表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/81

69.カミツチの儀2

安定して時間が取れなかったので遅くなりました。ごめんね?

 光が収まると、そこはまた違う場所だった。先ほどまで歩いていた道とはまるで雰囲気が違う巨大な空洞で、壁や床が薄く発光している。大母の御厨でも見かけた母の果実と同じものだ。


 ぐるりと周囲を見渡すと、視界の端に母の果実とは違う光源を見つける。近寄ってみると、そこはちょうど大岩の側面に空いた穴だった。テラスのような造りになっていたので少し外に出てみると、遥か眼下にアルスの岩砦と思しき巨大な壁が立っているのが見えた。


 下から見上げても上が見えなかった岩砦を、更にその何倍も高い位置から見下ろす感覚というのは、中々に壮観だ。太陽は真上を少し過ぎたくらいで、大岩に入ったのが明け方頃だった事を考えると、登りはじめてからは半日程度、と言った所か。何だか体感時間とは合わない感じもするが、試練の間は時間がわかる物もなかったし、気にしないことにした。


「試練は終わったってことかな。流石に疲れたし、ちょっと休憩しよう」


 俺は崖のようになっている岩の足場の端っこに腰掛けて、久々の高所の空気を堪能する事にした。足場は内側に少し反り返っているようで、座るには丁度良い感触である。落下防止の柵などはないが、まぁ、後ろから相当勢いよく突き飛ばされでもしない限り落ちることもあるまい。何なら落ちた瞬間に浮揚の輪でも使えば容易に発揮できるはずだ。


 ほとんど雲と同じ高さ。神樹様の上を思い出す。いつも神樹様の上から見ていたように眼下の景色を眺めていると、不思議と心が落ち着いた。


「こうやって見ると、私達、マルバスから結構歩いてたんだなぁ」


 遥か遠くに霞んでいる、おそらくマルバスであろう塵のような粒に目を凝らしながら、そんな事を思う。マルバスからこの大岩は見えなかった筈だが、こちらからマルバスが見えて逆が見えないというのもおかしな話だ。きっと、何か不思議な力でも働いているのだろう。思い返せば、グランドカノンの大岩が見えて来たのもちょっとずつ見えてきたというよりはいきなり認識できるようになったような感覚だった気がする。


 ——お日様もポカポカで気持ちいいねぇ。このままうたた寝しちゃいそう。


 そんな魅力的な提案にうっかり心が靡きそうになったのを引き止めたのは、背後で鳴ったザッ、と地面を踏む音だった。顔だけで振り返ると、カノンが岩の中にから出てくる所だった。


「あ、カノン。君も試練突破できたんだね、おめでとう」


 手を振って言うと、カノンもふっと笑って手を振った。


「ミカエラも、おめでとう。想定よりもかなり早い到着。一番最初にこの前庭に辿り着くのは、私だと思ってた」


 言って、カノンが当然のように俺の隣に腰掛ける。結構高い場所の筈だが、平気みたいだ。


「ここ、前庭って言うんだ?」

「そう。フェテラスの母屋に続く唯一の道。異なる道を歩んだ者たちが、最後に集う交差点」

「交差点って言われるとちょっと面白いな」


 交差点、と聞いて横断歩道と信号機を想像してしまって、ついつい笑ってしまう。しかし当然、そんな事はこの世界で暮らすカノンに通じるはずもなく。首を傾げるカノンに、俺は、「なんでもない、こっちの話」と誤魔化した。


「カノンはさっさとフェテラスの母屋に行かなくて良かったの?」

「ここの眺めは良い。……それに、確かめる事もあるから」

「確かめる事?」

「こちらの話」


 そう言うと、カノンは眼下に広がる広大な大地に茫洋と視線を漂わせ、ほうとため息を吐き出した。


「……神代からどれほど経っても、ここからの景色は変わってない」

「えっ?」


 カノンの、懐かしむような呟きに、俺は思わず聞き返した。神代。今から何千年も昔に終わった、神と人とが近く、共に在った時代。輝かしい奇跡の織りなす御伽噺の世界。当然、その頃の生活や景色を知る者は、もはや神々しか残ってはいないはずである。しかし、カノンの漏らしたそれは、たしかにその時代を生きて、ここからその景色を見たという実感が篭っていた。


