71.守護者
お待たせ致しました。時間が取れなくてずるずるとこんな時期まで……。徐々に書き溜めていきますのでお付き合い頂けると幸いです。
————旅人。それは何を書いているの?』
夢、なのだろう。現実感のない浮遊感に気付いた時、俺の目の前には見覚えのない……しかし、何故だか懐かしい景色が広がっていた。
先日ミラと見て回った遺跡の一つ。巨大な戦士の像が立つ建物の大きなテーブルで、顔の見えない男が大量の紙に囲まれ、何かを書いている。人影は彼だけしかいない筈だが、聞こえたくぐもった声は彼とは違う所から発せられたような気がした。
『ああ、君にはまだ言っていなかったか。土の大神の奇跡や縁のある古式魔法を新式魔法で記述し直しているんだよ』
彼が戦士の像に振り向いて答える。すると、戦士の像が興味深そうに身を乗り出して男の手元を覗き込んだ。
『……よく分からない』
『まぁ、全く新しい様式の魔法だからな。例えば今書いているのは君に教えてもらった"クリエイション"、創造の秘術を要素に分解して魔法式として再構築したもので——』
『……それをすると、何ができるの?』
男の言葉を遮って、戦士像から声が響く。
『土の大神に関する伝承にあった、呪いを移す人形。アレが作れればと思ってね』
『身代わりの形代を?』
『あぁ。具体的な方法が失われた秘術だが、里の風習や君から聞いた話から一つ仮説があってね。もしかしたら、ミラを助けられるかもしれない』
『あぁ、あの水晶の』
戦士像の言葉に、男が頷いた。
『それに、これは最近できた目標だが……。君の身体、相当にガタついているだろう?もしかしたら、君に新しい体を創ってやれるかもしれない』
『私?』
意外そうな声。男は筆を動かす手を止めて、戦士像の顔を見上げた。
『君の身体がいつか壊れてしまった時……その時に、新しい身体があった方が良いだろ?せっかく平和な世の中なんだから、戦いとは無縁そうな身体がさ』
『……私は里の守護者。民を守るのが役目。戦えないのは困る』
『頑固だなぁ。でも、君が役目を終えた時に、少しくらい楽しむ機会があっても良いじゃないか。君が守ってきた民の平穏を、その中から見て回るくらいの役得はあってもいいと思うぜ、俺は————
ラ……エラ……ミカエラ!」
「うひゃっ!?」
はっと意識を取り戻すと、そこはヴィスベルの腕の中だった。無駄に良い顔が近くにあり、思わずどきりとしてしまう。
「ヴィスベルさん、顔が近い!?」
「えっ。あ、ごめん」
ヴィスベルが顔を遠ざける。俺は少しふらついたが立ち上がって、ヴィスベルの腕の中から脱出した。何故か分からないが動悸がする。寝起きをいきなり驚かされたからだろう。お陰で、見ていたはずの夢の内容も全て消し飛んでしまった。何か重要そうな夢だった気もするが……。思い出せないものは仕方ない、諦めよう。
「って、あれ。何か、また見覚えがない場所なんですが」
そこは、先程までいたはずの前庭ではなく、不思議な色合いの結晶で囲われた広い場所だった。足元には色とりどりの草花が咲き、遠くには滾々と水が流れ出す大きな岩と、その水が流れ落ちた先にある小池、そして小池からどこぞへと流れていく小さなせせらぎが見えた。
広場を満たす雰囲気はアニマ・フィブに導かれて訪れたフラグニスの竈に似ていて、ここが大神の棲む領域であろう事が窺えた。
俺とヴィスベルがいるのは、その広場の隅に近い場所で、ヴィスベルよりも二回り高いくらいの大きな土壁が聳える根元だった。
「僕も、気が付いたらここにいて……。危険な場所では無さそうだけど」
「そうだ、皆は?」
改めて辺りを探すと、近いところにぽつぽつと人が倒れているのが見える。駆け寄ると、そこに倒れていたのはキーニ、クレスの2人だった。二人からはそれぞれ力強い命の気配が感じられる。どうやら無事なようだ。キーニに関しても、もはやプレイグの気配はカケラも感じられない。俺はひとまず胸を撫で下ろした。
「《優しき癒しの光》」
目立った外傷は少ないが、それでも所々に擦り傷はある。とりあえず回復魔法を当てていると、初めに目を覚ましたのはクレスだった。流石のフィジカルだ。
「ッテェ……」
「クレス、大丈夫か?」
「ヴィスベルと、この魔法はミカか。そうだ、キーニは!?」
クレスは勢い良く身体を起こして、すぐ隣で倒れるキーニを見つけて顔を青くする。
「オイ、キーニ!無事か!?」
クレスがそのままキーニの身体を揺さぶろうとしたので、俺は咄嗟に二人の間に魔法の障壁を作って止める。こういう時、強引に揺すったり大声をかけるのは絶対に良くない。俺もつい先程それを思い知った所なのだ。あんな思いをする人間は俺一人で十分である。俺も嫌だったけど。
ごつん、と痛そうな音を立てて、障壁にクレスの頭がぶつかる。強度もあまりない障壁だったが、クレスを留めるには十分だったようで、クレスはぶつけた頭を片手で抑えながら不思議そうに障壁の表面を撫でた。
「キーニさんは無事ですから、無理に揺さぶらないであげて下さい。もうプレイグの気配もないですし、じきに目を覚ます筈ですよ」
「そうか、良かった」
そう言ったクレスの顔は心から安心したという表情。しかし、それはただの友人に向けるものというにはちょっと優し過ぎる表情に見える。どこかで似た表情を見た事があるような気もするが……。どこだったかな?
