虹曜日は空を見上げて
あーあ、明日は学校行きたくないなあ。
僕はクラスの男子が嫌いだ。だって、あいつら、僕がちょっと走るの遅いくらいでバカにするんだ。
だから、僕のお腹が痛くなっちゃえばいい。頭は熱が出ちゃえばいい。そうしたら学校、行かなくてすむもの。
月曜日なんて、ゆううつ。
次の日、朝起きてテレビをつけて、僕は驚いた。
『月が消えた!』
ニュースキャスターは困り顔ででニュースを読んでいる。
トーストをかじるパパの新聞にも書いてある『空から月が消えた!』。
『月が空から逃げ出した。理由は不明。行き先も不明。』
パパが新聞記事から顔を上げた。
パパ、月が消えちゃったの?
「そうなんだ。月が消えたって、そんなに困ることはないけれど、でもやっぱり困るなあ。なあ、ママ」
「そうねえ、狼男は困るかも知れないわねえ」
パパとママはちっとも気にしていないみたい。月が消えたって言うのに!
「だけどやっぱり、月があった方が嬉しいわね」
ママがトーストにジャムを塗りながら呟いた。
そう言ったママは、トースト片手にピポパ、電話をかけた。
受話器を置くと同時に玄関のチャイムが鳴って、ママはトーストを放り出して、やってきたお客さんを迎えに行った。
僕の前にあらわれたお客さんは、ハンチング帽子をかぶって、肩から茶色い鞄をかけていた。
「さあ、紹介するわね。この人はママの叔父さん。魔法使いよ!」
ママが言ったので、僕はぺっこりお辞儀した。
「やあ、こんにちは。私はこれから月を探しに行くところなんだ。良かったら、一緒に行かないか」
僕は叔父さんの誘いに頷いた。
叔父さんはハンチングをかぶり直すと、鞄の中から箒を取りだしてそれに跨がった。
「あ、いけないいけない。箒は一人乗りだった。うーん、何か無いかな、あったあった」
叔父さんは箒を放り出して、鞄の中をごそごそして、見つけたものを取り出した。
「よし、立派な蛾の羽だ。これを背中につけてやろう」
叔父さんと僕は背中に蛾の羽をつけると、窓から空へ飛び立った。
僕たちの背中には蛾の大きな羽が生えて、ばたばた鱗粉をまきながら、大きな森を目指した。
どうして森に行くのだろう。
「月は地面が好きなんだ。特に、森みたいに生き物がたくさんいるところが好きなんだよ。だからここに隠れているかも知れない」
森をどんどん奥へと飛んでいくと、きれいな泉があった。
それにしても、なぜ月はいなくなったのかな。
「毎日毎日空を巡っているのが嫌になったのだろう。雨の日も、風の日も、月は空を巡らなきゃならん。月の見えない夜もな」
叔父さんと僕は泉のほとりに降り立つと、甘くておいしい泉の水をがぶがぶ飲んだ。
「うーん、これは月が大好きな味だ。この森は、あたりだぞ。きっと近くにいるはずだ」
叔父さんはどうして月を探すの?。
「そりゃあ、おじさんが月を好きだからさ。月が空や太陽や地面を好きなのと同じように、大好きだからさ」
叔父さんは耳を澄ます。僕も真似して聞き耳を立てた。
すると誰かの声が聞こえてきた。
「泉にスプーンを落としちゃった、誰か拾って返しておくれ」
泉の底の方にきらきら何かが光っているのが見える。
僕たちはざんぶと泉に飛び込んで、泉の底へ泳いでいった。
「おや、これはこれは、こびとの銀細工じゃないか」
きらきら光っていたのは、こびとの作った銀のスプーンだった。叔父さんがそのスプーンを拾い上げると、泉の底に穴が開いて、僕と叔父さんが吸い込まれると、そこはこびとの国だった。
「まあ、スプーンを拾ってくれてありがとう!」
喜んだこびとは、僕と叔父さんを連れてこびとの国中を案内してくれた。
こびとのごちそうを食べ、こびとの歌を聴き、こびとのダンスを見て、僕と叔父さんは大いに笑った。
僕たちとこびとは仲良くなった。
「このままこびとの国にいたらどうですか?」
叔父さんは、こびとに首を振った。
「嬉しいよ、とてもありがとう。けれど、私は月を探しているんだ。あの広い空を駆け巡る月がいなけりゃ、空はぽっかり寂しすぎるし、太陽は恋しがって溶け落ちてしまうよ」
「ではまたきっと来て下さいね」
こびとは銅を延ばして道を作ってくれた。
「この銅の道を真っ直ぐ歩いて行けば、こびとの国から出られます。銅の道はうんとうんと柔らかく、どこにでも伸びていきます。どんなところでも、だれのところにでも必ず届きます」
僕はこびとと握手した。
「だから、また来たくなったら、いつでも来て下さいね。きっと、来て下さいね」
銅の道が途切れたところで、空を見あげると、空には大きな虹がかかっていた。
赤
橙
黄
緑
青
藍
紫
きれいな大きな虹の隣、真昼の空に小さな月が浮かんでいた。
叔父さんと僕は並んで月を見あげた。
月は白くぽっかり浮かんで、僕たちを見下ろしていた。
叔父さんは月に向かって言った。
「やあ、見つけたよ、月」
叔父さんがハンチング帽を取って、僕の頭にかぶせた。
僕はそれを叔父さんを真似てかぶり直した。
「たっぷり遊んで元気になったかい。迎えに行くよ、どこだって、いつだって、君にまた会えて嬉しいよ」
空は一層青さを増し、虹は七色に煌めいている。
月は丸い顔を響かせて、叔父さんに返事をした。
僕はそのきれいな景色を、ハンチングのつばのしたから、一生懸命見あげた。
「ご苦労様だったね。さあ、お家に帰ろうか、明日は……」
月曜日だね、僕は答えた。月曜日、月曜日、虹の向こうの、月曜日。
ところで魔法使いが叔父さんだなんて、僕のママは何者なんだろ!
 