「これからもずっと変わらない。変えさせない」


 その言葉に篭っていたのは、確かな決意。俺がそれについて尋ねようとしたのと、カノンが立ち上がったのは同時だった。


「……来た」

「何が?」

「来ればわかる」


 カノンが洞窟の中……曰く、前庭に向かって歩き出す。俺は慌てて、その後を追った。


 洞窟の中に戻ってくると、そこにはいくつかの人影があった。その中に見覚えのある顔ぶれを見つけて、俺は彼らに駆け寄った。


「ヴィスベルさん!キーニさん!マルベルさんに、クレスさん!」

「ミカエラ!随分早かったんだね」


 四人で談笑していたらしいヴィスベル達の元に駆け寄ると、ヴィスベルがふっと破顔してこちらを見た。受験の合格発表の時に親友を見つけたような表情だ。俺が片手を上げて近付くと、俺の意図を察してくれたようでちょっと屈んで片手を上げてくれるヴィスベル。その手に目掛けてハイタッチをかますと、パン、と小気味いい音が鳴った。


「中々やるじゃん、ミカエラちゃん」

「流石は命の愛子、といった所ですね」


 ヴィスベルに続いて、マルベルとキーニからも労いの言葉。そんなに褒めるなよ、照れるだろ?


「まァ、そんくらいやって貰わねェと光の御子の仲間は名乗れねェよな」


 ぶっきらぼうに腕組みをしてクレス。そんなクレスの脇腹に、マルベルが痛烈な肘を入れた。


「こら、クレス。まだまだ小さい女の子にその言い草はないでしょ!」

「ってェなマルベル!?だァー、もう。分かったよ、悪かったな。あと、頑張ったな、ちっこいの」


 がし、と頭に手を置いてくるクレス。田舎の兄ちゃん的な距離感に、ちょっと困惑してしまう。しかしまぁ、このフレンドリーな感じは別に嫌いではない。それに、この頭の触り方は相当子供の扱いに長けた触り方だ。痛い感じでなく、割れ物に触れるような丁寧さと愛おしいものに触れるような優しさが感じられる。この身体になってまだ短いが、これまでに何度も経験してきた頭ポンの感触からすると大分上位の感触だ。


 ちなみにダントツの一番人気はアンリエッタ、下位は最下位から下から八番目くらいまで全てカウルである。しかしそれはそれとして呼ばれ方が気になる。


「別に気にはしませんけど、ちっこいの呼ばわりは不服ですね」

「実際ちっこいだろうが。あー、分かった分かった。ミカっつったよな。悪い悪い」


 マルベルが、今度は伸脚し始めたのを見て、クレスは慌てて訂正する。この一瞬で、彼らのパワーバランスが垣間見えたような気がした。



「……御息女。一人でどこに行こうとしているの?」


 和気藹々と俺たちが交流している背後から、カノンの冷たい声が響く。言われてキーニの姿を探せば、彼女は一人、空洞の奥にある大きな門に向かって歩き出していたようで、丁度俺たちと門の中間ぐらいに立っていた。キーニが一人でそんなに離れているなんて、まるで気付かなかった。


「あらあら。ワタシは別に、フェテラスの母屋に行こうとしているだけよ。早く試練を終わらせたいもの」


 振り返りもしないで答えたキーニに、カノンが険しい顔を向ける。


「急ぐ理由はなかった筈。それに、隠れるように移動する理由も」


 咎めるようなカノンの言葉。キーニは「そうねぇ」と微かに笑い、ようやくこちらを振り返った。その胸元で、黒いネックレスが怪しく光る。その輝きに、俺は何故だか胸の奥がざわついた。