記憶の棚を片っ端からひっくり返して、俺は、クレスの表情が、バンが怪我をした時のクリスの表情と似ていたのだと思い出した。おやおや、もしかしてこれは、もしかするのか?
「もしかして、クレスさんってキーニさんの事好きなんです?ホの字的な」
俺の言葉を聞いたクレスは、一瞬呆けたような顔をして、次の瞬間顔を真っ赤に染め上げた。
「ハァ!?オレが!?キーニに!?んな訳ねェよただの幼馴染だ!」
慌てて否定するクレス。しかし、それをいう顔は著しく説得力を欠いている。どうやら図星だったらしい。以後、「大体コイツのがオレより2個も年上だし、の割に頼りねェ所があるから守ってやんなきゃいけねェッつーか」と一周回って告白のような台詞を吐くクレス。自然、俺の口元はによによと歪んでしまう。
何だろう、見た目結構良い体格の大の男が乙女のように恥じらっているのを見ていると、何か変な気持ちになってくる。言い換えると、すごく、からかいたい。そんなことを考えていた俺は、さぞ邪悪な顔をしていたのだろう。ヴィスベルが、ぽんと俺の肩に手を置いた。
「ミカエラ、その……。人の好意をからかうのは良くないと思う」
「へぁっ!?べ、別にからかいたいとか思ってませんけど!?」
「つーか好意とかそういうんじゃねェし!?いや、嫌いッて訳でもねェが……」
クレスが尚も墓穴を広げようとした所で、それを止めたのは小さな声だった。
「う……ここは……?」
キーニが、無事に目を覚ましたのだ。
「キーニ!大丈夫か!」
「え、ええ。ありがとう、クレス。それと……その、ごめんなさい、私……」
「気にする必要はない。貴女はあの病魔に騙されていただけ」
どこからかカノンの声。俺は、「そうですよー」と同調だけして、そういえばカノンの姿が見当たらないことに思い当たった。
「あれ、カノン?どこにいるんです?」
見回してみても、それらしい人影はない。あるのは、俺の背後に聳える巨大な土壁と神秘的な風景だけだ。
「どこって、すぐ後ろ」
「うわっ!?」
突然、背後の土壁が動く。俺は驚いてその場から飛び退いた。すると、石壁の上の方からカノンの声が降ってくる。
「ミカエラ、さっきのあの力……命の女神の力だって、私にも分かった。あれのお陰で、私は守るべき土の民を傷付けずに済んだ。ありがとう」
声のした上方を見上げれば、巨大な顔が俺たちを見下ろしていた。顔、というか、騎士を思わせる兜のような物であるが。よくよく見れば、土壁だと思っていたのは跪いた姿の巨大な石像の一部であることが分かる。
ちょうど目に当たる場所にある二つの光とばっちり目が合う。それと同時に微かに首を傾げる動作が、サイズ感こそ違うが、この短い間に何度も見たカノンの動きそのもので。こうなると、とても信じられないことだが、この巨像がカノンなのだと認めざるを得なかった。
「……カノン、なんですか?少し見ない間に随分大きくなりましたね?」
それでも抑えきれない動揺が、軽口染みた質問として漏れ出てしまう。
「ああ、そういえば。久々に戻ったから、人の姿になるのを忘れていた。《創造・形代》」
カノンが呟くと、巨大な鎧の胸部が輝いて、そこから小さな影が降りてくる。軽やかに着地をしたのは、長い、くすんだベージュの髪の少女。見慣れたカノンの姿である。カノンが華麗な着地を決めると、その背後で石像が塵のように空中に溶けて消えた。
いや、待って。情報量が多い。ついていけない。
そう感じたのは俺だけではなかったようで、横目で見た限りではその場の全員がぽかんとした表情でカノンを見ていた。カノンは同じ表情で固まる四人を不思議そうな顔で見た後、「あぁ」と何か分かったとばかりに手を打った。
「あとりあえず、順を追って説明する」
そう言って、カノンはぽつぽつと話し始めた。
