。

 少年は、天使に背を向け、破壊され台無しにされたステンドグラスの割れた隙間から見える月を見上げて、軽く跳躍した。天井まで届くかの様なそれに穿たれた、やっと人一人通り抜けられる位のその隙間を、ぽぉんといとも容易く潜り抜け、ふわりと軽やかに着地して見せた少年は、竜姫を抱えたまま、うっそうと生い茂る木々の枝が迫る礼拝堂の裏手の林へと姿を消した。静まり返ったその場所には、朝日が昇るまで延々と、破壊音だけが響いていた。


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