「そんなつもりはまるでなかったのだけれど」


 困ったように、うーん、と眉を寄せてキーニ。


「……その首飾り。気持ちが悪い。古の病魔の臭いがプンプンする」


 言われて、俺はあのネックレスから感じる気配が、マルバスで遭遇した病魔のそれに酷似している事に思い当たった。一度認識してしまえば、今まで何故気付かなかったのか不思議に思えるくらい強烈な悪寒がキーニのネックレスから漏れ出している。


「ふふ……くくく……はははは!」


 突然、キーニが顔を手で覆って笑い始めた。その異様な雰囲気に、俺は思わず身構える。隣に立っていたヴィスベルも、剣を抜いて油断なくそいつを見据えた。


「何がおかしい?」

「これが笑わずにいられますか!気付くのは光の御子か命の愛子と思っていたのですがねぇ?まさか、彼らに看破されないために力を注いでいたら、カノン、あなたに見破られてしまうなんてね。……露見した以上、もう隠す必要もありませんね」


 それがそう言ったのと同時に、がくんと、キーニの全身から力が抜けた。吊り下げられた操り人形のように不気味に佇むキーニの首飾りから黒い霧が溢れ出し、その霧が意思を持つかのように像を結ぶ。


 影を固めたような外套を羽織り、鎌のような大杖を持った大男。その外套の内側から噴き出す瘴気は、マルバスで見た病魔を彷彿とさせる。その顔の部分には、大きな嘴が特徴的な烏のような意匠のマスクが浮いていた。それは俺たちをぐるりと見回すと、場違いに仰々しい仕草で一礼した。


「ワタシは万魔を統べる者。病に潜み、心を冒す、邪神の使い……。名をば伏魔のプレイグと申します。光の御子に、有象無象共。どうぞお見知り置きを」


 気味の悪い、ひび割れた名乗り声。その声や発せられる気配から、俺の背筋に冷たい物が走った。


 何より聞き捨てならないのは、その名乗った内容である。邪神の使い。かつてフラグニスの竈を落とし、大神を弑そうとしたドレークと同じ肩書きであり、俺たちがいつか倒さなければならない邪神の手先。


「邪神の使い……!ドレークの仲間か!」

「ええ、ええ!そうですよ、光の御子!その節はお世話になりました。アレに貸し与えていた2体の夢魔……手塩にかけて育てた駒を壊してくれた礼は、いつかしなければと思っていました!」


 ヴィスベルの言葉に、プレイグが手を叩いて嗤う。そのプレイグの体からヴィスベルに向かって何か黒い靄のような物が走ったのが見える。一瞬感じられたのは、マルバスに満ちていたのと同じ病魔の力。


「ヴィスベルさん!《潔き解呪の一葉》!」


 俺は咄嗟に、病魔の呪いを防いだ新緑の葉をヴィスベルに向けて投擲する。ヴィスベルが目の前に飛んできた葉を掴むのと、ヴィスベルの真下から黒々とした柱が屹立するのはほとんど同時だった。パン、と何かが弾けるような音がして、黒の柱が霧散する。柱のあった場所にたっていたヴィスベルの手元にあった緑の葉が、黒ずんだ塵に変わって散っていく。どうやら間一髪で呪いを防ぐことに成功したらしかった。俺はひとまず胸を撫で下ろす。

 プレイグが、緩慢な動作で俺の方に視線を向けた。


「あぁ…… 命の愛子、オマエにも礼をしなければならないのでしたね。マルバスの病魔、アレさえ完成していれば、今頃こんな小娘の身体を使わずとも、土の大神を汚泥に沈められていたんですから」