——
カノンの話は、中々理解が難しいものだった。かいつまんで説明すると、それは次のような事だった。
曰く、彼女は"守護者"と呼ばれる、神代の終わりに創られた里を守護するゴーレムの一体であった。
それが、とある旅人の協力で今の身体を手に入れる事ができて、里の民として第二の人生を楽しんでいた。
だが、里を脅かすような脅威を感じ取ったため、里を護るために戦った、と。大まかにはそういう事らしい。
「神代の終わりから……それなら、里に来て日が浅いのに妙に里のことに詳しいのも納得ね」
「何だ、良くわかんねェがお前も戦士だったのか。かーッ!もっと早く知ってりゃあ手合わせでも頼んだのによ」
里の二人はなんだかあっさりと受け入れたようである。俺とヴィスベルはといえば、まぁそんなこともあるのかなと彼女の語った話に圧倒されるばかりである。
「……そういえば、マルベルは?」
ふと気付いたように、キーニが言った。言われてみれば、さっきから見ていない。ヴィスベルやカノンの顔を見ても、二人とも首を横に振るばかりだ。
「ここに来てからは見てないな」
「……ここは、大神の神域。本来なら、御厨の大扉を超えた先だから、彼女はまだ大扉を潜っていないのかもしれない」
「無事、だったらいいけど……」
マルベルとキーニは幼馴染らしいから、不安なのだろう。だが、気を失う前の感じであれば、マルベルが突然危機に陥るような事はないはずである。この場にいないのは気になるが、まぁ無事だろう。
「マルベルの事も気になるけれど……あの、伏魔のプレイグという病魔についても気になる。ヴィスベル、ミカエラ。二人は何か知っているようだったけど」
カノンが言うと、今度は俺とヴィスベルに視線が集まる。
「そうだ、それも気になってた。何か訳知りだったよな。説明してくれよ、ヴィスベル、ミカ」
「僕達も、大雑把にしか分からないんだけど……」
ヴィスベルは、今、邪神によって世界が脅かされつつあること、あのプレイグがその手先であることと、俺たちの旅の目的について説明する。キーニ達は真剣な眼差しでヴィスベルの話を聞いて、それぞれ深く考えているらしかった。
「そんな事が……。信じがたいけれど、事実、なんでしょうね。実際、私は利用されてしまった訳だし……」
ヴィスベルの話を聞いて、一番に反応したのはキーニだった。自分がどういう存在に利用されたのかというのが分かってか、すこし顔色が悪い。
「気にすんなよ、キーニ。何にせよ、これで里は守れたんだろ?」
「うーん、その辺りは、僕らよりも大神達の方がよく把握していると思う。こうやって僕らをこの神域に招き入れたのは、おそらく土の大神だろうし」
「そう。なら、大神に会いに行こう」
カノンがヴィスベルの言葉に素早く同調する。元々、ここに来たのは大神から加護を授かるためなのだし、パパッと行ってしまう事には俺も同意だ。
「そうですね。というか元々の目的もそれでしたし」
言うと、皆が小さく頷く。
「大神の待つ、フェテラスの母家は、あの岩の奥」
そう言ってカノンが指差したのは、水の湧き出している岩の向こう。良く見れば、その奥には結晶でできた門のようなものが見える。そして、その門の向こうからは、確かに大神のものらしい強力な力が感じられた。
土の大神、アニムス・アルスとアニマ・フェテリ。豊穣を司ると言うアニマ・フェテリは試練が始まる時にであったあの人だとして、厳格を司るという土の男神、アニムス・アルスはどんな人なのか。人っていうか、神だけど。とまれ、俺はこれから会う大神に少しワクワクしながら、岩奥の門を潜ったのだった。
という訳でカノン回でした。
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