作戦
とにかく、水音以外に何も聞こえなかった。カナミとタマコは、死体だらけのゲームコーナーで息をつき、吸って、またはいた。
「なんなのよ! なんだっていうの!」
「……ぜぇ、ナンカ……はぁ、なんだろ……」
「だから! それが、なんなの!」
「見えなかったから、ふぅ、分からない……すぅー、ふぅ、やっと、息が落ち着いてきた」
カナミがそう言うと、二人は周囲を見回した。当然、先ほどきたゲームコーナーだ。でたらめに走らず、元の道をたどってきたのは、二人とも、思っていたよりは冷静だったのかもしれない。
「なんで、ここなのよ」
「知るか。もう、理由を聞くのやめてよ。ありえないことだらけなんだよ」
「はぁ? 人殺しがいた……」
カナミはタマコの言葉を遮った。
「血液の量がありえないんだよ。死体に比べて、量が多すぎる。こんなに死体だらけなのに、におわないのはなんでさ? ここまで、虫の羽音一つ聞いていない。死体がなくても廃墟だよ? 見ろ、死体の頭に穴が開いている。中身は空っぽなのに脳はどこにもない。どういうこと?」
「見たくないわよ! そんなこと、どうでもいいでしょ⁉」
「ごめん。……かもしれない。ありえない場所だって、言いたかっただけなんだ」
カナミがうつむくと、タマコは大きく息を吸った。
「私こそ、ごめん。とにかく、逃げることを考えましょ。アイツ、追ってきてないわよね」
「多分。全然音がしないから。音を立てずに歩ける、他にもいる、とかだったらお手上げだけど。……だから、それは考えないことにしよう」
カナミは続けた。
「私たちがいるのがばれてるから、この階はヤバい。多分、下の階と同じように、別の場所に階段があるから、そこから上がろう」
「降りないの?」
「待ち伏せされかねない。とりあえず、下に降りるまでの準備とかしたい。ここはすぐにでも逃げないとマズいだろうし。……それに、急にまた降りる気になれないんだ」
タマコには、カナミがユリのことを言っていると分かった。そうしてようやく、自分もカナミも、足が震えていることに気づいた。ナンカと呼ばれるやつに出会ったら、逃げ切れることはなさそうだった。亀ほどの速さも出ない。
「分かったわ。……上がって、その後考えよっか」
***
七階、レストラン街。
彼女たちは、無事七階へと上がった。タマコが言った。
「それで、準備って? 籠城とか?」
「……はは、びっくりするほど死亡フラグだな。まあ、それも手ではあるけど。できれば、アイツを待ち伏せしてぶちのめしておきたい。どうせ逃げるなら、そっちの方が安全だよ。こっちは二人いるし」
カナミは答えた後、周りを見回して歩き出した。
「ここはアイツに地の利があるけど、いくらでも不意打ちできる。鈍器くらいならあるだろうさ。人間相手なら、それが一番真っ当だよ」
「アイツが上がってこなかったら?」
「籠城。陽があれば、ここも人通りがありそうだし」
「分かったわ」
二人は洋食店の中に入ってキッチンを開けた。眼球が半ダース、コロコロと転がり出た。
「…………!」
「ここもか」
「……もう、叫びきっちゃったみたい。……不謹慎だけど」
「生きて帰れりゃ何でもいいって。その方が不意打ちできそうだ」