「あの病魔も貴方の仕業だったんですか!?」


 マルバスの病魔。フレアを苦しめて、ミラを苦しめて、アリアも苦しめた、忌むべき災害。それを引き起こした相手と聞いて、俺の中で形容しがたい感情が湧き上がる。


 生かしてはおけない。だが、相手の実力が未知数だ。ならば、次に打つべき手は。思考する俺より先に動いたのは、また別の人物だった。


「五月蝿い。御息女を、里の民を、返せ!《クリエイション》!」


 そんな怒号と共に、俺たちの背後から小さな影が駆け抜ける。俺とほとんど変わらない背丈のそれは一歩踏み出すたび、その姿を変えていく。華奢な腕には、岩の剛腕が、か細い足には、鋼の豪脚が。その胴体には堅牢な鎧を纏い、最後に、その顔を戦士の兜が覆い隠す。その姿は、昨日、遺跡で目撃した戦士の像に瓜二つだった。


 二回り以上も巨大な戦士の鎧を纏ったカノンの拳が振るわれるのを見て、プレイグは力なく佇むキーニの身体を掴み上げて盾にする。キーニの身体に触れる直前で、カノンは舌打ちと共にその拳を止める。


「ハハハ!オマエは里の守護者ですか!古のゴーレム風情が、よもや人間の真似事をしているとは夢にも思いませんでしたよ!」


 プレイグは拳を振り切った姿勢で硬直したカノンの腹部を、キーニを持っていたのと逆の手に持っていた鎌杖で強打する。鈍い打撃音がして、カノンの巨体が吹き飛ばされる。いや、今のはむしろ、カノンの方から背後に跳んだようにも見える。カノンは離れた位置に着地するとプレイグに向かって油断なく構え直す。


「ふふ。いい事を思い付きました、こうしてしまいましょう」


 その言葉とともに、プレイグは鎌杖を地面に突き立てて黒い霧に戻る。その黒い霧はキーニの体に纏わりつくと、再び凝集して実体を結ぶ。しかしそれは、先ほどまでの大男の姿ではない。

 そこに立っていたのは、小柄な人影だった。烏のマスクで顔を覆い隠し、その肌の一切を隠すように影を固めたような外套を纏っている。人影は地面の鎌杖を引き抜いて、その感触を確かめるようにそれを二、三度振った。


「さぁ、再開といきましょう?」


 人影から発せられたのは、気味の悪いひび割れた声ではなく、キーニの声。プレイグが、キーニの身体を乗っ取ったのだ。


「ああ、クソ!どうなってんだこりゃあ!」

「どうもこうもないわよ!とにかく、あいつを倒してキーニを取り戻さないと!」

「分かってるよクソが!マルベル、お前は一旦神像を使って下に戻れ!」

「分かった……っ、あれ、神像が、動かない!?」


「フフフ…… それをあなた方に渡したのが誰か、お忘れですか?」


 あの神像は、朝にキーニの手から渡された。どうやら、渡す前にすり替えてあったらしい。


「そもそも、逃す訳ないじゃないですか。あなた方が荷物を抱える方が、ワタシには戦いやすいのですからねぇ!」




「チッ!とにかく、お前は隠れてろ!《ハイ・ブースト》!」


 マルベル逃しながら、クレスが身体強化の魔法を纏う。クレスの得物は、その両手に付けた籠手のようだ。クレスはマルベルの方を気にしながら、カノンのそれとよく似た構えを取った。俺も魔導書とナイフを構えて魔力を回し、臨戦態勢を整える。隣では、ヴィスベルも魔力を高めて剣を構えている。


 正直、分からない事はいくらでも出てくるが、ともかく目の前の脅威を取り除かない限り先に道はない。

 俺と、ヴィスベルと、カノンと、クレス。四者四様の想いを胸に、プレイグとの死闘が幕を開けた。

コメント、感想、誤字脱字の報告、Twitterでの宣伝等々お待ちしております!

感想とかくるとモチベ上がるかも?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お久しぶりです カノンの正体がおおまかにわかってきた?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